ショパン、スケルツォ第2番のリズム、その1(mm.1–264)
4小節単位の高次小節(ハイパーメジャー)
ショパンのスケルツォは、ほぼ例外なしに4小節で1つの大きな4拍子の小節(高次小節)をなしているということを知っておかねばならなりません。そして、どこがその大きな4拍子の強拍に当たるのかについて、常に意識しておかなくてはならなりません。
ショパンの場合はほとんどの曲が4小節ずつのまとまりを示すのですが、特にスケルツォはテンポが速いので、4小節のまとまりが1つの小節により近い性質を示すのです。
スケルツォ2番の場合、第293、374、395小節の3箇所で、1小節の挿入が起こります。これら3つはほぼ同じ形です。
なぜ高次小節が大事かというと、例えばあるメロディーを小節内で違う位置に置くとリズムが変わってしまいますよね。それと同じなのです。
高次小節の強拍がどこにあるのかは楽譜に書いてありませんので、自分で判断しなくてはなりません。この判定は、リズムに慣れることで次第に簡単にできるようになっていきます。つまり、メロディーのリズムを感じることで、そのようなリズムの場合には小節線がどこにあるのか、ということが分かるようになっていくのです。
1つ注意しておかねばならないことは、高次小節はアクセントでは判断できない、ということです。小節の強拍は、たしかに強くすることによって示すことができますが、強くしなくても分かることがほとんどであり、音の強さは強拍の位置を知らせるための方法の1つに過ぎません。
幸いショパンは殆どの場合で、曲の最初や、曲の部分の最初を強い小節から開始していますので、まずは最初から4小節ずつ区切って、違和感を感じるまでそのまま進めば良いのです。
このスケルツォも、最初の小節から第292小節まで、4小節ずつの規則的な構造が続くのです。
しかしこれは、メロディーがこのような4小節ずつで常に区切られているということではありません。それどころか、弱い小節から始まって、強い小節で終わる場合が頻繁に生じます。そうした形を判定できるようになるために、色々なリズムを予め知って置く必要があるのです。
このスケルツォで頻出するリズムは、4拍子の2拍目から始まって、次の小節の1拍目で終わるリズムです。つまりウラシャのリズムについてある程度知っておく必要があります。
mm.1–48
ここからは小節をm.1のように表示することにします。
mm.1–48は、mm.1–24とmm.25–48に分かれています。前半が属和音からベースを上げて減七の和音にして終わります。後半は主和音から再開しますが、後半はドッペルドミナントを経て属調の主和音で終わります。
前半と後半はそれぞれ24小節ですから、4小節ずつの高次小節で考えると、6小節+6小節の構成であることになります。
下の譜例に複縦線を使って4小節ごとの区切りを示します。スラーや強弱記号などは省略しています。
最も注意すべき点は、メロディーの運動がm.9や、m.17に入るまで続いていることです。
mm.5–9を単純化すると下の譜例の右のようになります。
つまりこのメロディーはウラシャのリズムであるということが分かります。ウラシャのリズムというのは、下の譜例のように小節(高次小節)に対してメロディーが青い矢印で示したような位置に2つの運動を持つリズムです。この例では最初の運動がタイで1つの音にまとめられています。
このようにウラシャのリズムの存在を見つけると、実は最初の4小節にもウラシャが隠れているかもしれない、と考えることができます。というのも、リズムはしばしば、前後に同様のリズムを出しやすくする傾向があるからです。
m.4が休止になっているので感じるのが難しいですが、次の譜例のようなリズムが背後に隠れています。
また、m.2からm.3への動きは弱→強の位置にありますが、そのような動きは次のような操作によってウラシャに展開することができます。
ですから、原曲の3連符による動きによって、次の譜例のような小さなウラシャのリズムが作られていることになります。
すこし大きな部分に目を向けてみましょう。mm.6–9に現れたウラシャのリズムは、それより前の部分と、それより後の部分の、どちらとより結びつきが強いでしょうか?
