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【書籍】対話で強くなる組織:1on1ミーティングの活用法

 『1on1ミーティング ―「対話の質」が組織の強さを決める』(ダイヤモンド社、2020年)を拝読しました。本書は、Zホールディングス株式会社の常務執行役員である本間浩輔氏と、ヤフー株式会社のピープル・デベロップメント統括本部に所属する吉澤幸太氏による共著です。両氏は、ヤフーにおいて、上司と部下が1対1で向き合い対話する「1on1ミーティング」を導入・推進してきた第一人者です。
 本書では、その取り組みの背景にある問題意識や狙い、具体的な進め方、他社の事例、専門家の知見などが詳細に記されています。

 現代の日本企業では、部下の育成やエンゲージメント向上などの人材マネジメント上の課題を抱える中で、職場でのコミュニケーション不足が大きな問題となっています。特に近年は、テレワークの拡大などに伴い、上司と部下の物理的・心理的な距離が広がり、信頼関係の構築や、適切な指導・支援が困難になるケースが増えています。
 こうした状況下で、1on1ミーティングによって、上司と部下が定期的に1対1で向き合い、安心して本音を語り合える関係性を築いていくことは、組織の生産性を高め、変化に適応していく上で不可欠な取り組みであると両社は力説していました。

 1on1ミーティングの目的は多岐にわたります。
 第1に、普段は話せないような話題も含めて腹を割って話をすることで、上司と部下の間に信頼関係を築くことができます。
 また、部下が経験から学んだことを振り返り、教訓を引き出すプロセスを上司が支援することで、部下の成長を後押しすることも重要な狙いです。
 加えて、日々の報告・連絡・相談のような、いわゆるホウレンソウの機会としても活用できます。部下に対するフィードバックの場としても有効であり、そこでの学びは部下の成長に直結します。
 さらに、部下のモチベーションを高め、組織の意思決定に必要な情報収集の場としても機能します。これらの目的を実現する中で、1on1は組織力強化の起爆剤となるのです。

 本書では、ヤフーでの取り組みに加えて、パナソニック、日清食品、静岡銀行、医療機関など、様々な業種・業態の先進企業による1on1の導入事例が紹介されています。
 それぞれの組織で、経営トップのリーダーシップの下、試行錯誤を重ねながら、自社の特性に合わせて1on1を定着させ、「対話の質」を高めることで、コミュニケーションの活性化やマネジメントの変革に成果を上げつつあります。
 トップ自らが率先して部下と向き合う姿勢を示したり、マネジャー層への丁寧な説明と研修を実施したりするなど、各社の創意工夫から学ぶべき点は多岐にわたります。

 1on1ミーティングを成功に導くカギは、上司の姿勢とスキルにあります。部下の話に真摯に耳を傾け、言葉の端々から込められた思いを汲み取ろうとする姿勢が何より大切です。安易に結論を急いだり、自説を押し付けたりせず、部下の考えを引き出しながら、適切な問いかけを重ねていく。時に、上司自身の思いや弱みをさらけ出すことも、信頼関係の構築には有効です。そうした対話を重ねる中で、部下の主体性を引き出し、ともに成長していく。それこそが、1on1の神髄だと言えるでしょう。

 個人の尊重と成果へのコミットメントが求められる時代にあって、著者らは1on1を、管理職のマネジメントを変革する契機ととらえています。自身の経験則に基づく「答え」を押し付けるのではなく、対話を通じて部下の可能性を引き出し、ともに学んでいく。部下との信頼関係を土台に、一人ひとりのモチベーションに働きかけ、育成と成果の両立を目指していく。これからの時代のリーダーシップの要諦は、まさにそこにあると説かれています。

 巻末には、組織開発、経験学習、カウンセリング、コーチングなど、各領域の第一人者との対談も収められていました。そこで語られる専門的知見からは、1on1が単なる面談テクニックを超えて、人間的な成長をも促す、奥深い行動であることが見えてきます。相手の話に耳を傾け、その言葉の背後にある意味や思いを推し量りながら、自身の考えをも重ね合わせていく。そうした言葉と言葉の交わりの中にこそ、組織の力を引き出す対話の本質があるのかもしれません。

 上司と部下、ひいては組織のメンバー同士が、安心して本音を語り合える関係性。時に厳しい指摘をし合いながらも、互いに成長を促し合える風土。それを実現するための具体的な方策を、著者自身の体験や、他社の先進的な取り組み、専門家の知見に基づいて説き起こした書が本書です。ヤフーという先駆的企業の実践に裏打ちされた、説得力のある内容となっています。

 マネジメントの現場で奮闘する人事責任者やマネジャーのみならず、組織で働く全ての人にとって、本書には、組織の力を引き出すための数々の示唆が散りばめられていました。言葉と言葉を真摯に重ね合わせていくことの意味を問い、組織における対話のあり方を見つめ直すための格好の一冊です。

人事の視点から考える


 本書には、人材マネジメントの課題解決や、組織力強化のための重要な示唆が数多く含まれています。近年、多くの企業が直面している「社員エンゲージメントの向上」「生産性の向上」「イノベーションの創出」といった経営課題の解決に向けて、本書から学ぶべき点は少なくありません。

