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医局を辞めてベンチャー企業に参画した理由 その1 【退局エントリ】

はじめに

こんにちは、私は卒後5年の医師で昨年まで脳外科をやっていました。
今はヘルスケア領域のスタートアップ Contreahttps://www.contrea.jp/)で働いています。



医師をやめてスタートアップへ

さて、タイトルの通りですが、私は4年間医師をやった後、医局を辞めてContreaというスタートアップに参画しました。 Contrea病状説明のうち定型的な部分を動画にして提供することでICの時間を短縮するプロダクトを開発している会社です。

要するに、手術の方法や合併症、そもそもの病態など、すべての患者さんで説明の内容が変わらない箇所をわかりやすいアニメーションで見てもらうことで、医師は説明時間が減り(本当に必要な内容に注力した説明が出来る)、患者さんは理解度があがるという医師患者双方にとってwin-winのプロダクトです。


なぜ医師を辞めて、小さな会社に入ったのか。
いくつか理由はありますが、主なものとしては私が医師の働き方改革を達成させなければならないと思ったからです。

朝早く夜遅い(というか帰れない)勤務、紙媒体とハンコが飛び交うアナログな現場、わざとじゃないかと思うくらい使いづらい電子カルテ、旧態依然としたシステムと組織、サービス残業…

あげればキリがないですが、非効率の極みとも言える膨大な業務は尽きることを知らず、このままでは働き方改革が達成される余地など全くありません。
医師の働き方改革とは、今度詳しくまとめたいと思いますが、2024年度を目標に医師の時間外労働の上限を定めるなど、厚労省が進めている施策です。

おそらく今のままでは、働き方改革は達成されないか、あるいは数字上で達成されるのみに留まるでしょう。(長く残業をしても”自己研鑽”をしていたことにすればいいだけですからね)

他の医療スタッフへのタスクシフトなど進むはずもありません。
現場を見ればわかると思います。みんないっぱいいっぱいで働いているのですから。
仕事の総量が変わらないのに、タスクシフトと称して他職種に仕事を受け流しても、今度はそこで仕事量がオーバーするという歪みが生じます。

その歪みは誰が巻き取るのでしょうか? 我々医師が巻き取ります。

医師というのは兼ねてより、院内に生じる仕事量の歪みを一身に背負ってきました。(看護師が忙しいという理由でルート・採血・患者搬送・検体搬送(!)に至るまで、ありとあらゆる仕事をしていますよね)

減らない仕事量・規制される残業時間、これを健全に解決するにはどうすればいいのか?

テクノロジーの力で仕事を効率化するべきだ、僕はそう考えました。

もちろんこれは突飛な考えでは全くなく、あらゆる業界が働き方改革の波に乗ってDX(Digital transformation; 進んだIT技術により、人々の生活を良い方向に変化させること)を進めているので、医療現場も同じことをやろうよ!と考えただけのことです。

DX(Digital transformation; 進んだIT技術により、人々の生活を良い方向に変化させること)


医療現場でDXが進まない2つの理由

ではなぜ、医療現場では他業界のようにDXが進まないのでしょう。

私の考えでは原因は2つあります。

ひとつは、DXを進めることが病院にとってインセンティブがないからです。医師のサービス残業が常態化した今の病院では、従業員の労働効率が上がろうが下がろうが経営的に影響がありません。
一般企業では労基が怖いかもしれませんが、医局制度に基づいた我々の世界で労基に駆け込む度胸がある医師は殆どいません(一人だけ知ってます)。

医療監査や医師の時間外労働が制限されることで、こういったサービス残業には今まで以上のペナルティが病院側に課せられることも予想できますが、結局は「今まで通り、バレなければいいやろ」の精神でサービス残業がまかりとおると思います。

すなわち、お上からの命令だけでは、現場を変えるには片手落ちなのです。

ところで、医療現場の効率化は診療の質の向上に繋がる、というのは同意をいただけるところかと思います。

例えば、ContreaのIC ソリューションを用いれば、医師と患者さんは、定型的な説明省いて、本当に必要な対話にのみ注力できます。
検査値、内服薬、CT・MRIデータなど、あらゆる診療情報がクラウドで統合されていれば、患者さんが救急車で来院する前からtPAや血栓回収の適応を判断できるようになるかもしれません。

しかし、こういった本質的な診療の質は各病院が公表しているクリニカル・インディケーターには出てきにくい一面があります(=病院は効率性を高めるインセンティブに乏しい)