m.4が1小節まるごと休んでいるのに対して、m.9に入った後のメロディーには直後に冒頭と同じ3連符からの運動が続きます。
これはm.17の後のm.18からの運動についても同じことが言えます。
つまり、高次小節で考えると、mm.5-8の高次小節は、直前とよりも、次に続くmm.9-12の高次小節と強い結びつきを持つのではないか、そして同様にmm.13-16の高次小節は、次に続くmm.17-20の高次小節と強い結びつきを持つのではないか、と考えることができるわけです。
このくらいの大きさになるともはやほとんど感じられなくなりますが、次の図に示したように、大きなレベルでのウラシャができると考えることもできる形です。
mm.49–64
さっきと同様に4小節ずつの高次小節を複縦線を使って示すと次のような譜例になります。
m.46でヘ短調で終わった後に、休みを挟んでm.49で突然、長3度下の変ニ長調で始まります。4小節ずつの構造がはっきりしていると、このようなタイミングでいきなり別の調で始めることが比較的容易になります。
mm.49–64は8小節ずつ2つの部分に分かれており、先頭が主和音、末尾が属七の和音ですから、これはスカート構造の特徴を強く示しています。しかしこのスカート構造は集結を示すのではなく、m.65から始まる部分への前置きのような役割を果たしています。
m.49からの左手のリズムは、少し曲の冒頭のリズムと似ています。次の譜例のようなウラシャが隠れていることに注意しましょう。この場合は右手と左手が異なったリズムを示すことになります。
右手のリズムはウラシャではなく、私が標準形と呼ぶ、ごく普通の形です。標準形は「強→弱」を基本とするリズムです。次の譜例のように、強い小節から弱い小節へと、階層構造に従ってリズムが作られます。赤い矢印が2小節+2小節の構造を示し、青い矢印が1小節+1小節の構造を示します。赤い矢印の終わりを、より弱い位置まで引き伸ばしているので、mm.50–51は女性終止と呼ばれます。m.48の4つの8分音符は、メロディーの内部に含まれる弱起と見ておけばいいでしょう。mm.53–56は、メロディーが2つの部分にはっきり分かれているため、赤い矢印は破線で示しました。
mm.61–64では、右手と左手のリズムが異なっていることがよりはっきりと分かるようになっています。左手はウラシャであることがより分かりやすくなっています。
mm.65–116
m.65から左手がアルペジオとなる新しい部分が始まります。しかしリズムはそれほど単純ではありません。
まず注意して聴いてほしい部分は次の譜例で青い矢印で示した箇所です。例のごとく4小節ごとに複縦線で区切っていますが、青い矢印の運動は明らかに一体のものであり、そして複縦線を跨いでいます。そしてその後の、m.73とm.74のメロディーの動きの慌ただしさはまるでアナクルーシスのような印象を与えます。
そこから導かれる仮説は、メロディーの位置が、高次小節に対して2小節遅れて配置されているのではないか、というものです。つまり次の譜例のように、メロディーが一貫して、高次小節を構成するうちの第3番目の小節から始まっているのではないか、ということです。
これは一見、とても奇妙な解釈であるかのように思えるでしょうが、実はショパンは似たような形を他の曲でも用いています。それは練習曲Op.10-3『別れの曲』です。次の譜例を御覧ください。よく見るとメロディーも伴奏も小節線から半分ズレているように思えないでしょうか?ベース音や内声の形に注目するとそのことがよく分かると思います。しかし面白いことに、これは小節線を間違って引いたというわけではないという感覚も同時に感じられます。つまり、ある拍節構造の中に、ズレた拍節構造が乗せられているようなリズム、として受け入れる他はない、ということなのです。
スケルツォの2番に戻りましょう。m.97からは、m.65からの主題を細部は異なりますがほぼ5度上に移調して再現しています。ですから、全く同じようなリズムが始まるはずですが、これはm.109から始まる8小節によって別の展開を見せることになります。m.109からの8小節はさっき説明したリズムを持っていません。
ちなみに、mm.113–116の4小節のリズムはこのスケルツォの冒頭のリズムと同じです。次の譜例と比べて見てください。
mm.117–132
m.117からの8小節は4+4のスカート構造をなしており、これは集結をもたらすためにここに配置されたものです。ただしこのスカート構造は、I→VとV→Iが交互に繰り返されるような構造をしていますから、集結をもたらす力はかなり弱いと言っていいでしょう。これに対して、例えばm.756から始まるスカート構造はこれより遥かに集結力の強いものです。
m.125からの8小節は言わば余韻のようなものです。これを律儀に8小節にするところがショパンの特徴です。彼は常に、高次小節をカウントしながら作曲を行っていたのです。作曲家によっては、こういう場面で高次小節の規則性が乱れる場合があります。しかしそれは必ずしも欠点ではありません。
m.130とm.131で休んだ後、曲は再び冒頭に戻って繰り返しになります。若干の変奏は行われますが、基本的にはmm.1–132と、mm.133–264は同じ形の繰り返しとなります。
続きは次の記事で。
カテゴリー:音楽理論