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Project monoNoFuT -#006 ver2.1 琴葉-

概要

プロジェクトモノノフサムライパンクスに登場するオリジナルサイボーグ「舞蝶(あげは)」「琴葉(ことは)」姉妹をめぐるストーリーです。

目次

第一章
第二章
第三章
第四章 ★

NFT

〜叶香〜
〜琴葉〜

背景ストーリー

←前章(第三章)

 施設の前方で戦っていた舞蝶(あげは)の背後で爆発が起こった。
 振り返ると施設の左からモクモクと黒煙が上がっている。
 ヘリから地上に降り立った10数名のサイボーグが横穴に侵入して行くのが見えた。
「まずいわね」
 踵を返して施設へ向かおうする舞蝶だが、一斉射撃と戦闘サイボーグ道を塞ぐ。
 が、生半可な物量で彼女を止められるはずもなかった。
 舞蝶が横穴に侵入しようとした時、首の辺りに違和感を覚え、のけ反るように姿勢を低くした。
 直後、大斧がものすごい勢いで首があった位置を通り過ぎていった。
 コンクリートの柱にぶち当たり中の鉄骨ごと抉っていく。
 正面にはグロテスクに盛り上がった機械の両腕を持ち、ブースターの付いた大斧を持ったサイボーグが鬼の形相で舞蝶を睨んでいた。
「改造サイボーグ…」
 薬物で脳のリミッターを解除し戦闘特化させたサイボーグだ。もちろん法律で製造することは禁じられている。
「があぁああ!」
 獣のような雄叫びを上げながらそのサイボーグは大斧を振りかぶった。
 同時に大斧に付いたブースターから勢いよくジェットが吹き出す。
 弾丸と同じ速度で大斧が振ってきた。
「くっ!」
 間一髪避けるが大斧の勢いは止まらず床に叩きつけられた。
 大量のコンクリートの瓦礫が散弾銃のように舞蝶を襲う。
 それを避ける為横穴から外に出る。
 待ってましたとばかりに大量の銃弾が雨のように降り注ぐ。
 咄嗟に地面のマンホールを取ると銃撃を跳ね返し、円盤投げの要領で建物内の改造サイボーグに投げ飛ばした。
 改造サイボーグは斧でそれを弾いた。
 一瞬動きが止まった。
 その隙をついて舞蝶は改造サイボーグの左足を切断。
 ぐらりと傾く敵の四肢を次々に切断していく。
 一瞬後サイボーグは芋虫のようになっていた。
「悪く思わないでね」
 そう言い捨てると舞蝶は通路の奥へと走り出した。