将来的には、各病院でばらばらの患者さんのIDは一元化されマイナンバーに紐づけられると言われているので(personal healthcare recordと呼ばれる施策です)、その推進に際して保険診療の形態やクリニカルインディケーターといった病院ごとの評価に現れてくるかもしれません。


医療現場でDXが進まない2つ目の理由は、医局制度です。

私は医局制度に批判的ではありません。
外科系の科は医局に所属しないと研鑽を積むことが難しいですし、私自身、医局に育ててもらって感謝の気持ちが大きいです。
医局を辞めた今ですら、機会があれば医局には何らかの形で恩返しをしたいと思っています。

医局制度が悪とまでは決して言いませんが、若手医師のローテーション制度は医療現場のDXを遅らせるのに一役買っています。

どういうことでしょうか?

実際に病院で最も働いているのは誰かというと、我々若手医師です。
なので、医療現場の非効率性というペインを最も強く感じているのは若手医師になります。
専門医前の若手医師は自らの研鑽のために病棟・外来・手術・救急とあらゆる業務をこなします。
1つ1つが経験となり、実になればいいのですが、アナログで旧態依然とした現場ではまったくエッセンシャルでない部分に労力を使わされます。

しかし、若手医師が自ら院内で業務の効率化を推進する例はあまり見ません。理由は単純で、若手医師はローテーターだからです。

自分が半年、長くても2年しかいない病院のために、ただでさえ忙しい業務の合間に何かを変えようとはなかなかなりません。
そんな時間があれば手術の勉強をしたり論文を書きます。業務の非効率性には関しては「ここはこういう病院だから、耐えよう」という思いになります。実際私もそうでした。

では、専門医を取り、異動も落ち着いた先生はどうでしょうか。彼らはやっと、レジデント時代の業務から解放されます。
医療現場の非効率性というペインが無くなるのです。

このことに気づいた時、世の中ってよくできているなあと、私はなんだか感心してしまいました。

医局制度がそこまで意識して作られたものではないと思いますが、実際にペインを感じる若手は、院内の悪い部分を変えようと思う前に異動になります。

医師の働き方改革はトップダウン(国)とボトムアップ(医療者・民間)両方の動きがあって初めて達成されうるというのが、私の持論なのですが、現状、明らかにボトムアップの動きが欠けているのです。


整理してみると、1つ目の「病院にとってインセンティブがない」というのはトップダウンの動き(国の施策)はあるものの、ボトムアップの潮流に乏しいため、トップダウンのモメンタムそのものが病院によって吸収(=隠蔽)されるということとイコールです。

2つ目の「若手医師はローテーターなので院内の改革にはコミットできない」というのは、ボトムアップの運動が生まれない構造的な理由です。

この2つの理由を足して考えると「現場に課題を感じる若手医師が、医療現場の効率化を達成すべく、病院の外部から活動しないといけない」ということがわかります。
これは日本の医療が健全であるために、あるいは健全な状態を取り戻すために、誰かが担わなければいけない役割です。


こんなことを悶々と考えた末、私は「とりあえず起業するか」と考えました。
社会課題を解決するためにはそれが一番手っ取り早いと考えました。ちょうど1年前、2021年の4月下旬でした。

卒後4年目の医師として大学病院に赴任して、昼夜を問わず働き、死んだように眠り、眠りながら働き、自らの能力をどう有効活用しても大学病院での業務は自らの身をすり減らすことでしか遂行できない、と認識した私は、人智を越える力(= テクノロジー)を使うことでしか、現状を変えることはでき
ないと考えるに至ったのです。

結果として、私は起業しませんでしたが、同じ社会課題を持つ仲間を見つけ、Contreaにジョインし、二歩・三歩と前に進むことができました。


起業を思い立ったのは昨年の4月でしたが、この時にはまだ医局を辞めるまでは考えてませんでした。
しかし、普通の医師のキャリアと違う道を選ぶことに対する恐怖感や不安はあまりありませんでした。

思い返すと、初期研修医の時に存在を知った2人の医師の影響が強いと思います。


影響を受けた2人の先生

1人目はメドレーの豊田剛一郎先生です。

豊田先生は脳外科を経て、マッキンゼー → メドレーの共同経営者と普通の医師とは比較にならない異色かつ輝かしいキャリアを歩まれています。

豊田先生の著書『ぼくらの未来をつくる仕事』は私が研修医1年目のころに出版され、何気なく読みましたが、衝撃を受けました。

地方の片田舎で育った私には、医師をやめて外資系企業に行く、果てはベンチャー企業の経営者になるなど想定の範囲外だったので、頭を殴られたような気持ちでした。

脳外科医なのに、手術でも学問でもなく、自分がやるべきだと思ったことをやってもいいんだと思い知らされた衝撃は、ホリエモンの帯コメント「この時代に働く人の『レールの外れ方』の教科書みたいな本だ」という言葉と共に心に深く刺さっています。


