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『aラストティア』~荒野の楽園編~ 第零章 終わりからの始まり

第零章 終わりからの始まり

【黒】煤や墨のような色・無彩色。光の反射率が0で全ての波長の光を吸収する。この色の前で人間は可視領域の全帯域で光がむらなく感得できない。つまり全ての色は、この色の前では無も同然なのである。
【白】雪のような色・無彩色。黒とは相反する位置に属し、光の反射率が100で全ての波長の光を反射する。全可視光線が乱反射した時に人間が知覚できる色。

 目の前に対峙している男は私たちにとって天敵だった。【虹色】のティアに選ばれし青年優理と虹を構成する7色、【赤】【橙】【黄】【緑】【水】【青】【紫】のティアに選ばれし者達はどんなにティアの力を使ってもこの【黒】には勝てない。
 なぜ神様は彼らティアの所持者(マスター)達にこのような試練をお与えになられたのだろう。その答えは、よもや神のみぞ知ると言ったところでしょうか。
 この目の前の無敵とも思し召す相手に、一度たりとも瞳の色が失われないのは、それこそ奇跡と呼んでも差し支えないでしょう。
 あぁ神よ、今一度彼らに機会(チャンス)をお与えになることはできないのでしょうか。無理な願いなのは承知しておりますし、これが二度目の願いということも存じております。ですがどうか私の想いが届きますように・・・・・・。

