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ショパンのバラード1番の第2主題のリズムについて

第2主題と言われることの多いこの穏やかな旋律は、私が「斜拍子」と呼ぶタイプのリズムで作られています。それを見ていきましょう。

斜拍子とは簡単に言うと、伴奏の拍節構造に対してメロディーの枠の位置が先行する側にズレているリズムを言います。このバラードの第2主題では、ほとんど常に小節の半分の長さを持ったアナクルーシスが前に突き出していることが分かると思います。

バラード1番では、この第2主題が3回演奏されます。まず変ロ長調の第1回目、その直ぐ後でホ長調で第2回目、そして展開部を経て再現部の冒頭として変ロ長調で第3回目です。ただし、最初の和音がいきなり7thを伴って下属調の属七になるので、変ロ長調とホ長調ではなく変ホ長調とイ長調とする分析もあります。
(※これはやっかいな問題です。例えばマズルカのOp.41-2はイ短調の属七であるE7の和音から始まるように思えますが、調号はシャープ1つですし、曲の終わりはEmの和音なので、これはホ短調です。属七から始まる部分や曲が何調とされるかは実はあいまいなのです。ここでは第2主題の直前の和音や繰り返す際に主題を再び導く和音を属七とみなして調を決めます。)

音源:1回目2回目3回目

斜拍子の形がよりはっきり分かるのはこの主題が2度目に登場する時です。特に明瞭なのは、下の譜例に枠で示した部分です。第107小節の後半から始まって、第109小節の前半で終わる枠の存在を感じられると思います。この譜例の冒頭は最初の半小節が欠けた形だと解釈しておきます。一応直前の小節にその半小節に当たるようにも思える部分がありますが、斜拍子の開始になりきっていない形に感じます。これは例えば第114小節の始まり方と同じです。

斜拍子であるというのは、第106小節から2小節ずつの高次小節が形成されていて、それに対して枠が先行側に半小節ずれて存在していることを意味しています。もしも後続側に半小節ずれて存在していればウラシャになります。ちなみに、このバラードの第1主題はウラシャです。

第68小節に戻って見てみると(下譜例)、同じ枠が存在していることが分かります。そして、この枠を知っていれば、第69小節のミ♭の音がシンコペーションであることがよく理解できます。

次の譜例には小さい枠も表示しました。第73小節、第74小節にも同じ形のシンコペーションがあります。この部分は3/2拍子と誤解しないように注意しなくてはなりません。6拍子は、3+3となるのが基本です。2+2+2となって大きな3拍子となる場合もありますが、この箇所は3+3の拍子におけるシンコペーションとすべきです。

しかし第75小節は不規則なリズムです。この小節はここまでの斜拍子の連続を踏襲していません。つまり、斜拍子の形を踏襲すれば、フレーズは第75小節の前半で終わるはずです。しかしここはそうなっておらず、むしろ第76小節の最初に入って終わろうとしているように感じられます。しかし第76小節は新しいフレーズの開始ですから、これは「ワリコミ」という形になります。第76小節に入って終わろうとするフレーズの力を、第76小節から始まるフレーズの出発の推進力として再利用するような形となります。

次の譜例の第81小節は、さっきの第76小節と同じリズムを持つと考えられます。つまり、斜拍子ならば第81小節の真ん中に区切りが生じるはずのところだからです。ここは斜拍子をやめて、第82小節に入って終わるような形に変化しています。

次の譜例の第110小節は、先程の第72小節に対応しています。しかし第112〜113小節は不規則で、斜拍子形を踏襲していないように感じられます。

3回目は第166小節から始まりますが、斜拍子形のメロディーの最初の枠1つ分が欠けています。第167小節のシンコペーションは先行させるタイプのシンコペーションです。

迷うのは第170小節からの形です。これまで見てきたように、このメロディーは斜拍子形で、メロディーの枠が小節の範囲とズレています。そこから考えると、第170小節の5連符は下の譜例に示したようにメロディーの枠の後半に位置することになります。しかし5連符の次の音までメロディーが繋がっていることは確かです。ですから、小節と同じ範囲にメロディーの枠があるものと考えられやすい。すると、第170小節から斜拍子ではない形に変わっているのではないかという解釈も可能になるわけです。しかし私の解釈は、斜拍子の中でさらに裏を取る形のリズムを作っているというものです。(裏を取る形についての解説はこちら)

第174小節からは再び先頭の半小節の欠けた斜拍子形のフレーズです。ここは今までと同じであり、また第179小節が変化して第180に入って終わる形になっているのも前と同じです。もし斜拍子形が変化せずに同じように継続していれば、フレーズは第179小節の前半で終わっていたでしょう。ここには第179小節の1拍目から次の小節の1拍目への運動が作られています。

バラード1番は、この第2主題だけが斜拍子形のリズムを持っており、第1主題など他の部分と強い対比を作っています。一般的な傾向として、斜拍子は穏やかな調子となりやすく、ウラシャは切迫感を与えます。

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