 爆発音に混じって地下室が揺れた。
 舞蝶がエンカウントして5分が経過していた。
「FloatingBits社のハッシュパワー急上昇!
 40%!
 更に上昇中!」
「くっ!
 もう2000体VM準備!」
「FloatingBits社のシェアが30%に減少!
 でもどんどん増えていきますぅ〜!」
「もうリソースが無いわ!
 これ以上VM増やしたらフリーズする!」
「どどどどうしよ〜!?」
「全てのVMをオーバークロック!」
「ええ!?」
「今の倍にクロック数を上げて1000体ずつ再起動!」
「だ、大丈夫なの神代ちゃん??」
「全感覚機能遮断!
 演算リソースを全てVMに回す!
 雪華後よろしく!」
「神代ちゃん!」
 雪華の呼びかけに神代は答えなかった。
 だらりと両腕が垂れ下がり、まるで人形のように動かなくなった。
 神代に接続されたヘッドギアがバチバチと火花を散らす。
 スクリーンに映し出されたログが今までの倍の速度で流れ始めた。
 雪華は慌てて神代のステータスを確認。
「脳内温度…
 よ、45℃!?
 冷却急いで!!」
 雪華が悲鳴を上げる。
 神代の装着しているヘッドギアに白いパイプが乱暴に接続され冷却用の特殊な液体が注入された。
 間髪入れず入り口付近で爆発音が聞こえた。
「!!」
 雪華は出入り口に続く螺旋階段に目をやった。
 薄暗い螺旋階段は長く、入り口は確認できない。
 叶香が刀を鞘から引き抜いた。
「叶香ちゃん!?」
 叶香の目から下を鬼の面頬が鱗のように覆い始める。
「敵の目的はあなたよ!
 今出てったら確実に殺されるわ!」
「…構いません。
 最早私に行くところはありません」
「そんなこと…!
 DNA鑑定ではあなたは舞蝶ちゃんの妹なのよ?」
「記憶がない私は果たして彼女の妹と呼べるのでしょうか…」
 その答えに雪華は言葉を詰まらせた。
 鬼の面頬の構築が完了した。
「ご迷惑おかけしました」
「叶香ちゃん!!」
 雪華が悲鳴と共に叶香を呼び止めようとするが、それを背に叶香は螺旋階段を駆け上がっていった。
 入り口の扉は既に吹き飛ばされており、FloatingBits社のサイボーグ5人が侵入の為に中を確認している最中だった。
 近接戦闘サイボーグは2体。
 リーダー格を含めて銃撃を得意するサイボーグが3体。
 躊躇なく叶香はその中に飛び込んでいった。
「ターゲット捕捉!
 四肢を狙って動かなくしろ!
 その後確実に脳を破壊する!」
 リーダー格のサイボーグがそう叫んだ。
「あなたも道連れです!」
 一気に距離を詰めてリーダーに向かって刀を振り下ろす。
 が、近接戦闘用サイボーグ達によって攻撃は阻止された。
 統制の取れた動きで進退を繰り返し上手い具合に死角から銃撃を織り交ぜてくる。
 叶香はFloatingBits社の接近戦サイボーグの中では多少優秀な部類に入るが舞蝶のように圧倒的爆発力があるわけではない。
 すぐに防戦一方になった。
「くっ!」
 無理な戦いを行なっている為、タングステン製とはいえ叶香の刀はすぐにボロボロになった。
 一瞬の隙をついて敵サイボーグの一人が思いっきり刀を振ってきた。
 避けきれない。
 やむなく刀で受ける。
 バキンと音を立てて叶香の刀が粉々に砕けた。
 もう一人のサイボーグが彼女の左肩に刀を突き刺し、そのまま壁に押し付け串刺しにした。
 衝撃でマスクが解除される。
「あぅ!」
 痛覚センサーの9割は切っているが衝撃で声が出る。
「ようやく捉えたぞ裏切り者め」
 リーダー格のサイボーグが近づいてきて、叶香の両手を頭上で組ませるとナイフで壁に串刺しにした。
「あぁ!」
 流石に電撃のような痛みが脳内を駆け巡り声が出る。
 興奮した様子で乱暴に叶香の頬を鷲掴みにすると首筋に舌を這わせてきた。
「楽に死ねると思うな」

