Lusitania espreso, or the topic of octopus shall not exceed approximately one paragraph.
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(ルシタニア・エスプレソ、あるいは蛸の話題は約1行)
Lusitania expreso, or the topic of octopus shall not exceed approximately one paragraph.
バンコ・デ・エスパーニャ。
マドリードのシベレス門に近いアルカラ通りに構えるスペインの中央銀行の本店営業部は、日本人バックパッカーだけでにぎわっていた。みなトマス・クックの旅行小切手を現金化して、お互い、なにか目先の変わった旅先はないか尋ねあう。
そういう情報センターになっていると聞きつけて、主人公も様子を見に行った。案に相違せず、日本人カップルと知りあい、中華料理店で昼食をともにした。
「RENFE(スペイン国鉄)がストだって聞いたけれど」と男。
「えっ、そうなの。弱ったな」と主人公。「今晩のルシタニア急行でリスボンにたとうかと思っていたのに」
チャーハンが配膳された。
「快趁熱吃吧」と亭主が怒鳴るので、1週間ぶりの醤油味をほおばる。
「国際急行だったら、止まってないかもしれないわよ」と女が言った。
「じゃあ、あとで駅まで行って確かめてみよう」と主人公。
「それがいいわよ。いつ、行くの」
「さあ。でも、このあと、ほかにやることないからね」
1時間後、マドリード・チャマルティン駅。
たしかに国鉄はストだった。しかし、駅員に尋ねると、ルシタニア急行は予定通り、運行するという。
そこへ、さっきの女が現れた。
「ああ、いた、いた」
「おや、どうした」
「急行、動くって」
「そうらしいよ」
「リスボン、行くの」
「そのつもりだ」
「じゃあ、あたしも行く」
「あれ。彼氏は」
「違うのよ」
彼女に申し立てによると、さっきの男とは昨日知りあい、いっしょに安宿を探した。ひと部屋をシェアしたほうが安くつくからと、強引に同じ部屋に泊まろうと言うから断ったが、同じ宿になった。なんだか馴れ馴れしくて好きになれない。だけど、今日になっても付け回されてうっとおしい。だから、リスボンへ行く。
「ほんとかな」と主人公はニヤついた。「中華屋ではそうは見えなかったが」
「ふざけた男なんだよ」と女は真顔で言った。「今、あいつは出かけているんだ。そのすきに宿に戻って荷物をとってくるから、絶対に待っててよ」
「俺だって荷物がある」
「今すぐ、とってきて。1時間後に集合」
「マジかね。他人だったら逃げる必要ないだろうに。あんたの自由だ」
「粘着質で気色悪いのよ。もう顔も見たくない」
こうして思わぬ旅の同伴に恵まれて、リスボンを目指す主人公。彼女は某大学のスペイン語科に在籍し、この1年はポルトガル語にも手を広げているという。いい通訳に恵まれたわけだ。
翌朝のリスボン・サンタアポローニャ駅。
おいおい、本当にここは欧州の一国の首都かい。
駅前を走るバスは、外壁面まで人が鈴なりにたかっている。東南アジアでよく見る光景だ。
関川夏央に『ポルトガルの敷石の運命について』という、おそらく嘘にまみれたエッセイがある。いや、短編小説だったから嘘でも構わないのか。
語り手は、とくに他意なく犬の糞だらけのリスボンの街路の敷石を拾ってカバンに入れた。日本に着いた空港で税関吏が見咎める。
「怪しい風体の男が持っている怪しいブツだ。ハシシかもしれない」とは書いてなかったな。
職務に忠実なわが官吏殿は、その石をちょっと齧ってみる、というオハナシ。
短編集『貧民夜想会』に収録されている。ぜひ、一読を。
ここまで書いてきて、自分でも全然つまらない。蛸はいつ出る。そもそも蛸の話は面白いのか。書き手は知っているが、読み手は知らない。さあ、どうしよう。
ともかく話を端折ると、やっぱり女と2人で安宿を探す。最初に宿を確保するのは旅の基本だ。見つけた安下宿の女将はでっぷりと太っていて、両手を前掛けで拭きながら主人公と女をジロリとにらみ、「この部屋でいいんだね」と訊いた。
2人は、同時に同じ発音の言葉を発した。
女「ドーシ(2部屋)」
主人公「どうし,..(ようか)」
1部屋の方が安くつくというのは永遠の真実だが、真実への道のりは遠い。とにかく主人公はハタチを少し越えたばかりで、まだまだナイーブだった。なんせ、そのあと、ユーラシア大陸の西の果てロカ岬まで足を延ばしたとき、最西端到達証明書を買うようなことをするのだ。だから、2部屋借りることになった。
ここまで読んだのなら申し訳ない。言っとくけど、蛸の話は面白くないんだって。保証する。
ともかく、ロカ岬があるようにリスボンは大西洋に面している。魚介料理は大いに期待できる...だろうと、2人はシーフードレストランに入った。
ビールを頼んでから、品書きをのぞき込む。
moule 「これはムール貝ね」
lagostin 「これはエビだろう。スペイン語のlangostinoだ」
atum 「これも分かる。atunだから、ツナだ。マグロだ」
「これは何なんだろう」
POLVO。
「あたし、知ってるの。知ってるんだけど、出てこない。ポルボ、ポルボ...」
「分からないなら頼んでみよう」
もはや続きを書きたくない。
その通り、出てきたのは、蛸の姿の塩ゆで。
女が言った。
「あっ、そうだ。スペイン語でpulpoだ。蛸だっ」
「見りゃ、分かるよ。さ、食おう」
こうしてリスボンの夜はふけ、安宿の2つの部屋の片方は灯が灯らないまま、つまり、主人公は嬉しくも無駄な宿代の出費を余儀なくされたのであった。
わはは。最後は大嘘。せめて、少しはカッコつけさせてくれ。朝までふざけよう、ワンマンショーでぇ。
Photo by courtesy of Jake Waage.
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