陽だまりの粒(最終回)
1990年10月14日(日)
AM10 : 00
「ホントに一関まで迎えに行ったらしいね」
楽器店の前に立っていた敬子は和彦が運転する車から下りてくるスニーカーズのバンドメンバーを眺めて美香に喋った。
「宮古から一関まで何時間かかる？」
美香は敬子に聞き返してみたら「高速使って3時間、高速使わないで4時間」
「えぇ〜じゃあ雪野のん何時に起きてんだろう？」「たぶん3時とか…だろうな」
車の後部から楽器を全部出し終えると和彦の運転する車は会場である楽器店の駐車場に車を移動させた。
スニーカーズには2か月ぶりの盛岡でのライブであり、場所は何時もの楽器店の2階で行われる。今日はCATS EYE主催のレディース・バンドだけを出演させ客もレディース・オンリーと女性に拘った、拘り尽くしのライブでバンド側にいるスタッフの男は会場に入れるのか？スニーカーズのマネージャーを務めることになった和彦は、主宰者であるCATS EYEのメンバーと納得いくまで何度も電話で話し合ってから、今度は出演するかどうかをバンドメンバーと何度も話し合った。
最後まで出演に難色を示していた咲であったが、和彦との毎晩深夜に及ぶ電話での話し合いの中であくまでも条件付きでありながら出演してくれることになった。
スニーカーズの出番は後ろから2番目と最初から決めて合ったために順番決めのドキドキ感はバントメンバーには無かったが、その辺りの物足りなさは微妙にあった。
受付と物品販売は交代でやることに予め決めてあったが、開場の際の受付は和彦も担当した。
レディースバンドだけでどれだけの動員があるのか全くの未知数のままで企画をしたCATS EYE のメンバーの心境はどれだけだったのだろうか？
開場してから30分程経った純粋な動員数は15名ほどである。
女性限定だと考えると合格数に達しているのだが、欲を言えばもう少し動員が欲しい。
オープニングの女子高生のコピーバンド、トリートメントの演奏が始まり受付の所まで音が聞こえて来る。
受付に座る和彦の所に敬子と咲がやって来て咲は和彦の横に座った。
「どう？」和彦が敬子に今日のライブの動員を聞いてみた。
「もう少し入ると思うけど30人は厳しいかな」少し悔しそうに敬子が喋った時に階段を登って来るズシン・ズシンと階段が軋む重い足音が聞こえてきた。
「当日1枚」裏声で喋った金髪のロングヘアーのカツラをかぶった顔を白塗りにして女装した180センチ・90キロの大男いや大女が受付の前に立ちはだかっているが、「誰だ？」和彦も敬子も呆気にとられて固まってしまった。
不思議そうな顔をしてじ〜っと大女の顔を眺めていた咲が「あ！ゴリラーマンだ！！」と腹を抱えてアハハと大笑いしている。
「田路さんですか？」和彦が聞くと「私、工藤静香」と裏声で答えたから咲は笑いのツボにはまって涙を流して笑いが止まらなくなった。
「田路君今日は男は入れないのわかる？」
敬子が笑いを誤魔化しながら田路に言うと、
また変なのが口笛を吹きながら軽快に階段を登って来た。
オバサンが被る麦わら帽子を被り顔を白く塗ったワンピースを着てヒールを履いた、やたら背の高いノッポ女が「当日1枚」とまた裏声で言ってきた。
「ゲー誰だコイツ気持ち悪い」敬子がノッポ女の顔を見て爆笑した。
「あっ山内さんだ」また咲が気がついてゲラゲラ笑いだした。
田路と山内はお互いに顔を合わせて「情けないな〜」と慰めあった。
和彦は「一応女性扱いしますから入っていいですよ」と二人を入れると「嬉しいわぁ」とまた裏声で喋ったために、笑い過ぎた咲は椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
「咲ちゃんお久しぶり！咲ちゃんが笑うのを見てると平和でいいなと思うんだよ！」田路にそう言われて咲は顔が紅くなった。