「ソラは空間制御範囲を縮小してより高密度に展開。ダイチとアズミは僕と一緒に防御に徹するぞ。相手の攻撃を弾いた後にカレンは追撃、合わせてソラが強化付与。ローレライは負傷者の治癒を頼む! 」
 緊迫感の漂う中、優理は冷静かつ迅速に指示を飛ばす。みんなも無言で頷き、急いで配置につき敵の攻撃に備える。
「ふははっ、いいなぁその感じ。友情・信頼・絆・・・・・・くだらん。八人、いや十六人でたった一人の俺にこのざまだぜ?そんなんで世界救うとか笑わせてくれる。大した力も無いくせに、仲間に恵まれた勇者気取りもいい加減にしろよな! 」
 男は白と黒の異なる翼で宙に留まりながら、肩を上下に震わせて、見下しながらあざ笑った。そして天高く振り上げた手に禍々しい魔力を集めると一気に放出する。
「来るぞ!」
《絶対防御(イージス)の盾(たて)》
《水瀧の壁(ウォーターウォール)》
《七色に輝く鏡の盾(ミラーフォースシールド)》
「《空間制御範囲(エリアコントロール)》で攻撃範囲縮小・密度強化、続いてカレンに《強化付与(バーストエンチャント)》で【疾風・奮闘・鉄壁】を付与」
 ダイチ、アズミ、優理が前衛で盾役となり男の攻撃を受け止める体制に入る。ソラが後方で奴の攻撃範囲を制御し、前の三人の盾に収まるように調節。続けてカレンに援護を入れた。カレンはいつでも飛び出せる準備をしている。
「消えろおぉぉぉぉ!」
 おぞましい暗黒のような魔力の渦を、そう叫びながら男は放ち続ける。拮抗・・・・・・、いやこちらの方が優勢か。段々と威力の弱まりつつある奴の攻撃をもう少しで振り払えそうと思った時、奴の口の端がかすかにつり上がった。
「――っ!全員緊急回避!」
 危険を察知した優理の言葉に反応して、各自、地面を蹴ってその場から回避を試みる。カレンとローレライは負傷したチキとノールを背負って回避した。
 奴の放った暗黒の渦は収縮した後に破裂し、形状を鋭い針のように鋭利に変えて四方八方に広がった。
「甘いなぁ」
 男が薄気味悪い笑みを浮かべたのを見て、優理は視線を落とし絶望する。
「嘘だろ・・・・・・・・・・・・」
 なんと奴の眼下に広がる無数の闇の針先には、空中で静止しているかの如く動かなくなったダイチとアズミの姿があった。複数の突き刺された箇所から血が滲みぽたぽたと垂れて落ちている。
「嘘じゃないさ、もう一度ちゃんと見てみなよ。綺麗じゃないか人間ってのはこんなに綺麗な鮮血を流すんだぜ。これは一種の芸術とも言えるなぁ」
 こいつは人間の皮を被った悪魔だ。人を殺すことになんの躊躇いもなく、寧ろ興奮し笑っている。なんて卑劣で非道なんだ。歯が欠けそうなくらい強く奥歯を鳴らす優理。
「貴様・・・・・・、ふざけるなよ!」
 優理の後ろから走り出したカレンが宙に浮かぶ男の元に地を蹴って跳躍し、二本の刀を顔の前で構える。
「二刀流奥義――っ!」
「だめだよカレンちゃん!」
 技を繰り出そうとしたカレンにソラが高速で移動して両腕を腹部に回し抑えて、その勢いのまま壁に突進した。怒りに任せて我武者羅に向かっても残酷な結果が待っているだけに違いなかった。
「なんだよ邪魔しやがって、また芸術が生まれるところだったのに」
 カレンに向けて構えた右手を解いて呆れた表情をする。
「なぁ優理、今どんな気持ちだ?せっかく八人揃ってここまで来たのに、二人は死んで二人は重傷、お前含めた残りも俺に有効な手は一つもない。絶体絶命なこの状況でも、まだ戦う勇気が残ってるというのか?」
 残虐な悪魔の声が脳裏にまで届き、頭痛がする。
 許せない。
 人の命をなんとも思っていないこの悪魔を僕は許せない。
 許せない。
共に世界を救うために戦ってきた仲間を二人も失い、みんなも戦える状態じゃない。このまま戦闘が続けば確実に全滅だろう。こんな絶望的な状況を招いたのは僕だ。僕は僕を許せない。
勝てる手段がない?
違う。
勝てる強さがない?
違う。
勝てるって思ってない?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 そうだ、僕は一度たりともあの悪魔に対して勝てるって思えてなかった。それほどに奴の憎悪は強かった。僕の想いの比じゃないほどに深かった。
 想いは現実に形を創る。ティアの所持者(マスター)ならなおさらそうだ。ティアの力の源は想い・想像力。だから勝てるって想いがなければ勝てない。当たり前のことだった。
「なぁ優理。お前も俺と同じだ。元の世界を恨んでいた。あんな世界無くなれば良いってずっと思ってた。それが今このセピア世界で叶った。しかも他の誰よりも力を持って・・・・・。なのにどうしてお前は元の世界に戻ろうとする」
 男の言うとおり優理はキバミで、元の世界では散々な思いをしていることに変わりは無い。それでも世界を救おうとするということは、そんな優理を突き動かすものがこれまでにあったと言うことだ。
「優理!あいつの言葉に惑わされるな! 」
 カレンはさっきから何も発しない優理が心配になり、必死に声を届かせようとかすれながらも叫ぶ。
 その様子を見た優理は心の中で「ありがとう」と感謝を伝え気合いを込めて言い放つ。
「僕は勝つ。そして本物の勇者になる! 《虹の雫(スペクトルコマンド)Ⅷ(オクト) 》解放」
 すると全員のティアが共鳴するかのように各々の色で発光し、光の線を描いて優理のティアに集まっていく。光を吸収しきったティアが優理の身体に溶け込むようにして消えると、優理の眼光は虹色へと変わった。そして下から上へと上昇気流に乗ったように、螺旋しながら登っていく可視化された虹色のオーラを纏う。
「いくよ」
 包み込むような優しさがありながらも、決して折れることのない芯の通った、そんな強さの声で、優理はオーラを翼の形に変えて奴に向かって飛ぶ。
 迎え撃つようにして黒と白の翼を広げて頭から滑降する。
 互いの拳がぶつかり合うと、衝撃波で強風が激しく巻き起こる。続けて二撃、三撃と拳で打ち合い、その後も互いに一歩も譲らない戦いをした。
しかしその終わりは突然に訪れた。
 ふと男が目線を逸らした時、優理はその目線の先にカレンとソラが居ることに気づき、守りの姿勢をとってしまった。その一瞬を逃さず、男は優理の顔面に強烈な一撃を食らわせた。
宙から光速の勢いで落とされた優理は、なんとかオーラで自身を包んで防御したが、激しく身体を打ち付け動けなくなってしまった。
「仲間を思いやる気持ちが仇となったな。」
 激しい打ち合いで息を切らしながらも、奴は最後の攻撃の構えをとる。優理は虹の雫(スペクトルコマンド)Ⅷ(オクト)の反動も大きく、既に虫の息だった。
「これで終わりだ《黒白龍の終焉(バルボロスマキア)》」
空間を引きちぎるような轟音と共に繰り出された技は、龍の咆哮を思わしき形で、ソレを目の前にした優理は死を覚悟する。
その瞬間時空が止まった。

二度目の願いは聞き入れて貰えませんでしたか。仕方ありません。神よ、私の行いをどうかお許しください。本来ならば彼の虹色の精霊守護は私ではなく鳳凰・孔雀でしたところを、自然の神の力を使わないことを約束に代えて頂いたこと感謝申し上げます。しかしその約束を破り禁忌を犯してしまう私を、どうかお許しください。それほどまでに私にとって彼は大切な人間。今までずっと声をかけてくれた、護ってくれた優しい彼を、今度は私が護ってあげる番なのです。私リルラは禁忌を犯そうとも悔いはございません。

次に時空が動き始めたとき、優理の目の前には両手を広げ優理を庇う少女の姿があった。
「リルラ!?どうしてリルラが僕の前に?」
 リルラと呼ばれた少女は優理に振り向くと、愛おしむように柔らかな笑顔をつくり一言「貴方は死なせない」と告げて奴の元へ飛んでいく。
「リルラ待ってくれ、行くな、行かないでくれ!リルラ、リルラぁぁぁぁ!!」
なんどもその名前を泣いて叫ぶも、少女は遠ざかっていく。その場をまばゆい光が包み、目の前が真っ白になっていった。

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