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この世の不利益は全て当人の能力不足

私にはこの言葉を戒めて生活する必要がありそうだ。

ご存じの方もいるかもしれないが、この言葉は東京喰種のリゼの言葉。興味があったら見てみてください。第1シーズンはとっても楽しんで見れます。第2シーズンは私的に未だ消化不良です。うーん。

この言葉の正当性

この言葉は多くの状況でまかり通ると思う。テストでいい点が取れないのは、いくら問題が難しかろうと自分の勉強不足だし。だって、テストは何が出るか分からないんだから、今までと違うという言い訳は通用しなくて、何が出ても対応できるようにすべきなのだから。

ただ、一ついえるのは、この言葉は自分に向けて言うべき言葉であって、他人に言うべき言葉ではないだろう。

他人に言うということは、それは「自己責任論」の押しつけであるということになる。自己責任論の押しつけはどんな苦境があったとか、その人の状況を考慮せず、ただの配慮のない人間だ。自己責任論は無責任だ。自己責任論は湯浅誠先生の「反貧困」にて詳説されているが、自己責任論は社会を変革の妨害になっていると私は思う。だから自己責任論の押しつけはすべきでないと思う。

ただ、一方で、自分に対しては、「この世の不利益は全て当人の能力不足」という言葉を戒める必要があるとも思う。そうすれば、全ての事柄を受け入れられる気がするし、反省もきちんとできる。

人は、(ここで総称を使うのは適切ではないかもしれない)少なくとも私は、よく「ああだったから」「出来る状況じゃなかった」「~があったから」等々反省ではない振り返りをする。所謂都合のいい責任転嫁だ。

しかし、物事を「この世の不利益は全て当人の能力不足」と捉えればどうだろうか。自分の何が悪かったのか、自分と向き合うことができそうだ。

物事を遂行する時、目的を考えて行動するとより成果が出るそうだ。まあ当たり前のことだろう。
例えば、先生が「今日何の勉強をするの?」と子供に尋ねたとき、
Aさんは「問題集の発展問題がまだ終わっていないので、これから解きます」と
Bさんは「英単語を覚えるために、単語帳の1~100を覚えます」
と言ったとしよう。私は前者のようなことばかり言っていた生徒だったが、成績が伸びるのは後者のBさんだそうだ。
理由は目的とそのために何をするのか、ビジョンがはっきりしているからだと。つまり、目的意識をもって行動することが成長のキーになるということだ。

だから、「この世の不利益は全て当人の能力不足」と捉えることで、自分に何が足りなかったのか、何の能力が不足していたのか考えることができる。

自分の弱いところと向き合うことはとても難しいが、自己分析し、何を改善すればいいのか、そのために具体的に何をすればいいのかが見えてくれば失敗や不利益は自然と減少するだろう。

もちろん「この世の不利益は全て当人の能力不足」ではないと思う。けれど、少なくとも自分はそのように物事を捉えることで、自分に運が回ってきたとき、もっといい成果を出せるのではないだろうか。

なんて思いました。
けど実際、「この世の不利益は全て当人の能力不足」って自分に向かっていえる人って相当強い人だと思う。まじ尊敬。
私も日々戒めようと思いましたとさ

まあこれも去年の夏ぐらいの書き溜めなんですけどね☆彡

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