 まず、本書が提起する「対話の質」を高めるという発想は、人材育成や組織開発を進める上で極めて重要な観点です。社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、主体的な行動を促していくためには、上司と部下の間に強固な信頼関係が築かれ、安心して本音を語り合える関係性が不可欠です。
 そのためには、日常的な業務指示や報告にとどまらない、より深いレベルでの対話が欠かせません。部下の思いに耳を傾け、時に厳しい指摘をしつつも、成長を後押ししていく。そうした対話を、1on1ミーティングという形で仕組み化し、組織の隅々に浸透させていく。その取り組みは、これからの時代の人材マネジメントの根幹をなすものだといえるでしょう。

 加えて、1on1を推進していく上での工夫やポイントが、他社の事例も交えて具体的に解説されています。
 例えば、パナソニックでは、経営トップ自らのコミットメントを明確に示し、管理職層への丁寧な説明と研修を実施することで、現場の納得感を得ながら1on1の定着を図っています。
 日清食品では、社内報やイントラネットを通じて取り組み状況を「見える化」し、優れた事例を横展開することで、組織全体での学びと改善を促しています。静岡銀行では、実施状況と社員の声を定期的に集約・分析し、トップにフィードバックすることで、PDCAを回しながら着実な成果を上げつつあります。
 各社の創意工夫は、人事施策を進める上で大いに参考になるはずです。人事部門には、トップのリーダーシップを支えながら、現場の実態を踏まえつつ、トライ&エラーを重ねながら粘り強く推進していくことが求められるでしょう。

 また、1on1が目指すのは、単に面談の場を設けることではなく、管理職の意識や行動を変革していくことだという指摘は重要です。コーチングやフィードバックのスキルを習得させるだけでは不十分であり、より本質的なマインドセットの転換が問われているのです。自身の経験値に縛られることなく、部下の可能性を信じ、対話を通じてその成長を促していく。時には自らの弱みをさらけ出し、部下に謙虚に学ぶ姿勢を示していく。こうした意識変革なくしては、真の意味での「1on1」は実現しません。
 管理職一人ひとりが、自身のマネジメントのあり方を見つめ直し、新たな行動様式を実践していく。人事部門としても、この変革の道のりに寄り添い、様々な機会を捉えて働きかけを続けていく必要があります。それは単なる面談スキルの習得といった次元の話ではなく、より本質的な、「マネジメントの変革」につながる取り組みだととらえるべきでしょう。

 これからの時代、社員の主体性を引き出し、多様な人材の力を結集していくことが、組織の競争力の源泉になると言われます。変化の激しい環境の中で、イノベーションを生み出し、新たな価値を創造し続けていくためには、社員一人ひとりが当事者意識を持ち、自律的に行動していくことが何より重要です。ダイバーシティを尊重し、異なる価値観や発想を組織の力に変えていく。そのカギを握るのが、経営層・管理職と社員、社員同士の「対話」に他なりません。組織のビジョンや戦略をていねいに伝え、社員の声に真摯に耳を傾ける。時に意見のぶつかり合いを恐れず、建設的な議論を重ねていく。個人の思いと、組織の方向性をすり合わせ、一人ひとりのエンゲージメントを高めていく。その基盤となるのが、安心と信頼に根差した1on1ミーティングだといえるでしょう。

 本書を通じて提示される、「個人の尊重」と「成果へのコミットメント」の両立を目指す1on1ミーティングのあり方は、まさに、これからの時代に求められる人材マネジメントの姿を示唆するものだと言えます。部下のモチベーションに目配りしながら、適切な指導・支援を行っていく。権限委譲を進めながら、フォロワーシップを発揮できるよう促していく。新たなチャレンジを奨励しつつ、必要な助言を与え続ける。これからのマネジメントに求められるのは、そうした両利きの力でしょう。報告・連絡・相談といった旧来のホウレンソウのあり方から、経験の中から学びを引き出し、新たな行動変容を促す「対話」へ。管理職のマネジメントスタイルは、大きな転換を迫られているのです。

 人事部門としては、経営理念の実現や中期経営計画の達成に向けて、人と組織の力を最大限に引き出すことが求められます。社員一人ひとりが活き活きと働き、持てる力を十分に発揮できる組織風土をつくること。社員と社員、社員と会社の間に強い信頼関係を築き、長期的な企業価値の向上を実現すること。個と組織をつなぎ、全社一丸となって高い目標に向かっていける体制をつくること。その方途として、本書が説く「1on1」という仕組みは、これからの人事施策の柱になり得ます。

 個人と組織を「対話」でつなぎ、全員参加型の経営を実現する。多様なバックグラウンドを持つ社員の英知を結集し、イノベーションを創出し続ける。社員一人ひとりの人間的な成長を促しながら、会社の持続的な発展を目指していく。本書は、そのための羅針盤となる一冊だといえるでしょう。

 トップ自らが率先して実践する経営スタイルの変革を、人事部門がしっかりと支えていく。現場の実態と向き合いながら、一つひとつの施策をブラッシュアップしていく。「対話」という文化を、組織の隅々にまで根付かせていく。困難な道のりではあっても、歩みを止めてはならない重要な経営課題だと認識すべきです。その意味で、本書に示された知見は、推進者としての人事はもとより、経営幹部、管理職、ひいては、組織で働く一人ひとりにぜひ読んでいただきたい、示唆に富んだ良書だといえるでしょう。

1on1ミーティングの様子を描いています。マネージャーと部下が円形のテーブルを挟んで座り、真摯でオープンな対話を行っている姿が見られます。オフィスは大きな窓から都市の景色が広がり、植物やホワイトボードも配置されており、プロフェッショナルでありながらリラックスした雰囲気が漂っています。柔らかな照明の中で、相互の尊重と信頼が感じられるシーンです。


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