 ゴトリとちぎれた左腕が地面に落ちた。
「くっ!」
 舞蝶は施設内に侵入して来た敵とエンカウント。
 後ろ、頭上、施設正面に当たる右側の三方向から攻撃を受け、避けきれず左腕が犠牲になった。
 戦闘開始からおよそ10分。
 施設内にいる敵の数は50人程度だろうか。
 足が重い。
 駆動系が焼きつきかけている。
 やはり無理だったか…
 琴葉の記憶が戻らないのであれば最早他人と同じ。
 いっそのことここで共に死んでしまった方が楽かもしれない。
 ふとそんな思いが頭をよぎった。
 センサーは故障していて、神代、雪華、叶香の生死は不明。
 呼びかけにも答えない。
 改めて状況確認のため周りに視線を移した際、昔琴葉から貰った和風髪飾りがシャラシャラとかすかな音を鳴らした。
 否。
 どんなことをしても妹を助け出す。
 天を仰ぎ目を瞑って深呼吸した。
 琴葉が拉致された時。
 琴葉の心臓NFTが見つかった時。
 琴葉が二度と生身の人間に戻れる事が無いと分かった時。
 琴葉の記憶がブロックチェーン上にロックされているとわかった時ーー
 何度も絶望と自責の念に打ちのめされ、何度も自ら命を絶とうと考えた。
 でも踏みとどまった。
 想いを伝えなければーー
 今、この時を逃せば二度とチャンスは無い。
 あと、5分。
 正面に視線を移す。
「オーバードライブ、起動」
 全リミッターを解除し短時間だけスピードと打撃力を大幅に向上させる。
 技術部に頼み込んで何とか作らせた舞蝶だけに備わっている規定外システム。
 脳内に強力な薬物を注入し血液の流動性を大幅に向上させることで脳内処理速度を無理矢理爆上げする。
 当然ながら様々な制御CPUや駆動系にも無茶苦茶な負担がかかるため使用後は確実に戦闘不能になってしまう。
 音速を超えるスピードが出せる一方いつ故障してもおかしくない。
 今まで使ったことがあるのは過去に一回、20秒だけ。
 それでも使用後は担架で担がれて1週間ベッドで寝たきりになった。
「ぐ…うぅううぅ!」
 薬物が脳を侵食する。
 視界が狭くなる。
 ガクガクと不安定に震え出した身体を右腕で抱くように押さえ込む。
 舞蝶の変化に周囲がざわつき始める。
 サイボーグ達が一斉に鉄の雨を舞蝶に浴びせた。
「があぁ!」
 雄叫びをあげて舞蝶は敵陣に突っ込んでいった。
 ソニックブームが発生。衝撃波で幾人かがなぎ倒された。
 分厚い鉄板で出来た扉のような刀を持った改造サイボーグが舞蝶の前に立ち塞がる。
「どけえぇええ!!」
 次の瞬間その刀ごと真っ二つに切り裂かれて吹き飛ばされた。
 FloatingBits社のサイボーグは散開し、柱の影に隠れたり部屋の中に入って舞蝶の死角から攻撃しようとするがコンクリートの壁をまるで発泡スチロールのようにぶち破ってくる舞蝶には全く効果なく、次々と餌食になっていった。
 想像だにしなかった事態にFloatingBits側は大混乱に陥った。
 舞蝶は接近戦で戦ってくるので、銃撃は同志撃ちになってしまうため使えない。
 かといって近接戦用サイボーグ達は舞蝶の攻撃についていけず次々と倒されていく。
 狙撃は舞蝶の動きが早すぎて標準を合わすことができない。
 現在状況を対応しているFloatingBits社員の中に舞蝶を相手にできるサイボーグはいなかった。
 応援が来る前に全滅するだろう。
 誰かが施設外への退却を命じた。
 舞蝶は退却するサイボーグを容赦なく破壊して行った。
 もはや災害に見舞われたとしか言いようのない状況に、阿鼻叫喚と共にFloatingBits社のサイボーグ達は蜘蛛の子を散らすように退却していった。
 決死隊として命じられた一部のサイボーグ達は死角から全火力を持って舞蝶を迎え撃つ。
 相手も必死だ。
 生き残りを賭けて死にものぐるいで舞蝶を阻止しようとしてくる。
 弾丸と舞蝶の相対的な速度は音速を超える。しかも雨のように降り注ぐ銃弾を全て防ぐことは不可能。
 左太もも、脇腹、胸、その他多数の箇所に被弾。
 左目が見えない。視神経と機械との接続部分が故障したようだ。
 右目も薬の影響で視野が暗くなっており照準が定まらない。
 左腕が無いので右腕には相当な負担がかかっている。握力は50%程度しか出せていない。
 右膝関節が摩耗していつ折れてもおかしくない。左足も似たような状況だ。
 しんがりを務める部隊を全て排除する頃には、オーバードライブを使用していても通常の人間ほどの力しか出せない位に機能低下していた。
 最早施設内に侵入してこようとする愚かなサイボーグはいない。
 よろよろとふらつきながら舞蝶は地下施設へ向かった。
 途中、大量に吐血。
 血液循環系、もしくは肺機能が損傷した可能性。
 今オーバードライブを解除すれば生命維持システムが起動し確実に行動不可能になる。
 継続する他選択肢はなかった。

