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教室のアリ 第15話 「4月25日」②〈アリの勇気〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。

 足音(多分アリの)はどんどん近づいてきた。「カサカサ」は「ガザガザガサガサ」になった。向かっているのはサクラさんのグループが食べていた場所に違いない。敷物をたたんだときにこぼしたお弁当と、お菓子のカケラがあるからだ。「ガザガザ×5!」、草をかき分けて黒の軍団はやってきた。葉っぱの陰から姿が見えた。アリだ!先頭は優しそうな若い子で全部で15匹くらいはいる。オレは草に上手く隠れてその様子を見ている。「グッグッ」いつもと違う心臓の音がして、鼻の頭に汗もかいてきた。アリの行進は、目的地につくとそれぞれバラバラに分かれてエサを集めている。一匹で運ぶ力持ちアリ、三匹で運ぶ小さなアリたちもいる。その姿を見ていると昔を思い出した。あの公園にいた頃はオレもこうして女王様のため、巣にエサを運んでいた。オレは「働きもの」だったから、よく褒められたよ。これを「思い出」って言うって先生は言っていた。アリの集団はきょう食べる量を集めると帰ろうとした。その時だ!一匹遅れるアリがいた。よく見ると左の後ろ足に傷がある。何かに挟んだ感じで、とても痛そうだ。

〈勇気〉
 エサを運んでいるからここに来る時より動きが遅い。仲間は気づいていないのだろうか…手伝いに来ない。どんどん、遅れていく。頑張って集めたエサもこぼして、減っていく。多分、彼のところからは「アリの行進」は見えなくなっている。オレは、勇気を持って草陰を飛び出して声を振り絞った、「大丈夫?手伝おうか?」。彼はあまりにも突然だったので、キョトンとしたけど、すぐに泣き出してしまった。「足が、動かないんだよ」「きのう、石の間に挟んじゃったんだ」。オレは久しぶりにアリと話してさらに心臓が大きくなった。「ずっとここに住んでいるの?」。彼は答えず、必死に仲間を追いかけようとする。でも、うまく足が動かない。「うっ」うめき声を上げながら進もうとするけど、もう無理だった。オレは近づいて足を見た。「ひどい。これじゃ歩けないよ」。彼はただただ泣いていた。オレ「見た感じ、ケガはひどそうだよ。ここじゃ治療はできないけど…」。彼「ここではできないけど?」。オレは再び勇気を出して言った。「オレは学校っていう、子供たちが勉強したり遊んだりするところから来たんだ。バスに乗ってきた。このケガじゃ、仲間はずれになっちゃうかもしれないから、いっしょに学校に行かない?」。彼は上手く理解できないようだった。そりゃそうだ。学校?バス?理解できるはずもない。もう一度、今度は違う言い方をしてみた。「オレはひとりで暮らしているんだ。まわりにエサはあるし、安全に取れる(少しウソ)。人間の子どもたちは親切で(かなりウソ)面白いから」。子どもたちがリュックのある場所に集まって来た。時間はない。サクラさんも自分のピンクのリュックを探し始めた。「いいから、信じてくれ!学校の教室はいいところだ!」オレは少し強めに言った。彼は涙でグチャグチャの顔でうなずいた(ように見えた)。「名前は何?」…「ポンタ」。

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