魂を揺さぶられた大ベテランの凄い指導
1)一年目の僕にはあれが魔法のように見えた。
その日の作業は落ち葉拾いだった。
秋で,敷地内には拾っても拾っても拾いきれない落ち葉があって,それを数名の生徒が拾っていくだけの作業。
なんてことない作業で,僕はただ,逃げないように,生徒たちがふざけないように,見ているだけのはず…だった。
約2時間後…
その作業が終わるとき僕は,法務教官という世界には魔法使いがいるのだと知った。
その日メインで指導を担当していた大先輩の指導に,とてつもない衝撃を受けたのだ。
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2)保安>指導
少年院は,非行少年に矯正教育を授ける施設。
罰を与えるのではなく,様々な指導を通して健全な生活のための教育を行うのが使命だ。
とはいえ生徒は全員非行少年。
しかも「少年院送致」になるレベルだから,どこのクラスにも必ずいる問題児とはちょっと…いやかなり違う。
だから
僕たち法務教官は指導のとき,まず何よりも事故を防ぐことを大事にしている。
逃げられないように…
道具を隠されないように…
不正な会話や悪ふざけが起きないように…
自然,彼らに作業させるときは,道具の数や作業を行う場所などを事細かに指示することが多い。
小学校のように道具箱にすべての道具を入れておくことはなく,必要な道具はその都度こちらから貸し出し,終了時には必ず一人ひとり自分で返却させて,その数と状態を確認する…
僕が法務教官になって最初に覚えた技術は,
「頻繁に人数を確認すること」と
「具体的に細かく指示を出すこと」だった。
ところが,法務教官になって7ヶ月くらい経ったあの日…
僕は,その7ヶ月で身につけた常識が,すべて吹き飛ぶような衝撃的な指導を目撃することになった…
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3)管理しない指導
その日指導についたのは,普段現場で指導することはない,大ベテランの保安主任。
昔かたぎの職人肌な先生で,僕が保安上の配慮を欠いた動きをしているとよくダメ出しされて,それまでにも何度も怒られた。
その日は,初めて保安主任と一緒に指導につくということで,生徒の動向以上に彼の動向に気をつけながら勤務していたのをよく覚えている。
彼の指導は最初から違った。
まず指示が短い。
そして一切余計なことを話さない。
淡々と作業着への着替えと整列の迅速さを求め,始業の挨拶までクスリとも笑わない。
いかにも少年院の教官という感じだが,意表を衝かれたのはそのあとだった。
「今日は落ち葉拾いをやる。
具体的なことは移動してから指示するから,
まずは道具を揃えよう。
今日何人だ?8人か…
じゃ今から言うやつ全部8個ずつ出せ。」
そう言って彼は,その日使用する熊手などの道具を,
「すべて人数分」揃えさせた。
他の先生はまずそんなことをやらない。
熊手を使うのが誰と誰で,
カゴを使うのが誰と誰…
○○は誰と誰…
と,誰が何を使うのかを指示し,その分しか道具を出さないのが普通。だからその日も,他の先生なら,「熊手が2本とカゴが2つ…」とかになっていただろう。
ところが彼は,すべての道具をその日参加していた8人分揃えさせたのだ。
(これじゃ使わない道具もあるよな…)
なんて思いながら作業場所に移動すると,保安主任は8人の生徒を集めてこう言った。
「今日はここの落ち葉拾いをやる。
時間は今から11時前くらいまで。
持ってきた道具は何を使ってもいい。
やり方と分担は任せる。
ルールはひとつ。
お互いの邪魔をしないこと。
わかったな?
じゃ,はじめ。」
…ぶっとんだ。
こんな指示の出し方があるのかと。
フットサルコートよりも大きな作業場所。
担当エリアも役割分担も決めず,使う道具すら制限しない。
そんな指導は見たことがなかった。
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4)the magic hour
ゴリラのような保安主任の短くてざっくりとした指示のもと,8人の落ち葉拾いが始まった。
8人は,誰一人としてしゃべらない。
道具を選び,周囲を見て,
空いてるスペースを見つけて散っていく。
2,3人で固まることもなく,
あっという間に適度な距離感で作業を始めていた。
指示されず,自ら考えて動き出した彼らの姿を呆然と見ていたら,ゴリラがやってきて小声でこう言った。
「おもしろいだろ?
余計なこと言わなくてもちゃんと
不正な会話ができない距離を取ってる。
いちいち細かいこと指示しなくても
こいつらは考えてこれができるんだよ。」
たしかにそうだった。
黙々と作業しながら,時々周りを見て,きれいになったと思ったらまだ落ち葉がある場所を見つけて移動する。誰の指示も受けていないし,生徒同士で相談すらしていない。
ふと不思議なことに気がついた。
途中から,周りのサポートに回る生徒が出てきたのだ。
使わなくなった道具を揃え,カゴ一杯になった落ち葉は率先してリアカーに移し,作業場所が変わると,取りやすい場所に道具を移動させている。
黙々と作業を続けている生徒も,30分経ってもペースが落ちない。
むしろ動きがよくなっていく…
理由は簡単だった。
ゴリラが,彼らの動きをよく見て,さり気なく一言ずつほめてたのだ。
「おぉ!お前,隣の奴の分も運んでやったのか!」
「次はどっち行くんだ?あっちか。いいな。」
「ちゃんとペース配分考えてるな。」
普段,若手に文句しか言わないゴリラは,生徒をほめることにかけては天才的にうまかった。
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5)タネ明かし
どんどん動きがよくなる生徒たち。
休憩の声がかかると引き締まった表情で駆け足で集まってくる。
作業前とは顔つきすら変わってるようだった。
休憩を終えて作業を再開させたあと,近づいてきて彼は僕にこう言った。
「見てたか?
さっきのアイツ…
俺が最初に指示したとこちょっと越えたんだ。
でな,あれを怒って止めるのは簡単だ。
法務教官としてはそれが正解だろう。
だけど俺はさっき
”そんなとこまでやってくれてありがとな”って
言ってやったんだよ。」
もう感動しかない。
その生徒は確かに,指示された範囲を越えていた。
けれど,
そこを一生懸命綺麗にしたら,あっという間に戻ってきて,作業終了までおかしなことをすることなく,汗だくになりながら作業に没頭していた。
シメの一言
約2時間,休憩をはさみながら汗だくになって作業したあと,
集合した生徒にゴリラはこんなことを言っていた。
「はい,おつかれさん。
じゃ,ちょっと回れ右。
これが,君たちが今日きれいにした庭です。
誰がどう見たって,落ち葉拾ってくれたのがわかる。
外から見学に来るお客さんも,
”ここの少年院はきれいにしてますね”って言ってくれる。
それは君たちがやったんだ。
自分たちで配慮して,工夫して,怪我なく仕事を終えた。
だんだん動きもよくなってたな。
明日からもこういう感じでよろしく頼む。
ありがとう。」
少年院は,フダツキのワルが集まる矯正施設。
規律と秩序の維持は,すべてに優先する至上命題。
管理と制限が当然のように行われる塀の中で,ゴリラのようなマジシャンは,生き生きと子どもの資質を引き出して,ゲラゲラ笑う下品な楽しさとは違う,非行とは真逆の充実した時間を子どもの心に打ち込んでいた。
この日のゴリラの魔法のような指導を,僕は一生忘れないだろうと思う。
法務教官として,常に理想とする指導のひとつ。
放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。