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へきちの本棚①(いい装画)

第1回のへきちの本棚では「いい装画」をテーマに松田洋和田渕正敏がそれぞれ6冊の書籍を選びレコメンド文を用意しました。会期中はそれをもとに参加者と対話しました。
下記にレコメンド文をアーカイブとして掲載します。

神様のボート
江國香織

発行日_1999年7月1日
発行元_新潮社
デザイン_安西水丸
イラスト_安西水丸

初めて「装画」という言葉を知ったのは、この本だった。中学2年だか3年のときに、表紙の涼しさに惹かれて手に取ったのだった。未だになぜこの絵が良いのかは、きちんと説明できないでいる。水色の岸(空?)と、黄色いボート。少し歪な、とても単純化された色面のシルエット。この、なんてことない絵に、どうして寄る辺のなさを感じてしまうのだろうか。自分にとっての初めての江國香織であり、結局好きな本はこれだけだった。 他の著書はロマンティシズム過剰な感じがして、どうにも馴染めなかった記憶がある。 この物語にどこか虚しさを感じるのは、きっと装画の力も働いている。(松田選)

工場
小山田浩子

発行日_2013年3月29日
発行元_新潮社
装慎_新潮社装幀室
装画_Philippe Weisbecker

未だに書店での驚きを覚えている。この本が積まれた一角が不穏な気配に満ちていた。ワイズベッカーはとらや東京駅や三越の年間広告で既によく目にしていたが、それまでは優しく爽やかな雰囲気を期待し起用されていたように思う。対してこの装丁は、薄暗く、不可解な世界を提示していた。同じ作家の同じ作風の絵にも拘らず、180度違う印象を与えられたことに驚愕した。ワイズベッカーの絵に空虚さを持ち込んだのは、この装丁がはじめてではないか。私が読んだ小説の中でも、群を抜いて改行がない本だ。この途切れることのない神経質さは、どこかでワイズベッカーの絵にも通じている。(松田選)


猫のゆりかご
カート・ヴォネガット・ジュニア

発行日_1979年7月31日
発行元_早川書房
翻訳_伊藤典夫
カバー_和田誠

和田誠は、気づいたら知っている人だった。なんとなく気の抜けた雰囲気だけど、漫画っぽさとは違う、大人っぽい絵だなと子供ながらに思っていた。実は中学生の頃は、和田誠みたいになるのも悪くないなと思っていた。星新一から始まり、北杜夫も広瀬正も、和田誠の絵の物語を読みたくて手にした。和田の絵は、実像と想像力の間にちょうどすっぽりと収まるようだった。荒唐無稽な世界をユーモアで捉える視点は、物語よりむしろ和田の絵から与えられたものだったかもしれない。ヴォネガットの装画はすべて好きなのだが、この本はタイトルがいいのだろう。それにしても、猫の絵じゃないのが素敵だ。(松田選)


第二音楽室・聖夜 School and Music
佐藤多佳子

発行日_2010年11月·12月
発行元_文藝春秋
装丁_大久保明子
装画_唐仁原教久


好きな作家の装丁を好きな人たちがやっていた、という出会いだった。所謂児童文学とかジュブナイルに相当するのだろうか。学生の生活と音楽(それはほとんど自然な成り行きで出会う)の短い物語。静かで、柔らかく、短い(物語自体も短いのだが、児童や学生でいる時間は振り返るととても短い)世界。建物の外観に、センター揃えの文字の配置がさりげなく、静かな美しさがある。それでいて、振り返ったときにいつでも記憶にあるような曖昧な輪郭も感じる。もしかすると書店では目立たないかもしれないが、学生のあるひとときは人に見つかりたくない記憶かもしれない。こういう仕事をしたい。(松田選)


離陸
絲山秋子

発行日_2014年9月11日
発行元_文藝春秋
装丁_関口聖司
装画_Mark Rothko

装丁に限った話ではないが、美術家から作品を借りる方法がある。うまくやるともともと絵が持っている背景とは異なる文脈で結ばれたり、別のレイヤーが重なるような感覚を生むから面白い。ロスコの抽象的な絵は、はっきりと死の気配を漂わせている。窓の外に広がる遠景はピントが永遠に合うことはなく、自分が世界から離れていく(世界が自分から離れていく)感覚を想起させる。読者は現世と常世の間のような空間に身を置くことになる。なんとなく感じ取っていた印象が、読後にはっきりと自分の中に景色が立ち上がる距離感が絶妙だ。長編の束幅に適したデザイン設計だと思う。(松田選)


ざらざら
川上弘美

発行日_2006年7月20日
発行元_マガジンハウス
装丁_有山達也

川上弘美の著書の中でも雑誌「クウネル」連載の書籍化は3冊あるのだが、いずれも有山達也が装丁を担当しており、表まわりは有山自身のドローイングで統一されている。この本が発刊されたときには既に十数冊は川上の著書を読んでいたが、この本で初めて、川上弘美の文体がかたちになっていることを目撃した気持ちになった。形がない幽霊のような気配を、ひとつずつ触れて確かめるような愉しみ。有山はとても簡単に見える方法で、何かに見えるようで何ものでもない図像を表象させる。その軽やかさによって霧の中に誘われてしまうのは、物語への最高の導入だと思う。(松田選)