 地下への入り口付近に近づくと、誰かが言い争っている声が聞こえた。
 退却命令は出ていたはず…
 舞蝶は物陰に隠れて様子を伺った。
 確認できるFloatingBits社のサイボーグは2人。
そしてーー
「…!!」
 コンクリートの柱にはりつけにされている叶香を発見。
 半裸状態で俯いており表情は読めない。
 両手の他にも複数箇所ナイフが突き刺さっている。
 サイボーグの痛覚遮断機能をいいことに、嗜虐を楽しんでいるとしか思えない。
「隊長、既に退却命令は出ています!
 残っているのは我々だけです。
 すぐに施設を出ないと…」
「うるさい!
 コイツの為にどんだけ我が社のサイボーグが破壊されたと思ってるんだ!
 そいつらの修復費用を考えてみろ。
 こんな理不尽な作戦認められるか!
 二人纏めて始末してやる!」
 叶香の頬に平手打ちを喰らわす。
 彼女は事切れた人形のようにされるがまま。
 目に光が感じられない。
 全感覚を遮断しているせいだろう。
 隊長と呼ばれたサイボーグは叶香の胸部を乱暴に掴むとナイフを振り上げた。
 叶香は虚な眼差しのまま、オイルと血でどす黒く変色したナイフを見ていたーー

 ガキン!と金属を突き刺す嫌な音が施設内に響き渡る。
「貴様!」
 隊長サイボーグが叫ぶ。
「舞蝶か!」
 隊長サイボーグがナイフを振り下ろした瞬間、叶香の方を向く形で舞蝶が隊長サイボーグとの間に割って入っていた。
 振り下ろされたナイフは叶香ではなく舞蝶の右肩と首の間に深々と突き刺さっていた。
 叶香は人形の様な瞳で舞蝶が刺されるところを見ていた。
 はらりと舞蝶の長い黒髪が叶香の顔を撫でる。
「琴葉…」
 全てを包み込むような優しい声。
 それでいて少し悲しそうに舞蝶は微笑んでいた。
「大丈夫?」
 ナイフが乱暴に引き抜かれる。
 ドス黒いオイルと鮮血が吹き出した。
「おねぇちゃん、琴葉の事守れなくてごめんね」
 背中から突き刺されたナイフが右胸から飛び出しす。
 たまらず舞蝶は吐血した。
 血がぱたぱたと叶香の頬に飛び散る。
「誘拐された時助けられなくて…」
 舞蝶は右腕で壁を支えかろうじて立っている。
 何度も何度もナイフが差し込まれる。
 あたりは赤と黒の液体で染まっていった。
「ダメなおねぇちゃんでごめんなさい」
 足の感覚がない。
 視界は最早何も写していなかった。
「琴葉…」
 大粒の涙が舞蝶の瞳からこぼれ頬を伝った。
 立っていられなくなった舞蝶はそれでも叶香を守るように、彼女に抱きつくように、壊れかけの右腕を叶香の背中に回した。
「戻ってきて、琴葉」
 そして血で赤く染まった唇で叶香の頬にそっと口づけをした。
「愛してるわ」
 その瞬間ーー

 大量の記憶が叶香に流れ込んできた。

 幼い頃舞蝶に手を引かれて一緒に日が暮れるまで遊んだ記憶。
 狭いアパートで母親と舞蝶と三人で誕生会をやった記憶。
 喧嘩して、結局二人とも大泣きして母親に抱かれながら仲直りした記憶。
 人生最初で最後の家族旅行。
 旅先の田舎で夏祭りに行き、おそろいの髪飾りを買った記憶。
 舞蝶の恥ずかしがる顔ーー
 琴葉の記憶と叶香の記憶がたった今、統合された。
 そしてーー

