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プロスポーツ法人トップと民間法人トップの違い

INDEX
■私が過去来最も多く受けた質問
■経営の基本を実務レベルで徹底的にやり抜く
■細事に至るまで説明責任を果たす
■お客様に対して「仲間/身内」として強く意識する


■私が過去来最も多く受けた質問

 先日あるサポーター運営動画サイトでロングインタビューを受けた。クラブを応援している中で、「社長辞めろ」とか言っているが、実際社長の仕事をわからないまま言っているのは良くない、という前向き?な主旨から、社長の仕事を差し支えない範囲で知ろうということで企画したそうだ。そこで、外向きに発信量の多い私に白羽の矢を立てた次第だと。私の方も、そもそもサポーターは共に戦う仲間だと思っており、もう現役のJクラブ社長でもないので、少しでもフロントの仕事を知ってもらい、フロントとの距離が縮まればという思いからこの企画に応じた。

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 インタビューは2時間を超え、フロントの苦労や社長の仕事というものの匂いだけでも感じていただけたのかなと思う。その中で、「プロスポーツクラブの社長と一般企業の社長ってやっぱり違うんですよね」という質問があった。私がこの世界に転じて最も多く受けてきた質問である。メディアさん、スポンサー法人の社長さん達、大学の講義での学生さん達、日産時代の友人達…100回は下らない質問であり、実は正直に言うと、その都度少しずつではあるが答える内容が変わってきている。それだけいつも考えていることであり、プロスポーツ法人の在り様を表すのに、これほど相応しい質問はないので、経験を重ねながら、この質問に答えることで、少しずつ私なりにプロスポーツビジネスというものの核心に近付いて行けるのではないかと感じている。今回は以下に挙げる3点に言及しており、こうした書き物に記しておくことで、今後ともスポーツビジネスの発展に私なりに寄与していくための羅針盤としていきたいと思っている。

■経営の基本を実務レベルで徹底的にやり抜く

 目次タイトルが一般法人トップとの違いの一番目。一般企業トップなら当たり前のことだが、スポーツ法人の場合は更にどんな些細なことでも、経営としてきちんと出来ているのかを意識しなければならない。取締役会規定通りに事業が行われているか、決済基準は守られているか、就業規則に則った勤怠となっているか、中期計画、年度計画、予算はキチンと作られているか、月次での予実算管理や資金繰り、各事業の進捗の報連相は遅滞なく行われているか、社員、チームのコンディションに異変はないか、外部発進必要事項の実行は適切的確にされているか、例えばチーム広報ではなく企業広報として機能しているか、チーム情報だけでなく、業績ハイライト掲示や業績の定期的開示の実施等々…おおよそ会社運営に不可欠の経営マターにはすべからく関与し、そのPDCAを掌握することは、「密に細部に噛み込む度合」という点で、一般企業のトップとはかなり異なっているべきと考えている。

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 何故そうしなければならないのか、それには理由が二つある。
 
 一つ目は当たり前業務クオリティの保証である。やはりスポーツビジネスとしての法人は歴史が浅い。当該ビジネスの先鞭をつけたと言われるJリーグにしても30年も経っていない。会社としてのガバナンスやマネタイズメソッド、コストコントロール、人事労務管理等々、経営の基本が担当レベルで粛々と行われているかと言うと、そうでもないなと感じている。ならば、社長であってもときに営業、経理、人事、総務、強化等の各事業タスクに率先して噛み込んでいくことで、代々培われ歴史の上に当たり前化している民間企業の業務と同等のクオリティを担保しなければならないと強い危機感を抱いている。それは社長というより、オールラウンドプレイヤーと呼ぶのが相応しいと。二つ目は、社員の育成促進。出来て歴史の浅い業界の常として、新人からのキャリアアップが殆どない社員構成である。また、大方のクラブの社長は、私のように大企業で新人から仕事を学んできた人間か、既に別会社の社長として一社員からの経験を経てきた人間で構成されている。ならば、会社経営を円滑に転がしていく上で、社長が社員レベルの仕事を一緒になって汗を掻いていければ、社員の成長は格段に早まり、会社の発展に効果的に作用すると考えている。もし、仕事のすべからくに明るくないトップしか居ないクラブがあるとすれば、至急上記要件を満たすプロの社長を探すことをお勧めする。でないとプロスポーツ法人は、粛々と経営を積み重ねてきている財界から舐められてしまうことにもなりかねないのだから。