2人目は血液内科医からGoogleに入社されたLillian先生(@Lily0727K)です。

Lillian先生のこのノート(https://note.com/neko_chan0214/n/n3a64bc1e1412)も私に大きな影響を与えました。

知的好奇心ドリブンなキャリアの歩み方、医師を辞めることをライトに淡々と書き綴る文体。

「医師以外にもやりたいことがあればやってもいいんだ!」という気持ちが私の中に芽生えました。

初期研修医のときにこれらの本や記事を読んで、私の中には「医師は辞めてもいい」「やりたいこととやるべきことが一致したなら、それが自分にとって最高の向かうべき行き先だろう」という考え方が醸成されました。


初期研修が終わり、医局に入局してからは若手脳外科医として忙しくも充実した毎日を過ごしていました。朝から晩まで手術をしたり、救急車を診たり、自分の実力がどんどんレベルアップしていくのが分かりました。

しかし、充実していながらも、「自分がどんなにパフォーマンスを上げても追いつかない量の仕事」が日々のしかかっており、もちろん毎日残業をして仕事をこなすのですが、だんだんとこれは不健全だと思うようになりました。
私個人の話で言えば、脳外科が好きだったので、脳外科医として成長できる部分にはいくらでもリソース(時間的・肉体的)を投じることができましたが、全く芸の肥やしにならない上に非効率の極みのような雑務は好きではありませんでした(当たり前ですが)。

医師、特に若手医師の働き方が健全でないというのは多くの方に同意を頂けるところかと思います。

昨今の、メジャー科離れというのは当然の帰結であり、悪名高き新専門医制度はこれにトドメを刺しました。(SNSの隆盛による医師同士の交流や価値観の共有もこれに一役買っていると考えています)

加えて、他業界でのみdigital transformationが進み、働き方改革が達成されたなら…

医療現場・医師という職業(特にハイパー科)は輝きを失い、レガシィな職業・職場と見なされるでしょう。

そして優秀な人材が医師を目指さなくなります。東大では医学部よりも情報系の学部の方が人気が高くなりつつあるという話も聞いたことがあります。日本の医療界は既に暗い影が落ち込んでいます。


やりたいこと・つくりたい未来

医師の働き方というのは初めからsustainableではなかったのでしょう。上の世代の先生方の献身によりそうした部分はカバーされてきましたが、見えないところにひずみは少しずつ溜まり、今まさに爆発しようとしています。トリガーを引くのは働き方改革という外的要因であり、医師の価値観のアップデートという内的要因でもあります。

機会の窓、というと使い古された表現になるかもしれませんが、医師の働き方改革においてはこの機会の窓が今まさに開け放たれています。

「機会の窓が開いている」というのはこの機会を逃すと好機を逸してしまうことと同義です。今、何かが達成されなくては今後数十年、状況は変わらないままかもしれません。

2024年までに医療現場が健全な状態になるかは、正直わかりません。

私はひとまず今後5年間を射程にしようと思います。5年間で、Contreaを通じて医療現場の効率化を進めるすべての医師に働き方改革について興味を持ってもらう疲弊しつつある若手医師をmotivateする

そのような活動を通して、小さな雪玉が転がり出すところまでを目標にします。雪玉さえ転がり出したら、医療現場は自律的かつ指数的に良くなっていくでしょう。


医療現場で働き方改革が達成されたなら、医師はもっと生産性の高い働き方が出来るでしょう。
現場の非効率性に鬱屈とせず、論文を書いたり、手術の勉強をしたり、自分のために時間を使ったり…


脳外科に興味はあるけど、キツいからやめておこう。

こんなもったいない思いをする初期研修医の先生も少なくなるかもしれません。

全ての医師が自らのやりたいことを、高いモチベーションで行うことができる。
そんな世界が来るのが理想です。

思うがままに書いてみましたが、これが私の医師を辞めることに対しての所信表明になります。
医局を辞めたと決めてから実際に辞めるまでの話も今度書いてみたいと思います(長くなったのでわけました)

みなさんどうぞこれからもよろしくお願い致します。


Contrea株式会社 医師 吉川 響
Twitter:@hibi_yskw

https://www.contrea.jp/

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