「おねぇ…ちゃん」
 一筋の涙が琴葉の目からこぼれ落ちた。
 舞蝶の甘い香り。
 優しい笑顔。
 艶のある長い黒髪。
 全感覚が。
 全細胞が。
 全身全霊が、舞蝶を「姉」と認識している。
 愛おしいさ。
 懐かしさ。
 切なさ。
 悲しさ。
 様々な感情が一気に溢れ出す。
 琴葉は、両手を串刺しにしていたナイフを壁から引き抜き、隊長サイボーグの脳天目掛けて渾身の力で振り下ろした。
「がっ!」
 嗜虐に夢中だった隊長サイボーグは脳頭にナイフを突き立てられ、短く叫ぶとドサリと倒れた。
 一度びくりと痙攣して動かなくなった。
 琴葉もそれが限界。
 動かなくなった舞蝶を庇うように地面にへたり込んだ。
 敵は副隊長らしきサイボーグがもう一人…
 だが、最早対応する力は二人には残っていなかった。
 彼女が近づいてくる。
 琴葉は舞蝶を守るように覆いかぶさっていた。
「…後片付け班が来る。
 早々に立ち去れ」
 副隊長サイボーグは短くそう言うと退却していった。

 サイレンの音が方々から聞こえる。
 半壊した施設内は街明かりが入り意外と明るかった。
「舞蝶姉さん」
 久しぶりに姉の名を呼んだ。
 舞蝶は答えない。
 彼女の体は見るに耐え難い状態だ。生命維持モードに入っているのだろう。
 血とオイルでどろどろではあるが頭部は無傷。
 サイボーグは頭部さえ無事なら大丈夫なはずだ。
「ありがとう…」
 琴葉は強く舞蝶を抱きしめた。
「叶香ちゃん!?
 大丈夫ですか??」
 雪華が地下から上がってきた。
 琴葉の状態を見るや否やそう叫んだ。
 肩には動かなくなっている神代の姿が。
「雪華さん。
 私は大丈夫です。
 それより姉さんの状態を見てもらえませんか?」
「姉さん?
 ん?
 あれ?
 琴葉ちゃんってこと?
 51%攻撃成功した??
 すごい!
 すごいよ神代ちゃん!」
 動かなくなっている神代を抱きしめて頬擦りし、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
 されるがままの神代に表情はないが、心なしか迷惑そうに見える。
「そっか〜お姉ちゃんですかぁ〜!
 おてがらですねぇ舞蝶お姉ちゃん!」
 雪華はにまにまと舞蝶の方を見た。
「うわ!
 舞蝶ちゃん大丈夫??」
 ニッコニコだった雪華の顔が一瞬で蒼白になる。
「…生命維持装置は稼働してますけど、相当脳に負担かけたみたいですね…
 直ぐに病院に連れて行かないとまずいです!」
「…助かるでしょうか…」
「大丈夫ですよ、琴葉ちゃん!
 舞蝶ちゃんは強いんだから!」
 そう言いながら雪華は急いで救急搬送に連絡した。
 程なくして救急ヘリが到着。
 4人は病院に搬送された。

エピローグ

 目を覚ますと、舞蝶は病院の個室でベッドの上に寝かされていた。
 日差しから判断すると午前中だろうか。
 少し開いた窓から初夏の風が舞い込んできてレースのカーテンを揺らしている。
(ーー生きてる)
 あれからどうなったのだろう。
 体を起こそうとしたが上手くいかない。
 全身鉛のように重い。
 寝ているのにも関わらず朦朧とする。
「ん…」
 もぞもぞしていると足元で微かな声がした。
 首だけ動かして確認すると琴葉が足元で俯して寝ていた。
「琴葉…?」
 思わず声をかけてしまった。
「ん…
 あ…」
 琴葉と目が合う。
「こと…
 うわっ!」
 琴葉は勢いよく舞蝶に抱きついてきた。
「姉さん…
 舞蝶姉さん…
 良かった…!」
 何度も何度も舞蝶の名前を静かに呼びながら琴葉は小刻みに震えていた。
「琴葉…」
 体があまり動かないので舞蝶はされるがまま。
「姉さんありがとう…
 会いたかった…」
 その言葉で舞蝶は完全に理解した。
 最愛の妹、琴葉。
 何度も諦めかけて諦めきれなかった彼女が、今、目の前にいる。
「嘘…ほんとに…?
 あぁ…!」
 舞蝶の目にも涙が溢れる。
「琴葉、今までごめんなさい…
 私、謝りたくて…私…!」
 感情が溢れて言葉が上手く出てこない。
 全てを包み込むように琴葉が腕に力をこめる。
「ううん、いいの…
 姉さんが悪いなんてこれっぽっちも思ってないわ。
 私を見つけてくれて…諦めないでいてくれてありがとう…!」
 舞蝶は嗚咽しか出せなかった。
 上手く動かない腕を苦労して琴葉の背に回すと強く彼女を抱きしめたーー