「咲！雪野が泣かせたら俺に言えよ！」やたら和彦に厳しい山内は咲に思い切りの激を飛ばした。
「雪野このカセットとTシャツお前が出したの？」田路と山内はスニーカーズのカセットとTシャツを手に取りそれを眺めていたが速攻で買って会場に入った。「やり〜売れたね！」咲と和彦は抱き合って握手をした。
咲と和彦が受付担当の人とトランプをしたりオセロをしたり他愛のない会話をしている間に田路と山内が六角形の野球サイコロ消しゴムを持って現れたために、受付は消しゴム野球大会場になりライブそっちのけで大盛りして和彦がやたら野球に詳しいことも判明して、時間は過ぎて行きいよいよスニーカーズの出番がやって来た。
ステージに上がる前に「ヤバい緊張してきた」咲がステージの横でしゃがみ込むとバンドのメンバーから「咲は強いから大丈夫」と背中を押されてすぐ側にいた和彦と目を合わせて気持ちを落ち着かせた。
セットリストには1.アイラブ❤️プロレス 2.VOICE 3.RIGHT 4.OUT 5.GOOD BYE 6.FOOL THE BOY 7.ファーストデート
8.I LOVE YOU 9.タロウ 10.TOO LATEの10曲が書いてある。
4人がステージに上がると常連の女性から声援が上がった。
「ありがとうございます！ スニーカーズです、私のことで色々お騒がせしましたが…私は負けません！」
咲ちゃん頑張れと女性の声が上がり いつの間にか男の客が入って来てフロアの半分を占めていった。
「ありがとーございます！！泣きたくなるのでそろそろ曲を始めます！」
その時SEでCRASSのOUR WEDDINGが流れ出した為にスニーカーズのメンバーは一斉にギターアンプの後にいたマネージャーである和彦の方を見た。
和彦は違う知らないと手と顔を振りメンバーの方を見たが知らないと言って首を横に振った。
「ゴメン間違えた」今日の主催のCATS EYEの美加が慌てて走ってきた。
「しょうがないなあ予定変更」敬子がステージに上がりマイクを握り「段取りを間違えたので順番を変えて雪野君と咲ちゃんの簡易結婚式を行います！」客の笑いに包まれる中で咲はバンドメンバーを見ながら「みんな彼氏がいるのに特別扱いは嫌だ」と言ったから、前にいる客にバカウケされてしまった。
「咲イイからやって貰え」後ろから里香が笑いながら言った。
左右に立つ美彩と智美も「やって貰いな」と楽しそうに笑いながら咲に言った。
「雪野君と咲ちゃんはステージの真ん中に立ってちょうだい」真由美が二人を並べて立たせて「何だっけ？」喋る言葉をド忘れしたから会場中が笑いに包まれた。
「あれだ、あれ!! 二人共死ぬまで仲良くいろよ!!」会場中が拍手に包まれて、
和彦と咲は指にハメていたペアリングを改めてハメ直してもらった。
ステージの前の客からキスコールが飛び出しやがて会場中に飛び火してフロア全体がキスコールに包まれた。
「さあどうする？新婚さん？」真由美と敬子が煽りに煽る。
和彦と咲は顔を見合わせて腹を括って、観客の前で軽めのキスを披露した。
会場中がわきに湧いてそのままライブになだれ込んだ。
スニーカーズ過去最高の乗りの中で咲が加入する前に作られた曲を4曲演奏した後で今日のオープニングを務めた女子高生の四人組みキューティクルズのメンバー四人がステージの前を陣取った。
会場の後ろから咲ちゃんと声援が飛んだ。
「声を消された女の人に捧げます、新曲ですOUT」
さっきまで演奏していた曲ほどのスピードはないがエモーショナルで感情と言うか心の中に訴え掛けるギターの音色で耳が痛く咲の痛々しい歌い方も説得力を増す原因なんだろう。
OUT
黒い服を着てがなっている
汚い服を着てがなっている
貴方の言うことがホントなら
私を助けてくれるよね
黒い服を着てがなっている
汚い服を着てがなっている
貴方の股間についてるシンボルが
私の身体を貫こうとする
