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最前線の法務教官が職業人としての苦労を素直に書いてみる。

(この記事は約7200字あります)
(退職前に書いたものです -R3.4.5付記)

僕は2018年からTwitterで発信をはじめました。

もうすぐ丸3年…ありがたいことに本稿執筆時点で3700ものフォローをいただき,元気に発信を続けることができています。

いつも本当にありがとうございます。
とってもとっても嬉しいです。

でも葛藤もあります。
それは…

法務教官の現実を,過剰に美化してしまっているのではないかということ。

つまり

法務教官を目指す人たちに過剰な期待を抱かせてしまっているのではないか…ということです。

法務教官は公安職。
非行少年たちは保護されて少年院にいる。

だから

少年院や少年鑑別所の中のことが一般に発信されることはほとんどない。

僕の発信が法務教官と少年院に関する数少ない情報ソースになっていることは事実だし…

個人的意見の発信ではあるものの,それが法務教官という職業のイメージを左右している事実もあると思っています。

でも実は…

僕の発信だけを見て法務教官の仕事をイメージし,そのまま現場に飛び込んだら…かなりの確率で幻滅するし,苦労する。

それはあまりにも申し訳ないし悔しい。

だから今日は,現場での僕の仕事がどうやって生まれているのか…発信の裏側にある現実を正直にお伝えしたいと思います。

法務教官になったらこういう現実と戦いながら仕事をするんだよ…という,ある意味で法務教官の負の側面についての告白です。

未来の法務教官たちへ


現実と向き合い,戦って…
必要ならば現実をひっくり返して,
あなたの想う矯正教育を,実現してください。

祈りと期待,そして…
同じ道を志してくれたあなたへの
心からの感謝を込めて。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

1)僕のポジションの話

僕は普通の法務教官です。
幹部ではなく,なんの特別待遇も受けていない。
普通に試験を受け,普通に採用されて今に至る。

当直の日には事務所の掃除もするし,
幹部にミスを怒られることもある。

全国の少年院や少年鑑別所にいる,
普通の法務教官の一人。

だけど

あえて偉そうに言えば,
現場での信頼と発言力は大きいです。

どれくらい大きいかと言えば…

僕の仕事が「若手の手本のひとつ」として扱われ,先輩からも頼られ,時に幹部がこっそり意見を聴きにくるくらい。

かなり誇張して言えば…

(スケールは百万分の1くらいだけど)

日本代表における本田圭佑さんや
現役時代のイチローさんのような感じ。

決して監督やコーチではないのに
なぜかチーム内で発言力が高く
カンニングの対象になる。

それは

単純な経験年数だけで生み出されるものではありません。

キャラクターの問題もあるとは思うけれど,それよりも仕事に対する向き合い方とその結果…そして僕自身が意識して積み上げてきた職場内でのコミュニケーションの賜物です。

職場に恵まれたというのも事実です。僕は若い頃に,本当に素晴らしい上司と先輩に恵まれた。

そうではない施設や
そうではない幹部…
そうではない先輩が

全国にいることもわかってきました。
運が良かったというのも事実です。

たぶんですが…

法務教官になってから僕のように充実感満載で仕事ができている人は…きっと少ないです。

でもきっと…

それは「絶対に変えられない現実」ではないと思う。環境ではなく僕自身の手で作り出した部分もたくさんあるのだから。

だから,恥を偲んで僕はこれを書いています。

一言だけ補足

現場には,あらゆる意味で僕よりすごい法務教官が沢山います。心から尊敬し信頼する先輩,天才と畏れる同期,地球上で最も信頼している同僚たち…

彼らの前でこれを読むことはできませんし,したくありません。

最大に信頼するチームに敬意を評しつつ,それ以上に未来の法務教官たちへの可能性にかけて生意気を言う僕に…どうか少しだけお付き合いください。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