 二人でひとしきり嬉し泣きした後、琴葉は苦笑しながらベッドの隣にある椅子に座り直した。
 救急搬送されてからの経緯を説明する。
 現在、状況終了から2日経っている事。
 舞蝶は2日間目を覚さなかった。
 舞蝶の義体は全て新調し現在初期化されてる状態。
 オーバードライブの薬物の影響と、血液循環システムが破損して血液の浄化がうまくいっていなかった事が重なって、毒素が脳へ回ってしまったらしく修復のため当分は入院しなければならないとのことだった。
 全治3ヶ月だそうだ。
 FloatingBits社は今回の51%攻撃事件を全て野良ハッカー集団の愉快犯とし、セキュリティ対策の甘かったFiatz社に全責任を押し付けたらしい。
 FBコンソーシアムチェーン上で資産ロスによる損失はなかったものの、Fiatz社とFloatingBits社は説明会見に追われているようだ。
 琴葉の記憶は100%戻っており、多重人格になることもなく統合されている。
 ボロボロだった義体はMoonBit社で新調。
 雪華が根回ししてくれたそうだ。
 残念ながら琴葉の人身NFTは回収することは不可能。
 琴葉は一生サイボーグの身体で生きていくことになる。
 ただし、叶香として目覚めたときに既に覚悟していたようであまり気にしていないようだった。

