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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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2020年6月の記事一覧

『隣になった人』⑦/⑦

高校時代、数学の授業で隣になった人は数学のノートを通じて
見返りを求めない無償の優しさを僕に送ってくれた。
僕にとっては特別な体験だったが、彼女にとっては何も特別なことではなかった。
そう思えるくらい、ごく自然な、当然の行為として
彼女は欠席した僕の分のノートを取ってくれていた。

そしてその時彼女には、すでに付き合っている相手がいた。
なので僕だけに対して特別な優しさを送ってくれたわけではないこ

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『隣になった人』⑥/⑦

彼女は今でも、人に無償の優しさを捧げているのだろうか。
困っている人がいれば、何も言わずに手を差し伸べているのだろうか。
そして現在では夫に対して、その優しさにさらに愛を上乗せして注ぎ続けているのだろうか。
夫となった人が、高校時代から変わっているのだろうか。同じ彼なのだろうか。
相手がどこの誰でもいいが、その夫は彼女の無償の優しさに慣れてしまってはいないだろうか。

見返りを求めない優しさを与え

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『隣になった人』⑤/⑦

とても信じられず、言葉が何も出てこなかった。
自分がこの時どんな顔をしていたか、今思い返すと恥ずかしくもある。
こんなに優しさが溢れる人は初めて出会った。
後にも先にも、彼女以上に優しさを携えて
人と接することができる人は出会ったことはない。
逆の立場だったら僕には出来ないかもしれない。
なんの見返りを求めることもなく、
ただ、授業が聞けず困るであろう隣の席の人のためだけに
ノートを作ってくれる。

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『隣になった人』④/⑦

“数学の授業で隣になった人”は魅力的な女性だったが、
僕は彼氏の存在がちらつくことにより、異性としての興味は半減していた。

僕が授業に出られなかった時のことを思い返すと
やはり病欠が理由だったのかもしれない。
風邪だった気がする。そう思えてきた。
快復し授業に出てきたとき、彼女は珍しく僕に話しかけてくれた。

「あの、これ。」

そう言って彼女はルーズリーフ10枚ほどを僕に差し出していた。
10

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『隣になった人』③/⑦

彼女は同学年の、同じバドミントン部の男子と付き合っていた。
男女混合の部活で男女分け隔てなく全員がとても仲が良く、
誰と誰が恋人としてくっついても何もおかしくないような集団だった。
僕が入っていたバスケ部の向かい側にバドミントン部の部室があり
いつも楽しそうな声が聞こえていた。

“数学の授業で隣になった人”とその彼は中学の時からの付き合いで、
その点を考えてもいつ結ばれてもなんら不思議はない関係

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『隣になった人』②/⑦

“数学の授業で隣になった人”は、
とても可愛らしい人だった。
背は小柄で、髪は黒く、肩の辺りまで
まっすぐ綺麗に整って伸びていた。
黒髪の間から覗く顔は真ん丸で、
少しふっくらとした印象を与えた。
物静かで、あまりはしゃぐ姿は見たことがない。
声は少し低めだった。
可愛らしい見た目とのギャップが魅力的だった。
部活は確かバドミントンをしていた。
授業の前後には、部活の仲間が寄ってきていて
いつも楽

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『隣になった人』①/⑦

『隣になった人』①/⑦

高校の時に、数学の授業を2回くらい続けて欠席したことがあった。
その時のことを思い出そうとすると、“欠席した”より、
“出られなかった”と表現した方が適している気がしたが
何が原因で“出られなかった”のかはよく覚えていない。
風邪だったか、部活の大会だったか、あるいはサボタージュだったか。

僕が通っていた高校は、授業ごとにクラスのメンバーが異なっていた。
席順は出席番号と決まっていたものの、現代

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