ここからは若手法務教官がぶち当たるであろう壁について書いていきます。

2)根拠法令がすべて

公務員というのは法令を具現化するのが仕事です。

少年院も法務教官も,日本国憲法と少年法を軸としてさまざまな法令のもとに存在している。

「悪いことをしたら捕まる」というのは一般的な感覚としてはあたりまえだけれど,でも「身体の自由を拘束する」というのは憲法の考え方からすればかなり特別なこと。

法務教官は,非行少年の住居を制限し,行動範囲やその時間をかなり厳密に管理しながら教育を授ける仕事。

だから

法令に認められたことしかできないし
法令に沿って説明する義務がある。

僕たちは,大学を出るまで人生のほとんどの場面を法律なんて意識せずに生きてきました。

だけど法務教官になったらそうはいかない。

何をやるにしても…

「それは法令に則っているのか」
「それは内規に定められているのか」
「内規上,誰の業務なのか」

と細かく説明を求められる。

社会通念的には「やって当たり前」のことでも,まずルールに則って段取りを踏まなきゃやらせてもらえない…なんてことはしょっちゅうあるのです。

法務教官は法律の後ろ盾があるから指導ができる。

それはつまり…

現行のルールを逸脱した行動は,仮に絶対に正しいと思うことでも認められないことがあるということです。

現場で自分の仕事を認めてもらうには,自分の仕事を法令に則って説明するという力が必要です。

(とはいえ,僕あんまり法令詳しくないけどね)

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

3)保安

法務教官はある種の職人です。

狭い業界で,限られた人たちを相手に教育を授ける…その中で絶対に避けなければならないのは,事故です。

逃走はもちろんのこと,自殺,火災…
それから職員暴行を含む暴力沙汰に,情報漏えいなど。

法務教官の使命は非行少年の更生を指導することだけれど,それは事故防止という保安の上にしか成り立たない。

だから

「いい教育をする」の前に
「しっかりと事故を防ぐ」があり

いい教育者である前に
厳格な保安職員であることが求められる。

教育の効果は測定しにくいが
事故は明らかに目に見える。

そのため…

教育云々よりもまず…護身術や手錠の扱いはもちろんのこと,護送や連行のやり方,保安立会のやり方など…いわゆる警備的側面の職務能力の向上が必須です。

僕は護身術も手錠も誰よりも練習しました。制圧にも積極的に参加しますし,保安設備の点検などもどんどん手伝うようにしています。

保安能力が高くない職員が教育を叫んでも,誰も取り合ってくれません。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

4)幹部

毎年変わります。

幹部は刑務所や矯正管区などを経由してくる人も多く,場合によっては全然法務教官としての現場経験がない人もいます。

彼らは僕ら現場の人間以上に法令遵守・内規遵守のスタンスが求められているため,細かいことを執拗につっこんでくるし,明らかに大丈夫だと思うことでも慎重に慎重を重ねて,石橋を叩いて壊す勢いです。

それは

訴訟が起きたときに施設やあなたを守るためでもあるのですが…ぶっちゃけた話,現場職員から見れば98%はただの保身に映ります。

幹部はだいたい2年で転勤。

口癖のように法令や内規を問うくせに,判断基準は自分の職務経験の方が強いので,幹部が変われば様々なものが変わります。

決裁の手順
文書の書き方
行事のやり方
指導に対するスタンス
もちろん職場の雰囲気も…

法務教官を長く続けるということは,次々変わる幹部のキャラクターや能力,そして彼らの自己満にも思えるこだわりに対応し続けるということです。

そして

僕のように現場である程度やりたいことをやっていくためには,そうした幹部たちからイエスを引き出し,幹部を味方につける柔軟な対応力が求められるということです。

交渉力やプレゼン力が問われます。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

5)先輩

いろんな先輩がいます。
時代遅れな感覚の人も少なくない。
まともにパソコンが触れない人もいる。

そういう能力的な偏りだけならまだしも,考え方も様々です。

生徒に一生懸命指導していると「そんなに何でもかんでも教えりゃいいってもんじゃねぇんだ」と小言言ってくる人もいます。

心情安定のために雑談のような面接をしてたら「そんな意味のない面接を笑顔でやって,ただのご機嫌取りか」と言われたこともあります。

それが間違っているか正しいかはともかく,自分の指導方針とは違うあなたのやり方を批判的に見て,文句を言ってくる人もきっといるでしょう。

日記や作文へのコメントを読んで,重箱の隅をつつくように”指導”をくれる人もいたりする。

それらは,塀の中で長年勤める中で磨かれた彼らなりの教育観や仕事観によるもので,必ずしも正しいとは言えないものもあるけれど…でもこの業界では常に「ベテランから学べ」と言われます。若いうちは特に。

