【読書感想】どうしても生きてる(著:朝井リョウ)

祐布子が唯一安心感を得られるのは、死亡者のSNSアカウントを特定できた時だ。
『健やかな論理』

妻の妊娠を口実に夢を諦め、仕事に邁進する豊川。だが仕事に誇りを見出せず。
『流転』

派遣、契約、正社員、アルバイト。依里子はまず人の雇用形態を想像してしまう。
『七分二十四秒目へ』

異動後、痩せていく夫への心配と苛立ちを等分に抱えた由布子は、突如覚醒して。
『風が吹いたとて』

良大は妻の収入が自分のそれを上回った瞬間、妻に対しては勃起できなくなった。
『そんなの痛いに決まってる』

みのりはある夜夫と喧嘩になった。原因は、胎児の出生前診断をめぐる意見の相違。
『籤』

幻冬舎より

じくじくと痛みを感じる短編集だった。
痛いといっても、刃物で切りつけたような鋭い痛みではない。
毒を食らって、静かに、穏やかに、確実に内蔵をやられているような、体の内から感じる鈍痛。
初めて朝井リョウさんの作品を読んだのだが、誰でも一度は感じたことのあるだろう『自分では変えようのない、人生の上手くいかなさに対するモヤモヤ』を描くのが上手な作家さんだと思った。
朝井さんの作品は、生きにくさを感じる現代の人々の心に響くのだろう。
だからこそ、こんなにも人気な作家さんなのだろうと、この本を読んで感じた

私が一番入り込んで読んだ物語は「流転」だった。
夢に向かって走るのが苦しくて、苦しくて、逃げ出したいと思ったときに、理由をつけて夢に向かうことを放り出してしまう主人公。
私にも当てはまるところが多くあって、読んでいて目をそむけたくなった。
まったく上手くいっていない時は頑張れるのだけど、少し結果が出た後に壁が現れると『もう頑張れない』と挫けてしまう。

夢に向かって走り続けられる人を直視できない
挫けてしまった自分を肯定できない
現状に満足できない
かと言って、捨てた道に戻ることはできない

主人公の葛藤、諦念は誰もが自分の経験に重ねることができるのではないだろうか。

主人公の妻が夢を諦めた主人公に「辞めた理由も、結婚した理由も、自分に嘘ついて、勝手に他人に託さないでよ」と詰るシーンがある。
変わりゆくものに自分を託してはいけない。
諦めたかった気持ちが先で、理由が後からついてきたのだ。
自分が進んで諦めたのではないという体裁をとってしまったからこそ、未練がずっと残る。

どうしようもない気持ちを抱えながら、引き返せないから、流されるように生きている。

『どうしても生きてる』
この本のタイトルは、本の中のどの作品にも当てはまる言葉で、
多分、生きているほとんどの人に当てはまる言葉なんだろう。

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