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ピンポン玉殺人事件

雨の降る小さなアパートに短いホイッスルが木霊し警官が立ち入りを制止した。

「お嬢ちゃん、ここは危ないから向こう行ってなさい。ホラ、ラリルチョコあげるから。」

でかいコートに探偵風の帽子をかぶった少女が警官をジロリとなじる。

「お嬢ちゃん?」

少女は目を細め、自身のはるか後方を探した。

「いや、君のコトだよ。」

はあ……。とピンと来てない様子の少女。なんで?

警官は言い聞かせた。

「あのね、いいかい?ここは君みたいな子供が来ると危ないの。」

「危ないって?」

「その……詳しくは言えないけど」

「詳しくって?」

「……つまり君にはまだ早いってこと。」

「詰まり気味のままだ?」

「話聞いてる?」

思わずこめかみに血管が浮き出る。

ついに言葉を荒げてしまう警官。

「なんだよ詰まり気味って!便秘の話してると思った!?」

「……え?ひょっとして……おじさんの便秘で立ち入り禁止になってるんじゃ……ない!?」

「そんなわけないだろ。なんだその驚き方。」

「ったく、あんたには負けたわよ。いいもん持ってるじゃない。」

「何が?」

少女はフッと笑いながら警官の肩をたたき、「若人よ、かくあるべし」とつぶやくと全速力で階段を駆け上がった。

「……」

呆気にとられた後、一拍置いて我に返った。

「いや何しれっと入ってんの??」

ちょ、待ちなさい!!!叫ぶ警官の追跡を躱す少女。さながら狩人と小鹿。足跡に誘われるままに事件現場の一室にたどり着いた。


―—アパートの一室。

少女を探す警官。その頭に始末書の三文字がよぎっていたのは言うまでもない。あの年代の子に遺体を見せるなんて……犬に玉ねぎの炒め物をやるようなもの。そう、どちらも呑み込めないってね。

クイッと上がった口角に一粒の汗が入ると、冷蔵庫の奥に眠ってた麦茶のような冷たさに気がついた。

ははは、終わった。警官になって2年、憧れの捜査一課に配属され、やっと現場によこされた最初の事件がこの始末かよ。待ち合わせてた警部とやらも来ないし、全部俺の責任になるのかな?やべっ……泣きそうだ。

しかし、グラグラになった情緒がピタリと止む光景が目に飛び込んできた。

「警部、コチラがご遺体の遺留品と犯人の痕跡らしきものです。」

「なかなか決定打になるものはないわね。詳しい事情聴取に取り掛かりましょう。」

鑑識が敬語で話しかけているのは見間違うはずもない件の少女だ。しかも警部って……。

「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はプリントン・イーストウッド警部。君の直属の上司だ。」

「えええーーーーーーー!?!?」

慌てて飛び出た目ん玉をしまう。まさか、だ。

「今日のところはよろしくねワットソン君。」

「藤村です。」

それよりワットソン君、とコチラのことなどお構いなしに事を進めるプリントン。それにしてもプリントンイーストウッドって、そんな大した名前のタマかねえ、こんなガキンチョ……。

「被害者は45歳男性、ジャージ・クルーニー。一時期ベンチャーを立ち上げて成功させてたけど会社を追い出され、ここ数年は無職だったみたいね。両の目にピンポン玉を埋め込まれ死亡。」

「……いや、ちょっと待ってください。」

ん?ああ、ちなみに建設系の会社だったらしいわ、と補足説明を加えるプリントンだったが、「いやそこじゃないです」と割り込まざるを得なかった。というかそこの訳ないでしょ。

「つまり……凶器がピンポン玉ってことですか!?」

「鈍いわね~、そう言ってるじゃない。」

ご遺体のシートを取り去るプリントン。まんまるのピンポン玉を、さながら低予算のパーティグッズかのように身に着けた、なんとも緊張感のないご遺体が露になった。

「あー……やっぱ聞き間違いじゃないですよね。」

なんなんだこの状況……と、最初こそ戸惑ったが、よくよく考えると残虐な犯行だ。それにしても他にもっと凶器になりそうなものはあるはずなんだけど。何故わざわざピンポン玉を?ということは、だ。

考えられる犯人像は3パターン。

①よっぽどピンポン玉に縁のある人物

卓球選手か、あるいはそのスポンサーか、はたまたピンポン玉メーカーか。とはいえこのパターンは犯人への手がかりになるリスクが大きいから可能性は低いか。

②致し方ない『理由』がある人物

たまたま手に取ったのがピンポン玉で、とっさに相手の目を、、ってどんな怪力無双だって話なんだけど。それか、犯行を終えた後、目玉を見られたくない理由があって代わりに入れただけとか。

③シリアルキラー、もしくは社会へのメッセージ

「ピンポン玉」に込められたメッセージがあるタイプ。ドラマやアニメだとよくあるな。

よし、犯人像は絞れた。新米だってやれるってところ見せてやる!!

一方、コチラの意気高揚ぶりを察したのか、「じゃあ、お望み通り」と性悪そうにニンマリするプリントン。

「今回の容疑者は既に3人に絞られているわ。一人目、入りなさい。」

大柄な黒い影が軽々と扉を開け、姿を現した。

②!『怪力男』だ!!

「どうも、ゴリラです。」

ゴリラはペコッと一礼すると、「失礼します」といいつつスーツの襟を正し、革のソファに腰かけた。

……は?

