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踏み込む勇気、そして興奮
編集者として興奮する。
そんな瞬間が訪れるなんてと
今の私は正直戸惑っている。
人との関係を深めるということが、創作を通してできた!
そう思った瞬間が今日訪れたのだ。
私は作家を目指して原稿を描いて、担当編集的な人についてもらったこともあった。
だからこそ、作家、という存在の前で編集的な行為をした時に、
どうしても作家を目指していた時の自分が言われたら嫌だろうな、
そう思ってしまうようなアドバイス的ワードを無意識に避けがちだ。
私はいわゆるクソバイス恐怖症にかかっていたのだ。
でも、どうしても、この作品を押し上げるために、より多くの人に届けるためには、
必要な指摘も存在する。
今回私は
「玄人向けになっているからよりヒキがほしい」
という漠然とした違和感ワードを伝えるか、伝えないかで大いに悩んだ。
作家性的にこの指摘は必要なんだろうか、
クソなアドバイスで失敗したらどうしよう。
そんな不安に支配された。
10分悩んだらすぐ相談。
私の日々の目標達成のための曼荼羅にはそう書いてある。
有言実行、
私は二週間は悩んだので重い腰を上げて
その道のプロ2人に作品の感想をもらうことにした。
2人とも口を揃えて、言った。
ヒキがほしい。
言われた瞬間、私は
「めっちゃわかりますーーー!でもそれが作家性的にいやってなりませんかね。私にきちんとした回答もあるわけではないですし…作家にいうか迷います、言ってやる気がなくなったりしませんかね」
…ものすごい自己弁護だ。さすが人に怒られたくないナンバーワンは伊達ではない。
また2人がそれぞれにこう言った。
「その作品をよくするために言っているんだから、それは怖がる必要はないよ。解決案は話して一緒に考えていけばいい」
ハッとした。
編集者は正しい解を持っていないとダメなのだ、という自分の思い込みとその浅はかさに。
気づいてから、それでも、どう切り出すか、
切り出すことがとっても億劫な気持ちだった。
どう伝えたら伝わるだろう。
そもそもどういうことを私は言いたかったんだろう。
もちゃっとしたまま、
すぐに作家さんとの話し合いが始まった。
作画はもう始まっているから、言うなら今日しかなかった。背水の陣。
まずは私のアイファンが水没したところから話して、
縦スクロールで振り返りしてるんですよーという謎の自慢話、
そして、
本題の指摘部分の口火を切った。
「中身が既にファンである人しか読まない導入になっているから、ファンでない人をファンにするための物語の引きが欲しいんです。でも作風もあるとも思っていて、悩んでます。どう思いますか?」
めちゃくちゃ悩んでます感。やばい。ノー準備すぎる。
素直にぶつける、そんな短絡的な行為を即恥じる。どうしよう。
「僕もそれ思っていて」
「でもそのヒキを作るためにはこの話はどういう物語です、
と決めて進める覚悟がいるので、
その部分考えさせてください」
、、、
興奮だ。
興奮という感情が沸き起こった。
そして同時に、
私が人のなにかに踏み込んで会話することが怖かった、
そんな人間関係こわこわから一歩抜け出せた、
安堵の気持ちが湧き出た。
一歩引いて人と対話する、貴方の心を踏み荒らしたくないし、荒らされたくない。
でも人間として成長するには自分の中に人を受け入れて、人にも受け入れてもらう、そういうことの繰り返しが必要だとはうすうす気づいていたし、人からも指摘されていた。
そんなチキンな自分が頑張った。頑張ったのだ。
なにか人としての成長の糸口、
そしてより多くの人に届く作品への突破口が
ぼんやりと見えた。
そんな、水曜日。
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