一番厄介なのは…

「ただ事故を防いできただけ」の,保安としては一流だけど教育者としてはどう見ても二流以下の人が,強烈に上から目線で教育を語ってくることです。

でも

保安が前提の仕事だから…
そういう人がいるのも当然なんです。

…勘違いしてはいけません。

ベテランの経験値には敬意を払うべきです。
彼らの存在が大事になってくる場面も少なくない。

ただそれは…

1年目や2年目では見えてこない部分だったりもするし,何より現代の若者の感覚からは大きくかけ離れていることが多いのです。

だから

とにかく腹が立つことも幻滅することもたくさんあるでしょう。

だけど…

若手法務教官が,現場でしっかりと気持ちよく非行少年と向き合うためには…現場のベテラン職員たちの価値観の中で,彼らのニーズを満たした上でメッセージを伝える必要があるのです。

「意味がわからねぇよ」とか
「それだけが正解じゃねぇだろ」と

拒絶したくなる気持ちもきっと出てくる。
そっちの方が正解かもしれない。

でも

法務教官はチームです。
絶対に一人では教育などできない。

だから

先輩と敵対するのではなく
先輩を自分の味方につけるための工夫が必要です。

わかっていることでもあえて相談してみたり

忙しいけど暇ができたふりして雑用の手伝いを申し出たり

地域のおいしいお店の情報を聞いてみたり…

「あいつは生きてきた時代が違う」などと言わずに積極的にコミュニケーションを取るといいでしょう。その中から本当に自分のためになる知恵や経験が見つかったりもするのです。

先輩を自分の知恵袋に。
先輩を自分の武器のひとつにしよう。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

6)部署間連携

少年院は教育のための施設。

少年鑑別所は,非行少年が鑑別を受け安んじて審判を受けるための施設。

いずれも非行少年の更生のための施設で,当然,非行少年と向き合うことが僕ら法務教官の最大の仕事だけれど…

施設というのはそれだけで成立しているわけではない。

それは,サッカーチームが選手だけで成立しているわけではないというのと同じだ。

監督やコーチはもちろんのこと…選手の給与や備品,設備の管理をする人,遠征や試合の段取りを組む人,広報をする人など,様々な立場の人がいて選手が試合に出れる。

矯正施設も同じです。

非行少年の衣食住のすべてを提供し,その上で矯正教育を授ける…それが矯正施設の使命。

だから

法務教官の中には,僕のように毎日非行少年と語り合う人間だけでなく…少年たちの食事の準備をする人や外部との連携を担う人,物品の調達を行う人などがいる。

みな法務教官や法務事務官で,誇るべき仲間たちだ。

彼らの仕事に敬意を払い
そこにあぐらをかくことなく
きちんと協働していくことは…
職場での働きやすさの最重要項目だ。

僕の法務教官としての最大の武器は,「施設内に敵がいないこと」だと思っている。

残念なことに…

法務教官とは言え,職場内に数十人もの職員がいれば人間関係がギクシャクすることもある。

敵対し,相談すら気軽にできず…その不具合のせいで教育活動に支障が出ることも残念ながら起きている。

でも僕はそんなこととは無縁です。

普段から他の部署の仕事を知るように努め,時に愚痴に付き合ったりしながら,彼らとの良好な関係を築いている。

そのおかげで,急に無理なお願いをすることがあっても最大限努力してくれるし,基本的に向こうから進んで仕事を手伝ってくれる。

ぶっちゃけた話…他の人なら怪訝な顔をされる場面でも僕が頼むとすんなり通ったりする。

これは善悪や責任の問題ではなく,人間が働いている以上避けられない問題だと僕は思っている。

法務教官の主戦場が非行少年への指導の現場であることは間違いない。

けれど

思い上がって庶務などの他部署を下に見るような馬鹿な現場職員は絶対にまちがっている。

バックヤードを支えてくれている仲間に敬意を払うことは現場職員の最低限の資質だと僕は思っている。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

7)公安職

法務教官は国家公務員。働き方改革の模範でもあり,育休などもそれなりに取れる。

けれど前提を忘れてはならない。

僕たちは公安職で…公安職というのは非常事態に対応するのが仕事だ。

夜間巡回で自分の担当時間が終わる直前に反則行為を見つけて,仮眠削って対応することもある。

24時間365日誰かが働いている施設だから,仲間の体調不良のために急遽休みが潰れることもある。

自分の休みの日に担任の出院日が重なって,大事なデートの前に朝だけ職場に顔出して教え子を見送ったこともある。

教育も保安もこちらの都合だけでは動かない。

だから

働き方改革がどれだけ進んでも予定通りには働けないこともある。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