 突然バンっと個室のドアが乱暴に開けられた。
「ちょっと!
 あんた達何イチャイチャしてんのよっ!
 私も混ぜなさいよっ!」
「しーっ!
 神代ちゃんここ病院だから!
 しーっ!」
 神代と雪華が室内に入ってきて急に賑やかになる。
 神代は51%攻撃の際のオーバークロックで脳に負荷がかかりすぎてその反動で一時的に機能が低下しているとのことだった。
 雪華は特に問題なし。
「神代、雪華、二人とも琴葉のことありがとう…!」
 寝たきりの舞蝶がえーんと子供の様に泣き出す。
「本当にありがとうございました」
 琴葉が舞蝶を甲斐甲斐しく世話しながら深々と頭を下げる。
 神代は二人の様子を満足そうに見てうんうんと頷いてニィッと笑った。
「うんうん、天才ハッカー神代ちゃんにかかれば朝メシ前よ!」
 歴史的に見ても51%攻撃が成功した事例は少ない。
 しかも今回の相手は世界一の取引所だ。
 神代のサイバー戦能力の高さを改めてみんな認識した。
「神代ちゃん、こんなに威勢はいいのになぜかご飯を食べる時急に超スローモーションになるんですよ。
 スープなんかこう、お口を尖らせて飲むんです。ゆーっくり。
 手もプルプルしてて!
 もうおかしくておかしくて!」
 雪華が空気をいい感じでぶち壊した。
 神代以外の3人がドッと笑う。
「仕方ないじゃない脳機能が低下してるから細かい作業するのが苦手なのよ!」
 神代はむーと頬を膨らませている。
 修復の為あと3日は入院が必要とのことだった。
「皆さん、入院とか検査で忙しかったからニュース見てないですよね?
 ちょっとですね〜、秘密にしとこうって約束した手前言い難いのですが、今当社DAOコミュニティ内で今回の事件がめっちゃ話題になっててですね…」
 雪華が苦笑しながらスクリーンを映し出した。
 FloatingBits社がMoonBit社の廃棄した施設を襲撃した事とFBコンソーシアムチェーンへの51%攻撃開始時期が重なっていた事、にもかかわらずMoonBit社やDAOは今回の事件は一切認識していない事、FloatingBits社のサイボーグ部隊が大損害を被ったらしい事等が話題となっていた。
 映し出されたスクリーンには、事件直後に施設周辺を訪れた人が投稿した動画も掲載されていた。
「うわぁ…
 月兎(つきのと)には確実にバレるわね…
 やっば〜w」
 神代が苦笑する。
「それにですね、ちょっと琴葉ちゃんがいる手前NFTの事はあんまり言えないんですが…」
 雪華はそう断りを入れた上でMoonBitのNFTマーケットプレイスサイトを開いた。
 MoonBit社をはじめ、取引所の社員サイボーグは本人の了承を得てNFTを発行している。
 簡単に言うとアイドルな立ち位置で、Dappsで使用されたりその他広報活動等も担っている。
 イラスト化しているため本人とはわからない。
「舞蝶ちゃんと神代ちゃんのNFTのフロアプライスが爆上がりしてるんですよ」
 あはは〜と雪華が棒読みで笑う。
「こんなことできるのは神代と舞蝶じゃん?ってことで市場が反応してるらしいです。
 20倍になってますw」
「20倍??
 舞蝶姉さん、神代さんすごいじゃないですか!」
「まぁ会社の売り上げには貢献してるっちゃしてますね〜w」
「FloatingBits社との関係なんて気にする必要ないでしょ。
 私は別に気にしないでいいと思うけど」
「まぁそうなんだけどさぁ…
 手放していたとはいえ施設一個ぶっ飛ばした訳だし…
 あ〜頭痛くなってきた。
 部屋に戻るわ〜」
 そう言って神代はフラフラと立ち上がった。
「ま、舞蝶と琴葉の可愛い笑顔見れたし、今回はそれでいっか。」
 神代はそう言って舞蝶と琴葉にウィンクしてにぃっと笑うと部屋を出ていった。
「あ、神代ちゃん大丈夫ですか?」
 その後を追いかけて雪華が部屋を出ようとしてふと足を止めた。
「そいえば」
 口に人差し指を当てて考えるような仕草をする。
「51%攻撃が完了する1秒前だったんですよ」
「何がですか?」
「琴葉ちゃんに記憶が戻ったのが。」
「え?」
 舞蝶と琴葉が顔を見合わせる。
「琴葉ちゃん側のログと、チェーン側のログを比較するとですね、1秒だけ前者が早かったんです」
「それって…つまりどういう…」
「簡単にいうとですね、51%攻撃が成功する1秒前に琴葉ちゃんの記憶は戻っていたことになります。」
「そうなんですか…
 記憶が戻る直前は全神経接続を遮断してた為あまりよく覚えていないんですよね…」
 舞蝶が琴葉を必死で守ってくれていた事は何となく覚えている。
 何か言われてそれとほぼ同時に記憶が戻ったことも。
 その『何か』はよく覚えていない。
「ふ〜んそうなんですね。」
 そういって雪華はずいっと舞蝶に近づくと彼女の耳に囁いた。
「『あの言葉』を言い終わったタイミングが丁度1秒前だったみたいです。」
「え…?
 …ぁ!
 ゆ、雪華…!」
 舞蝶の顔がみるみるりんごのように赤くなる。
 それを見て雪華は満足そうにころころと笑った。
 聞こえなかった琴葉は不思議そうに二人を見ている。
「やっぱおねぇちゃんはさいきょ〜ってことですかね〜」と言いながらご機嫌で雪華は部屋を出ていった。
「雪華さん、なんて言ったの?」
「…やだ。
 恥ずかしいから言わない」
 舞蝶は真っ赤になりながら目だけ布団から出して小さな声で答えた。
 その様子があまりにも愛おしく、琴葉は胸が締め付けられるように苦しくなった。
 感情が溢れそうになるのを必死で堪える。
「え〜気になるじゃない言ってよ!」
「だめ〜!」
 抵抗する舞蝶の布団を簡単に引っぺがすと舞蝶に抱きついた。
 二人の姉妹が戯れあってるベッドの隣に小さなテーブルがあった。
 上には桜と扇の飾りがついた髪飾りが2つ折り重なるように置いてあった。
 両方ともボロボロでかろうじて原型がわかる程度。
 その2つが少しずれてカチリと音を立てた。

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