既にそこにあるもの
大竹伸朗

1999年7月25日
新潮社
装幀:葛西薫 井上庸子
装画:大竹伸朗
作品撮影:中野正貴

書籍のタイトルはそのまま大竹伸朗のキャッチコピーになった。当時は画家のアトリエの床を撮影したような装画に無作為で素朴な作家像を投影してこんな作家になりたいと憧れの感情を抱いていた。それから約20年後、2022年の大竹伸朗展(東京国立近代美術館)で見た原画は既にそこにあるものというよりも作為と技術の絵画だった。作家を追いかけ続けた結果、僕の中では装画と原画が別々にオリジナルとして存在する稀有な一冊となった。所有している本は何度も読んでいるうちにカバーが破れ、カビが生え年季を重ねて骨董のような風合いを纏っている。(田渕選)


今日の人生
益田ミリ

2017年4月23日
株式会社ミシマ社
装丁・本文レイアウト:大島依提亜
装画:益田ミリ

なんて鮮やかな切り絵だろうか。装画はイラストレーターである著者が子供の頃に作った切り絵だと知って大変驚いた記憶がある。書籍の紙に両面の色が異なる紙が使用されていて子供の頃に楽しんだ両面折り紙を思い出しほっこりする。本編の漫画では日々の切り取り方によって人生に色々な光源が当てられるという手つきが切り絵と共通している。話の尺や声の大きさや作画の密度などが心地よい塩梅で軽やかに流れていくけれど、そのスピードは一定ではなくコマ数が変化したりもする、同じ日など無いのだなと思って日々の小さなハイライトを探す。(田渕選)


リャマサーレス短篇集
フリオ・リャマサーレス

木村榮一=訳
2022年5月30日
河出書房新社
装幀:森敬太(合同会社飛ぶ教室)
装画:加藤崇亮

なぜこの装画を描いたのかということが気になって開く本がある。本編を読んでみるまで分からないと誘いの匂いだけを強烈に醸すイラストレーション。物語よりも先に絵であるということを主張するかのように手前のレイヤーの位相がズレている。またそのズレが油絵とは違う薄いフラットな絵であるという安心感に繋がって一目で面白そうな本だ(いい装画だ)という通じ合いを生んでいる。カバーにはキャンバス地を思わせる紙が使用されており作者・国籍不詳の絵画を借りてきたかのような仕掛けや著者名のレイアウトが画集のようにも感じられ何重にも楽しい装幀です。(田渕選)


リハビリの夜
熊谷晋一郎

2009年12月15日
医学書院
ブックデザイン:祖父江慎+コズフィッシュ
イラストレーション:笹部紀成

「今あなたの脳に直接語りかけています」よくネタとして使われるフレーズだが、この本に出会った感覚はまさにそんな感じ。光線銃で撃ち抜かれでもしない限り見ることが出来ないような景色が本への入口として開かずにはいられない引力を発生させている。視覚効果について独自の地平を獲得したイラストレーション。ブックデザインとの掛け合わせによってただならぬ予感と奇妙な面白さが増幅している。まんまと普段は読まない医学書をジャケ買いしたのだった。あとがきで著者が装画・挿絵について触れた文章があり、イラストレーションがいかに高次元なイメージを表出させているかが窺える。(田渕選)

お父さんのバックドロップ
中島らも

1993年6月25日
集英社文庫
イラスト・ひさうちみちお
デザイン・ZOO

2色で表現された空と芝生は潔いとも言えるし、あっけらかんとした物足りない空間とも言える。2人の人物の間には風通しの良い間合いがあるとも言えるし、間の抜けた静止画とも言える。真後ろと真横の型抜きのように見える人物は足を崩したりポケットに手を突っ込むポーズを取ることで愛らしい印象になる。退屈をベースに対極の効果を狙っているようだ。ひさうちみちおの漫画の精緻な作画を知っていれば呑気な装画も深読みして楽しめる。装画が文庫サイズにフィットしていて絵葉書のようにずっとピンナップしておきたい親しみを感じる。(田渕選)


かなわない
植本一子

2016年2月12日
装画・口絵 今井麗
ブックデザイン TAKAIYAMA inc.

今井麗という画家を知るきっかけになった一冊。装画だけを見れば日常のありふれた一場面を描くイラストレーターの仕事だと思った。植本一子の文章には日常の痛みも喜びもむき出しで現れるから何度もいたたまれない気持ちになる。本の中盤に口絵が挟まれていて、奇妙なオブジェが並んだ飾り棚が描かれている。友達の実家を訪れた時に突然プライベートな一場面に遭遇したような気まずさがある。日記をエッセイという手に取りやすい形式に開いてみせた文章とこの装画とブックデザインのどれか一つでも欠けていたら僕の手元には届かなかった本だと確信している。(田渕選)




へきち

田渕正敏(イラストレーション)と松田洋和(グラフィックデザイン・製本)によるアート/デザイン/印刷/造本の活動です。


田渕正敏

イラストレーター

最近の仕事に「アイデア402」装画(誠文堂新光社/2023)、「ゴリラ裁判の日、須藤古都離著」装画(講談社/2023)、ナチュラルローソン「飲むヨーグルト」パッケージイラストレーションなど。

最近の賞歴、第40ザ・チョイス年度賞優秀賞、HB File Competition vol.33 鈴木成一賞など。


松田洋和

グラフィックデザイナー

最近の仕事に「2023年度東京都現代美術館カレンダー」、「Another Diagram、中尾拓哉」(T-HOUSE/2023)、「奇遇、岡本真帆・丸山るい」(奇遇/2023)など。

最近の賞歴、ART DIRECTION JAPAN 2020-2021ノミネート、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2023 高田唯 this oneなど。


へきちの本棚①
2023/9/7(木)12:30〜17:30
2023/9/8(金)12:30〜20:30(台風のため中止)
2023/9/9(土)12:30〜17:30
会場:調布スペース





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