8)体力

法務教官は当直がある。

当直の日には朝から晩まで働いて
その上,短い仮眠で夜間巡回したりする。

正直,体力のいる仕事だ。
女性はきっと美容的にもよくないだろう。

僕は1年目の頃…

巡回時間に寝坊することを警戒する緊張感のあまり,家でも1時間起きに目が覚めてしまうことがよくあった。

聞けば同僚の中にも似たような経験を持っている人は少なくない。今でも変な時間に目が覚めてなかなか寝付けなかったりする。

芸能人や駅員さんと似ているのかもしれない。

いつでもどこでも寝れて,きちんと目覚ましで起きて動ける…そんな体質の人の方が向いているのは事実だと思う。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

9)前例主義,横並び主義

これは公務員の悪癖なのか
それとも大きな組織でよくあることなのか…

とにかく矯正施設は前例主義で横並び主義だ。

新しいことを始めようと思ったらすぐに,四方八方から飛んでくる。

「それ,去年はどうやったの?」
「他の施設ではどうしてる?」

ある意味で,根拠法令よりも根深い病理だ。

これを打ち破って提案を通すには,前提としての信頼感と相当な理論武装が必要になる。正直言ってうざったい。

でも

幹部や先輩からイエスを引き出さなきゃ自分の提案が通らないなら,前例や他の施設の状況を調べたり,時に仲間に協力を仰ぎながら…なんとかしてイエスを引き出すまで取り組まなきゃならない。

時間はかかる。

だけど…

前例にないことも他の施設がやってないことも,きっちり進めれば実現できる。

まずは信頼を勝ち取れ。
そして新しい風を吹かせよう。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

10)まとめ

ざっくりではあるけれど,若い法務教官が仕事をする上で壁になりそうなものを列挙した。

正直まだまだあると思う。

もし個人的な経験を具体的にあげることができるなら,この何倍も書くことができる。でも,とりあえず最低限は伝えたつもりだ。

最後にひとつ…

様々な壁があるけれど,やっぱり忘れちゃいけない最大で最重要の壁は,非行少年の心の壁だ。

そして

そこに風穴をあけることができる教官こそが,現場で信頼を勝ち得ている。

僕がのびのびと充実した仕事ができているのは,現場において生徒たちからの信頼が絶大だからだ。誇張なしにそれはある。

非行少年たちが「あの先生の話は聞きたい」と言い,コメントを求めて自ら作文を出してくる。…担任でもない僕に,だ。

彼らにとって僕がそういう存在であると…現場の先生たちも幹部の先生たちも,他の部署の先生たちも知っている。

だからこそみんな僕の意見に耳を傾けてくれるんだ。法務教官は,やっぱりまず非行少年から信頼される存在でなければならない

僕の信条は「法務教官の仕事の評価は子どもが決める」だ。幹部じゃない。幹部に筋違いな叱責をされても,先輩に時代遅れな説教をされても,僕は常に「お前らが俺の仕事を評価するわけじゃねぇんだよ」と自分に言い聞かせながら戦ってきた。そんなことを語り明かして仲間と酒を飲んだことも数え切れないほどある。

幹部も先輩も敵ではなく仲間だ。

けれど

迷ったら最後は目の前の少年のことを考え,時に先輩と対立してでも,目の前の少年のためになると信じる道を選んできた。

僕は破天荒なこともたくさんやってきたし,そのせいで無用な摩擦を生んだこともたくさんあったけど…そのおかげで今,現場では多くの仲間たちと幹部から信頼され,しっかりと自分の伝えたいメッセージを子どもたちに伝えることができている。

僕の手の足りないところは,多くの仲間たちがそれぞれなりに手伝って補ってくれている。

僕もみんなの仕事を手伝い,フォローしながら,チームで子どもたちと向き合っている。

もともとそんな職場だったけれど,今も僕の周りにそれが残っているのは,そういう風に僕自身が振る舞ってきたからだ。

きっと先輩たちがそういう風土を作ってくれたんだ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー

あなたが赴任する施設がどこのどんな施設かは僕にはわからない。

けれど

どんな施設でも…周りの信頼を勝ちとり,あなたの想う矯正教育ができる可能性はきっとある。

そういう未来を作り出せる力ある法務教官として躍進されることを,心の底から祈っている。

最後まで読んでくれて本当にありがとう。
全力で応援しています。

期待と祈りと感謝を込めて。

へいなか

放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。