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嘘と屍体と許し #1


 眠い。お腹痛い。でも大丈夫。耐えられる。これくらいなんて事ないもの。ほら、黙ってればみんなわからないもの。そんなところで優しさをもらっても物足りないものね。ほら。うるさいな。まずはあんた自分をなんとかしなよ。自分がやばいって事すら気付いてないのでしょう?
 私はあんたと寝るか、一緒に死ぬ事以外興味ないの。どちらもさせてくれないのなら、もうほっといてよ。あんた、私が身代わりになる事すら否定するでしょう?やんわり何事もなかったように振る舞うのでしょう?





 降る雨に気が付かなかった。五月雨に続く、六月の雨。一日の中で、シンシンと、ザーザーと、パラパラと、フワフワと、雨は降り続いた。
 雨の音だけが、空気を支配した。突然の衝突音が破る。僕は七月の雷に悦びを感じて、八月に埋めた屍体を想い馳せた。九月に掘り起こす時、そこに屍体はあるだろうか。それとも、今度こそ美しく咲くのだろうか。
 川の水が随分汚れていた。川辺で父と息子の野球大会があった。昨晩の独楽は上手く廻らなかった。一昨日聴いた曲の意味を、電車のドアが空いたら気が付いた。
 川辺に走る自転車を撮りたかった。あの子とあの子が付き合うなんて、信じられなかった。バスの前に座るあの子に告白しようと決めた次の日、避けるようにあの子はバスに乗らなくなった。心の浮気と身体の浮気って言い訳を考えた時、もうどうでもよくなったのは私の方だった。私と貴方の間を埋めようと踠いたのは、2年も前のことだと、そんな事忘れてしまいたかった。 
 一言一句。僕は言葉を殺した。言葉の屍体は、そこに美しさを齎してくれるだろうか。



忘れたモノと壊れたモノ



 腐乱して、蛆虫が湧いて、悪臭を放ちながらも、それでも彼らは美しいままに、溶けていったはずの足下に再び姿を現した。僕らと彼らは、いつの間にか、忘れて壊して、きり離れて、だから桜の木のように美しくはなれなかったのかもしれない。
 そこに屍体は埋まっていたのに。ただ、もっと高くと願い続ければよかったのに。

 言葉を忘れるほど。


 甘っちょろいな。ここまで書いた言葉全部嘘。お前ら本音を舐めるなよ。簡単に出てくると思うなよ。本音なんて、まるで存在しないような振る舞いをして、だから頑張って踏ん張って、どうにかこうにか引っ張り出すモノなんだよ。そんな簡単に自分の気持ちなんてわかるわけないだろう。お前はそんなに単純じゃないだろう。


 風の流れる音がした。それは風じゃなくて、空調の放つ揺らめきだった。その些細な違いなんて、気にも留めない。どちらも美しい?そうかもしれない。だから僕は君に手紙を書く。
 昔書いた手紙の僕は、破綻した論理を探していた。どこにもない。むしろ全部破綻している。前提の崩れた世界に、揺らめく余白はないのか。
 言葉はどこまでいっても論理だ。あなたの論理は簡単に嘘をつく。lie to me.


あーうるせえうるせえ。まだ言葉が浮いている。浮ついてる言葉に興味はねえ。この言葉は地面に落ちて、ふぁさっと情けねー音鳴らすんだろうな。
 タバコを吸いに喫煙所へ。その度にこの文を読み返す。あー情けねぇ。クソみたいな駄文を吐きやがって。この言葉だってきっと死んでる。養分にもなれやしねぇ。

 それでも、言葉を吐け。吐き出せ。剥き出しの声帯を震わせて、気に入らないモノ全てを壊しにいけ。いずれ忘れる。決して届かない。それでもそれでもと続ける事だけが、俺がたった1人で学んだ唯一のプライドだろ?

 この空間はその為のリハビリだ。貴方の代わりに崖から飛び降りる為には、まずはお前を突き落とすしかないんだよ。反動で前へ進め。自分で自分を抱きしめるのはあいつらにやらせて、俺は俺の胸を突き飛ばせ。そしたら反動で前に飛んでいくのは死ねなかった言葉だけだ。

 くだらない言葉を吐き散らせ。言葉にすると死んでいく。無駄な言葉を殺していく。そうするしかない。投げてぶつけて殺して、そうして生き残った全てが反発する。
 流れに乗るな。流れを作れ。セカイは全員を強制的に作り手にした。ここに受け手はいない。
 けれども、無駄な言葉なんてない。だから難しい。だから心苦しい。だから、殺せ。


 水の流れる音がした。それは滝のように、だが川が流れるように、しかし昨日浴びたシャワーのように、一定で、流線的で、破壊的で、やがて穏やかに。それはそれは、とても醜く美しい音がした。
 その姿は目には見えない。残してきた宿題と、これからの課題に打たれ、全てを曖昧にしたのは俺たちだ。存在しない責任を取りに行け。屍体を踏みつけて歩け。


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