■細事に至るまで説明責任を果たす

 次にスポーツビジネス法人トップならではの大事な意識は、説明責任についてである。それも細事に至るまでである。一般法人でも行なっている経営計画や年度業績、役員人事、組織改正といった年次もの、そして定期的に行う中間決算の開示は勿論のこと、スポーツ法人ならではのスポンサー決定やトップチーム、育成、アカデミー、物販、地域事業に関する情報提供も遅滞なく行なっていかねばならない。特に、経営に関わる重要事項や、ファン/サポーターの関心度が高いトップチームの戦績に関わること、またブランド毀損につながるような不祥事については、その些細に至るまでトップ自らが書面なり自身の声なりで発信することが大切であり、この辺は一般法人のトップと大きく異なるところだと考えている。そしてトップが語りかける先は、外部の支援者だけでなく、共に働いてくれている社員や現場スタッフについても同様でなければならない。

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 私がここまでトップの説明責任にこだわるのは、スポーツ法人を支援している方々が単なる消費者ではないからだ。例えば総収益の5割を超えるスポンサー法人はどうだ。地上波放映も稀な日本のスポーツ業界に、名目上でも「広告宣伝費」として、自ら汗水垂らして稼いだ利益を投じてくれている。それでいて、いかほどのブランド向上や製品拡販が出来たのか、定量的に示すことが難しいのにである。勿論チームが勝つことで社員の皆さんは喜んでいただけるかもしれない。ただそれも一部の方々だけであろう。ならばせめて私達クラブがいただいたお金をどのように使わせていただいているのか、社員の皆さんに喜んでいただくために、その企業が所在する土地の皆さんに喜んでいただくために、必死に働いているさまを知っていただくメッセージを出すことは、例えそれが悪いニュースであったとしても、トップとしての最低限の義務と捉えている。

 更に、チームを応援してくれている方々となると、その説明責任はより重いものになるだろう。何故なら、そうした方々の中には、個人として身を切り、遠方までチームと共に戦いに来てくれる。ホームスタジアムをクラブカラーに染め上げ、チームを鼓舞するかのような応援をしてくれる。勝って喜び、負けて悔しがり…やがて気を取り直しチームを次の戦いに向けて、精一杯の力を込めて送り出してくれる。これほど自己犠牲をもいとわぬ方々を最早消費者などと呼ぶのは失礼だろう。そうして身を切っていただくからには、こちらも身を切って真摯に正対するのが筋だろう。人生の喜怒哀楽を共にする同志に隠し事は無用。経営もチームも、良い時も悪い時も、胸襟を開きガラス張りでいなければ、私達はお金をいただくわけにはいかない。特に状況の悪い時ほど、トップの責として、自ら皆さんの前に立ち、それでも共に歩むことをお願いする責任がある。少なくとも私はそう考えている。でなければ、降格後にゴール裏へ長話などしにいかなかっただろう。それが皆さんをリスペクトしている証なのだから。

■お客様に対して「仲間/身内」として強く意識する
 
 最後に、私は私達プロスポーツ法人を支えてくれる方々を「お客様」と呼ぶのには相当な抵抗がある。そもそもお客様とは、施しを受ける側のようなイメージがある。私はこれっぽっちも施しているという意識はない。むしろ皆さんから施しを受けているような心持ちでこの仕事をしている。苦しい時、辛い時、皆さんが後ろから背中を押してくれたからこそ乗り越えてきた苦難も一度や二度ではない。チームが中々結果を出せない時、或いは会社サイズを一段上に持っていかねばならない時、都度都度皆さんにありのままを話し、ご理解をいただいた上で、更なるご負担をお願いしてきた。そうしたやり取りを通じて培われてきた信頼関係…それはもうこの期に及んで皆さんをお客様と呼べるメンタリティではなく、「仲間」であり「身内」と思わなければどうにも具合が悪いのである。

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 お客様ではない仲間であり身内と皆さんを思うトップは、どこからどう見ても、一般法人のトップとお客様の関係とは異なる濃密な関係だと思っている。故に、プロスポーツ法人トップは、社員は勿論のこと、クラブにエールを送る全ての方々と深く関われなければ、その責を果たすことは出来ない。私は皆さんとの19年間を通じてそう考えるに至った次第である。結果、プロスポーツ法人トップと民間法人トップは、その業態の歴史の浅さ、皆さんとの濃密な関係ゆえ、その果たすべき役割は違うということを少しでもご理解いただければ幸いである。


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