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震災の記憶胸に駆ける 聖火リレー 復興五輪 コロナ禍で薄れ

 東京五輪はコロナ禍で1年延期を経て今夏行われた。復興五輪に位置づけられ、それを象徴する被災地での聖火リレーが石巻地方でも6月19―20日にあり、総勢63人(石巻25人、女川22人、東松島16人)が走行。復興した地域の姿と、厚い支援への感謝を国外に発信した。コロナ禍で最後まで開催に批判的な声もあり、復興五輪の意義もかすむ大会となったが、石巻市で合宿をした選手団との交流や地元出身選手の活躍など、わずかだが、五輪の空気を感じることもできた。

 121日間かけて全国の市区町村を巡る聖火リレーは3月25日に福島県を出発。大会組織委は沿道の観覧は禁止しない一方、ネット中継の視聴を推奨した。感染拡大の懸念からリレーの中止を決めた自治体もあり、県内でも直前まで揺れたが、結局、開催1週間前に県独自の緊急事態宣言が解かれ、実施に至った。

 6月19日。石巻地方で最初の舞台となる石巻市は中心市街地と市総合運動公園の2カ所で実施。女川町は運動公園住宅やシーパルピア女川など復興の象徴を巡るコースで、雨天であっても沿道には多くの人が詰め掛けた。

晴れやかな笑顔で沿道に手を振るランナー

 翌20日。最初の出発地となった東松島市は野蒜ケ丘西部集会所が起点となり、野蒜駅から仙石線に乗り、東矢本駅で下車する特殊区間を経て、市内最大の防災集団移転団地あおい地区に至った。

 住民からは五輪の空気を感じられた喜びの声が多く聞かれ、あおい地区会の小野竹一会長は「震災で犠牲になった人たちにも見せてあげたかった」と思いを語っていた。

 石巻市では「復興ありがとうホストタウン」の一環で、重量挙げに出場するチュニジア共和国の選手団9人が来石。滞在中は石巻トレーニングセンターで調整練習し、わずかだが市民とも交流を図った。選手団は温かい迎え入れに「おかげで強くなれた」と語っていた。

 そして7月23日に開幕した五輪。競技は感染拡大防止の観点で多くが無観客となり、国民はテレビ画面を通じて応援した。石巻市からは雄勝出身の藤井直伸選手(29)がバレーボール男子の日本代表として出場。「石巻に元気を与えられる試合をしたい」との意気込み通り、気迫あふれるプレーを見せた。

 コロナ禍ゆえ、国民が五輪に関わりにくい環境となり、関心が薄れてしまったことは否めない。「復興五輪」も置き去りにされてしまった印象もあり、復興した姿と感謝の思いをどこまで伝えられたのかは、疑問が残る。それでも、聖火リレーや選手団との交流、地元選手の活躍が地域に活気を与えたことも事実。困難な中、工夫して開催に至った経緯を含めて、確実に、石巻地方の歴史に残る出来事だった。【山口紘史】


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