私の心を殺さないで
私の魂を殺さないで
死にたくない
死にたくない
殺さないで
殺さないで
曲が終わってもみんな呆気に取られてしまい立ちすくんでいる。
ギターのみどりがチューニングをして間をあけた。
前列にいるキューティクルズのメンバーが咲に何か話しかけた。
「え～と核を歌った新曲GOOD BYEです聞いて下さい」
スニーカーズの特徴として聞いた音楽を貧欲に取り込んで行こうとする意思がある。
怒りを超えた悲しみをいつの間にか表現出来るようになっていた。
GOOD BYE
今夜 彼氏はサヨナラも言わずに消えてしまうだろう
この国にもチェルノブイリの二の舞が起こり
キノコ雲の軌跡を眺めたその後に
人も土地も全て汚染されてしまった
今夜 私もサヨナラも言わずに消えてしまうだろう
私と彼を引き裂くのは一体誰なのかを知りたい
猛毒が大地を汚しても、その大地に暮らし
そしてウランの入った水を飲む
GOOD BYE 別れるのは嫌だ
GOOD BYE 一緒にいたい
GOOD BYE 引き裂かないで
GOOD BYE 悪夢でしかない
今夜 彼氏はサヨナラも言わず消えてしまう
今夜 私もサヨナラも言わずに消えてしまう
核の暴走の果ての出来事
神の火には決して触れてはいけない
曲が終わった後のリアクションが凄くなった
おめえら凄えカッコいい! 男の野太い声援が響くようになった。
咲ちゃんと声援が飛ぶ中、咲は額の汗をタオルで拭って声援した人に手を振った。
「次はバカな男の歌」
スニーカーズ最初のオリジナルソングでシンプルなパンクロックサウンド、盛岡で初めて演奏した時とは歌詞が違うが歌いやすくて覚え易い曲
FOOL THE BOY
今日も休日の街中を
車でフラフラ走ってる
女が引っ掛けられるのを
楽しみに待ちながら
ドライブに連れてくよ
食事に連れてくよ
最後はお決まり
GO ING ホテル
頭の中になにがある
車と女の身体さ
頭の中になにがある
車と女の身体さ
HE IS THE FOOL THE BOY
男は車と言いたげに
愛車の自慢をしている
女は身体と言いたげに
襲った数を自慢している
そう言うお前は何なの
大した男じゃないクセに
最後はお決まり
ヤり逃げされる
頭の中になにがある
車と女の身体さ
頭の中に何がある
車と女の身体さ
HE IS THE FOOL THE BOY
いぇーい客席から歓声が響いた
すかさずベースの重低音な音が間を開けずに身体に響き、ソリッドに痙攣したギターの音が空間を引き裂く。
いつの間にか和彦と泉はステージの前で踊っていた。
ファーストデート
私と彼氏のファーストデート
私と彼氏のファーストデート
デートの前に壊れた私を
貴方の声が救ってくれた
私と彼氏のファーストデート
私と彼氏のファーストデート
ショッピングモールで
二人のペアリング揃えたの
私と彼氏のファーストデート
私と彼氏のファーストデート
デートの途中でコーラを飲んで
デートの途中でパフェを食べた
私と彼氏のファーストデート
私と彼氏のファーストデート
デートの途中で雷鳴って
デートの途中で大雨降った
私と彼氏のファーストキッス
私と彼氏のファーストキッス
愛してると囁いでくれて
離さないよと強く抱き締めた
私と彼氏のファーストデート
私と彼氏のファーストデート
このトキメキを忘れないために
この曲に思いを刻むわ
「どうもありがとう」咲がMCを入れたら
客席から、おい雪野このスケベ野郎、雪野お前何やってんだよと男の罵声が和彦に飛んで行った。
和彦は苦笑いを浮かべて、イタズラっぽく笑う咲と目を合わせた。
「いよいよラスト2曲になりました、I LOVE YOU」スニーカーズ極初期のオリジナル曲！POPな曲を精一杯パンキッシュに歌い上げる。
咲に呼ばれた和彦はステージに上がり、急遽ツインボーカルに変身した。
I LOVE YOU
