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【第5回】ぐあいがわるくなると

執筆:副島 賢和(昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当)

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 このお子さんは、小さいときから何度も入退院を繰り返しています。小学生のころも、勉強はよく取り組むほうでした。とくに好きな勉強をするときは、とても楽しそうでした。

 ただ、長期にわたって病気と折り合いをつけながら生きているお子さんは、いろいろとやりたいことがあっても、全部できるわけではない場合があります。
 何かに取り組んでいるうちに、自分のエネルギーがなくなっていく。そんな経験を何度も繰り返している子どもたちは、上手にバランスをとれるようになっていきます。
 また、「これ以上がんばっちゃったらまた具合が悪くなるかも…」という怖さもちょっとあるので、早めに止めておくということもあります。

 このお子さんも、そんな姿がみられました。
 入院中に、体調が回復してくると、今までがまんをしていたことに取り組む気持ちが出てきます。
 工作や遊び、おしゃべりやボードゲーム、そして読書…いわゆる教科の勉強は、その合間に…という感じでした。
 そんな姿を見ると、とてもうれしくなります。
(エネルギーがたまってきたな) 
(回復してきたな)
と感じるからです。

 それでも、病気からの回復は、ずっと右上がりというわけではありません。また、調子が悪くなってしまうこともあります。
 やりたかったことに取り組み始めていた彼も、調子が下がったときがありました。
 そんなとき、彼が
「ねえ、先生。プリントちょうだい」
と言いました。
(おいおい、そのエネルギーは、自分のやりたいことに使ったほうがよいのではないですか?)
 そう思い、
「え? 勉強するの?」
と尋ねました。
 すると彼が言いました。
「ぼく、具合が悪くなると、なんか勉強したくなるんだよね」
と。

 身体の調子がよくなってきたときは、
(やりたいことを優先し、やらなければいけないことはちょっと後回しでもいいかな)
 そんな気持ちになれるようです。でも、身体の調子が悪くなってくると、不安が出てくるのかもしれません。
(これをやっておかなければ)
と思うのかもしれません。

 「えらいねー」とも「今はやらなくていいよ」とも言いません。
「これでいいかな」
といって、プリントを渡します。
 1問くらい解いたら、疲れてしまって、もうできなくなります。その様子を見て、
「今日はここまでね」
と止めます。
 一問でも解いたら
「よく一問解いたなあ」
と伝えます。
 一問解けなかったとしても、
「よく一問取り組んだなあ」
と伝えます。

 (今この子は不安のなかにいるな)
と感じることがたくさんあります。どうしたら、その不安を少しでも軽くできるか、取り除いてあげられるかを考えます。
 たとえ入院中であったとしても、子どもたちが、「自分は自分のままでよい」「自分にはできることがある」と思えるように、教師として何ができるだろうと考えています。

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著者プロフィール:昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当。1966年、福岡県生まれ。 89年、都留文科大学卒業。 同年、東京都公立小学校教員として採用され、 以後25年間、都内公立小学校学級担任として勤務。99年、東京都の派遣研修で、在職のまま東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。2006〜13年、 品川区立清水台小学校さいかち学級(昭和大学病院内)担任。 14年4月より現職。 学校心理士スーパーバイザー。 ホスピタル・クラウン。北海道・横浜こどもホスピスプロジェクト応援アンバサダー。TSURUMIこどもホスピスアドバイザー。 東京こどもホスピスプロジェクトアドバイザー。日本育療学会理事。 NPO法人Your School理事。 NPO法人元気プログラム作成委員会理事。 09年、ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。 11年、『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK総合)に出演。 20年、NPO法人Your School によるYouTubeチャンネル「あかはなそえじ・風のたより」に出演。https://www.youtube.com/watch?v=ndP0lIrhg8k
近著:『あのね,ほんとうはね 言葉の向こうの子どもの気持ち

※本記事は、へるす出版・月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです

2022年8月号 特集:COVID-19の経験とともに―変化する人材養成のかたち
2022年7月号 特集:臨床場面における倫理的なモヤモヤを考える
2022年6月号 特集:子どもと家族が安心して過ごせる入院環境
2021年7月臨時増刊号 特集:重症心身障がい児(者)のリハビリテーションと看護

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