男……??ていうか雄じゃね??

いや、まだだ!まだ『アジャコング』路線が残されているはず!!

藤村……わかりづらいのでワットソン、はわずかな希望に託して質問した。

「あの……好きな食べ物は?」

「バナナです。」

希望は潰えた。

膝から崩れ落ちるワットソン。助け起こすプリントン。「今の、言うほど決定打か?」とプリントンは心配し、ワットソンは小さくうなずきを返した。

なんとか落ち着きを取り戻したワットソン。

「というか、日本語しゃべってません?」

思わず質問した。ゴリラに。

「まあ、はい。自分、結構大きい動物園出身なんで、お客さんの声聞き流してるうちに覚えたって感じで。」

「スピードラーニングかよ」

もう理解の範疇を超えすぎてある意味冷静になっていた。……というか誰なら理解できるんだこの状況。なんせ奴さんヒト科の枠を飛び越えておいでなすった。しかも見れば見るほどゴリラである。それなのに、

「梅雨って苦手なんですよね~、自分低気圧弱くて(笑)」

世間話までできる始末だ。

「困惑してるようね、ワットソン君。そんなあなたに素敵な情報をプレゼント。彼、このビルの管理人兼起業家よ。」

「ええええーーー!?!?」

再び飛び出した目玉を急いで回収した。もうガバガバである。パワーインフォのコンボダメージがエグすぎるのだ。

「管理人で起業家って、俺より稼いでるってこと、ですか??」

敬語だ。ゴリラに。

「いや~!ベンチャーの方はまだプロジェクト構想段階なんで一円も入って無いっスよ!アパートの家賃をプロジェクトに充ててるんでギリギリです。むしろ公務員さんの方が給料安定しててうらやましいっス。」

「ははは、そうですか。」

ヨイショの感じも絶妙にムカつくゴリラである。

ワットソンがもうおかしくなりそうなので次の容疑者を呼ぶ運びになった。まあ、インテリゴリラの次に誰が来ても驚かないだろう。

「二人目、入りなさい。」

「どうも、堕天使ルシフェルです。」

なんなんだよ

ルールは守ろうよ。もう実在しないじゃん。

「どうも」じゃないんだよYoutuberじゃないんだから……ひょっとしてネットで活動してる人??そうか!冷静に考えればよっぽど現実的!むしろこういうネット活動者が犯人ってめちゃくちゃリアルだ!!

「Youtuberとか、コスプレイヤーの人ですか?」

「Youtubeはやってないが……。そうだな、普段は人間界に完璧に溶け込むために、ある意味人間のコスプレをしている。角はしまえるし、翼もたためば服に入るしな。」

バサッと説得力のある漆黒の翼が広がった。

逆ぅ~~~~!!

ワットソンの希望は儚く砕け散った。

「その完璧な変装とやら、一瞬で見破れたわ。」と、プリントン。

「実に不可解だ。」と、ルシフェル。

確かに角と翼さえなければ外国系の一般人だ。一体どうやって見破ったんだろう。ルシフェルは現代日本に溶け込むべくファッション誌を読み漁り、すっかりモデル顔負けになっていたらしい。最近は専らメッシュのノースリーブにハマっているのだという。うん、それだね。だって翼丸見えだもん。

「夏が……!夏が災いしたというのか!!」

うろたえるルシフェル。

「あんなアホがヒトの生死に携わってたんだからオチオチ死ねないわね。ちなみにあいつは事件のあった301号室の二つ隣の303号室の住人よ。ゴリラは2階の管理人室ね。」

そして、と人差し指を一本立てるプリントン。

「このアパートにはもう一人住人がいるの。302号室の人間、つまり最も犯行の成功率が高い人間よ。これはカンだけど、私はあいつを黒だと睨んでるの。でも決めつけてかかってはだめ。冷静に分析するのよ。」

警部のプリントンがそこまで言い切るなんて、よっぽど自信があるんだ……。でも絶対決めつけないぞ。この目で確固たる証拠をつかむまでは!

「三人目、入りなさい!」

「どうも、ピポピポの実の全身ピンポン玉人間です。」

「こいつじゃねえか!!!!!!」

「落ち着いて、ワットソン君!先入観を捨てるのよ!」

「落ち着いてる場合ですか!!!!どう見てもこれサービス問題ですよ!!!早く海牢石の錠持って来てください!ピポられますよ!!??」

いいから落ち着け、と諫められたが、俺間違ってるかな??てかさぁ、最初に呼んでよ~。なんで遠回りしたのよもう~。

ワットソンはヤケになっていた。もう犯人捕まえたようなもんだと決めつけていた。そこにプリントンがピシャリと喝を入れる。

「君は事情聴取もせず、見た目だけで犯人と決めつけるのかね?それとも犯人が自白でもしたかね!?」

この人逆になんで冷静なんだろうか。この事件の犯人になるために生まれてきたみたいな存在を前にして。

しょうがないっスねと立ち上がるワットソン。

「あなた犯人ですか?」

「はい、僕がやりました。」

「えええええええええええーーーーーーーーーーー!?!?」

とプリントン。

「えええええええええええーーーーーーーーーーー!?!?」

とワットソン。

こうして、ピンポン玉殺人事件は幕を閉じた……かに思えたのだが。


第一話 完

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