私の頭の中に貴方のイメージが
俺の頭の中にお前のイメージが
浮かんで 浮かんで
消えていく 消えていく
I LOVE YOU
I LOVE YOU
私は貴方を死ぬまで愛する
俺はお前を死ぬまで愛する
貴方も私を死ぬまで愛して
お前も俺を死ぬまで愛して
I LOVE YOU
ILOVE YOU
「ラスト2曲」
ナパームデス並の超重量サウンドかつ
凄まじいスピードナンバータロウと英国PUNKバントSNUFFのカバー曲
タロウ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
客が怒濤の勢いで次々とダイブをするから後ろで見る者には爽快その物であった。
大混乱のステージ上から和彦がダイブをするのを見た咲も後を追って初めてダイブに挑戦してみたが体制が崩れて床の上に這いつくばるように着地したためにそこからフロアに両膝を着いたまま立ち上がる機会を失ってしまっていた。
しばし咲は客席で両膝を着いたまま暴風雨の渦の中で嵐が過ぎるのを待っていたが、混乱の中で踏みつけられ、蹴り飛ばされる咲の周りの嵐を遮りながら和彦が助けに来てくれた。
咲の体を抱き抱えるようにして、人の嵐の渦から抜け出してやっと咲は自分の足で立ち上がったが少しだけヨロケルけるフリをしてワザと和彦に抱きついた。
「だから俺が守ってやると言っただろ」
和彦のその声に咲の両腕はギュッと力が入った。
気が付いたらスニーカーズの演奏は終わっていて、里香がドラムのスティックを客席に投げ捨てた所だった。
慌てて咲はステージに上がり客席に向かって頭を下げてステージから降りた。
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帰りの車の中で今日の反省をする6人の姿があった。
「余りにも完璧過ぎたから何処かでコケるんじゃないかと思ってけど、まさか最後の最後でボーカルがやってくれるとは思わなかったよ」
ギターの美彩が笑いながら喋ると、
「ノリも声援も凄すぎたから、逆にどうしょうとビビってたよ!!さすが咲だな～！ラストの曲でマネージャーと抱き合ってるんだから」
智美が爆笑しながら咲をからかうと車内は大爆笑に包まれた。
「絶対何かやらかすと思ってたんだけど、あそこで彼氏と抱き合うか？まあ、そこがスニーカーズだな！」智美が大爆笑してタバコに火をつけると「君ら純情な乙女を虐めて楽しいか？」と咲が反論した。
「何か純情な乙女だ！人前で平気で本気のキスをする人の何処が純情だ」美彩が笑いながら論破すると「マネージャーあれマジですよね？」里香の質問が和彦に矛先を変えた。
「ウソなわけないだろう！マジでなければ人前でキスなんか出来るか!!それにさ、咲と俺が抱き合ったことも何年かしたら思い出として残るぞ、何時かこのバンドの同窓会をしたら真っ先に話題なるんだろうな」
「その頃には今の私たちは陽だまりの粒になってしまうのか…」里香は少し悲しそうな顔をして眠り始めた。
「和君ありがとう」いつの間にか眠った咲の寝言が聞こえてきた。
どれだけ好きなんだ？目を閉じている女子高生は笑いたいのを必死に堪えた。
終わり
LEGEND － RAP
砂の中に紛れてる "わたし"を
さがし出すのは あなた
日常の 魔法にかけられ
崩れ去った "わたし"は
永い年月あなたを待ち続け
しんきろうに うつし出される
未来と過去のクロスした風景
それは 遠い昔 おとぎ話のイマ－ジュ
海の泡と果した 人魚姫
そして風にさらわれた "わたし"
甦れ！砂漠の人魚姫
金のうろこの魚達
その時全て生まれ変わる
甦れ！ 邪悪戦士(バビロニア)よ!!
巡りめぐる…LEGEND…
billed me up…Blled me up!!
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