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春を謳う鯨 ㉔

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しばらく、ふんわりとなぞって…ミナガワが両脚をベッドにゆるゆると、上げて、開き、鈴香を受け入れてくれるのを待ってから、鈴香は体を離して、ミナガワの脚の間から鈴香の中指へ、光の糸が絡んで延びる様子を、ミナガワに見せた。鈴香は、指を舐めて、微笑んだ。

キスを中断したまま、ほのかに開いたミナガワの唇の奥には、綺麗に並んだ白い歯列の頭と、優しい色合いの舌が見えていた。鈴香は態勢を変えて、体を折って、ミナガワの入り口のごく近くに口付けた。

ミナガワは、鈴香の肩に触れて、引っ込めて、背中にそっと、手を置いた。

ミナガワは、海の味がした。

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そうそう再来週のお泊り♪ 今からすごく待ち遠しくて、、、ほんと頭おかしい笑 こないだ好評だったアップルパイ作ろうと思ってるよ♡ 美味しく、できますように…

鈴香はもう何度となく見たツイートを、じっと見つめてから、携帯を鞄にしまった。9時。ミナガワには伊勢丹の地下で、可愛くてちょっと珍しいお菓子を探して、買っていこう。余裕は、予定通りにあった。

楢崎くんが鈴香にプロポーズをしてから、まだ二週間しか、経っていないなんて…。

社会人になってから、時間は飛ぶように速く過ぎる。過去は、数字だけ見るとほんの少ししか前でないのに、ひどく遠くて、記憶さえ色褪せるほど、時を経たようだ。とはいえ、締切は向こうから走ってくるようにすぐに来るくせに、待ち望む日が早く来ることは、なぜか、ない…鈴香は、あいだに一度、ミナガワに直接会えはしたけれど、もう何ヶ月も、この日を待っていたように思えた。

ミナガワの家には、昼ごろ行けると伝えていた。鈴香は早めに出て、カフェで軽く本でも読んで気分を変えてから、手土産を買って会いに行くつもりで、今日は会社へ行くのとそれほど変わらない時間に起きだして、ゆったり、支度をしていた。

鏡をみて、支度の途中でたぶん起きるだろう楢崎くんの目に、友達同士らしく気取らない格好になっているか…一方で、ミナガワの目にはとても鈴香らしく映るような、格好ができているか、チェックした。春先、ミナガワがプレゼントにくれた夏物のブラウス、多少、奮発して買った、肌触りのとてもいいカーディガン、丈感がお気に入りの、長めのAラインスカート、ローヒールのレースサンダル…指輪、ブレスレット、休日用の時計。明日は、トップスだけ替えて帰ってくることにして…下着は、とびきりセクシーなのをつけて行こうと思っていたけれど、昨日の夜、楢崎くんが鈴香の家に泊まりに来てしまったから、諦めた。

楢崎くんは、シャワーはどうにか浴びれるものの、というくらいには酔っていた。昨晩はセックスは、なかった。

鈴香はいつもどおり、楢崎くんには、ミナガワが料理を教えてくれるからと、言ってある。事実、料理は教えてもらう約束だ。海外ドラマの中にいるみたいに広い、綺麗なキッチン…鈴香の隣に立って、味見やつまみ食いをしながら、あれこれと勘所を教えてくれるミナガワは、とても優しいまなざしをしていて…ゆっくり泊まりに行く土曜に、夕食を一緒に作るのは、ミナガワが今の家に引っ越してから、ずっと、変わらない…。

ミナガワには、万が一のときに楢崎くんに見せるためのLINEを、送ってもらっている。スクロールすると、「表向き」の内容が、泊まりのたびに出てくる画面…「久しぶり」「元気?」「終電逃した!」「ちょっとだけ話、聞いてもらえたりする?」「いま、電話OK?」…。話は全部電話か、プライベートアカウントのツイッターで済ませて、鈴香が泊まりに行く番なら一週前に、リマインドのメッセージ…楢崎くんは先週も、つまらなさそうに文面を見つめて、ふたりでちゃんとした教室に行けばいいと思う、と、呟いたくらいだった。今週はもうお互いに、そのことは話題にのぼらせさえしなかった。

鈴香が身支度を終えてもまだ眠っていた楢崎くんは、冷蔵庫に貼っておこうと思って鈴香が、伝言用のメモ書きをしていると、起き出してきた。

もう行くの? 早くない?

ううん、お礼に、お菓子やお花、買ってから行くから、これでちょうどいい。

鈴香はたったいま書いた、おはよう、明日の昼ごろ自分の家に帰ります、という付箋を、楢崎くんに見せてから、ミニキッチンの壁に貼った。

待ち合わせは? 時間は、決めてないの?

お昼は皆川さんが、近所の隠れ家レストラン、連れて行ってくれるって。新宿出たら連絡するって言ってある。

あんなとこ、何もないでしょう。

…住所、知ってたっけ?

駅名と、バスの間隔と乗ってる時間、聞いたらだいたいわかるよ。相変わらず、詰めが甘いね。

…。別に…言ってないだけで、隠してはいないよ。皆川さん、買い物用に原付持ってるから、乗せてもらうの。

スカートで…?

どうにかなるよ。…可愛い子だもん。私も気に入ってる格好で行きたいの。

背伸びしなきゃ会えない友達なんて、友達じゃないんじゃないの。

鈴香はため息をついてみせた。

あのね…人それぞれでしょう。色んな、楽しみかたがあるの。たっくんに口出し、されたくない。

楢崎くんは話す鈴香を通り過ぎ、冷蔵庫から、昨日の飲み残しのお茶を出して飲み干して、寝起きで硬くなっている自分を、なだめるように、ルームウェアの上から、撫でた。

そっか。じゃあ、…今週の「おつとめ」、してから、行こうか。

なにそれ。…昨日わざわざ来たくせに飲み過ぎてたの、たっくんだよ。明日、ゆっくり時間取れるし、…見ればわかるでしょ。私もう、行く時間だか…、…。

楢崎くんは鈴香の顔を捉えて、食いつくように唇を重ねた。

脱がなくていいよ。

鈴香は肩をやんわりと、けれど逃げられない強さで掴まれた。そのまま押されて、トイレのドアに背中が当たったところで、鈴香がしゃがみこむ姿勢になるまで、楢崎くんは鈴香の肩を離さなかった。

ね。一人でうきうきしちゃってさ。俺の気持ち、受け止めてから行って…?

…。

できない? どうして?

…どうしてって…。

鈴香は、時計を見た。

楢崎くんと目が合った。

掴んで出した自分自身で、鈴香の頰を叩こうとする楢崎くんを、手で払って、鈴香は楢崎くんの、裏側のつなぎ目に向けて、舌を出した。



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今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。