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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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2020年2月の記事一覧

『綿毛と飛行機雲』③/③

「いや、本当にすごい。コジマが農業やってたこと自体にも驚いたけど、あのコジマがね。これほどまでにできる子だとは思ってもいなかった。高校の頃のコジマからは、正直想像もつかないよ。」と、僕は言った。
「えへへ、そうかな。そんなに言われたら照れちゃうな。」と、彼女は左手を頬に当ててうつむいた。長くて細いきれいな指をしていた。

「俺なんて、いつも営業にいってもなかなかいい返事がもらえなかったりしてね。日

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『綿毛と飛行機雲』②/③

天気予報の通り、入道雲の間を縫うように真夏の陽射しがアスファルトを突き刺している。一年ぶりに夏の暑さを思い出した。そういえば、プールに行きたいと毎年思いながら行けていない。今年こそ彼女と。いや、会社の同僚の男たちで行くのもいい。

そんなことを考えながら、歩道に作られたビルの日陰の通り道をたどって喫茶店へ向かった。交通量の多いメイン通りから一本入ったところにその喫茶店はある。路地に面して大

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『綿毛と飛行機雲』①/③

「東海地方は全域でぐずついた天気となるでしょう。続いて関東です。」

全国ニュースでは、僕の住んでいる小さな町の明日の天気はわからない。僕に理解できたことは、全国的に雨模様で、夏を前に肌寒い一日となるであろうことだけだった。

すでに何度か読み返した手紙をもう一度読もうと封筒を手に取った。コジマらしい、丸く小振りな文字で僕の名前が書かれた封筒に、手紙と一枚の写真が添えられている。ど

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『虹を掛ける一歩』⑥/⑥

土曜日、空は朝から生憎の雨だった。冬が近付いている匂いのする、少し乾いた雨だった。中央公園に着くと、公園の入口で傘を差して彼女が立っていた。
「すみません、お待たせしました。」
「ううん、私が少し早く着いちゃっただけです。」

どちらからともなく、いつものように他愛のない話題を話し始める。二人並んで歩くと、公園の落葉がしんなりと沈む。雨に濡れた落葉は、二人の足跡を一瞬だけ残しすぐ消していく

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『虹を掛ける一歩』⑤/⑥

金曜日の仕事帰り、電車がホームに到着し現在21時52分。バー「パルメ」に22時にたどり着くには充分な時間だった。あの本も読み終わって鞄に入っている。もし彼女に会えなくても、ちょうど一杯くらいは引っかけて帰ろうと思っていたところだ。いつもの居酒屋がバーに変わっただけ。むしろ、安い店ばかりでなく、こういうお洒落なお店の常連になってもいい年頃だ。たまたまバーを見つけたので、デビューのつもりで立ち寄ってみ

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『虹を掛ける一歩』④/⑥

それから僕はあの本屋によく通うようになった。その本屋は家と駅のちょうど間くらいにあり、通勤で電車を使う前後によく立ち寄る。これまでは気になる本があるとき思い出したように立ち寄るだけだったが、平日に行けないときは休日に行くこともある。雑誌コーナーや新刊コーナーは、少なくとも週一回ペースで新刊が出ていたり、ランキングが更新されたり、店員が目新しいポップを嬉嬉として飾っていることもわかるようになった。

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『虹を掛ける一歩』③/⑥

翌朝、心地良い二日酔いと共に太陽を迎えた。昨夜の回想は満開の花が咲いていた。自分の学生時代はこんなにも華やかだったか?と疑うくらい、楽しい想い出ばかりだった。想い出補正というやつで、嫌なことはフィルターがかかっているのかもしれない。何だっていい。こんな気持ちの良い朝は久しぶりだ。少し落ち着いたらどこかへ出かけたい気分だ。そういえば読みたい本がいくつかあった。近所の本屋にでも行こうか。僕は軽く朝食を

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『虹を掛ける一歩』②/⑥

仕事から帰宅し、買ってきたビールのプルトップを引き上げる。そしてテレビのリモコンを手にし、何を観るでもなくテレビをつける。その日どんな番組をやっているのか知らないが、ビールを片手にテレビを観るこの動作が、機械的な僕の反復動作としてプログラムされている。

テレビをつけると、懐かしい光景に目を留めさせられた。それは中高生が学校の屋上から地上の全校生徒に向け様々な主張をする番組だった。ある生徒

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『虹を掛ける一歩』①/⑥

「侫言絶つべし」という言葉が世の中にはあるという。例えば僕が中学生の頃にこの言葉に出会っていたとしたら、社会の何たるかを知る前の僕のことだ。何だかわからない、空気のようなものを相手にただ反骨心を見せそれをカッコイイとうぬぼれていたことだろう。

切れ味の悪い手刀で空気を切り裂く真似ごとをして、自らが作り上げた立ち向かうべき敵を一網打尽にする、そんな自分に酔いしれる。想像に難くない。かと言っ

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『喧騒』1/1

『喧騒』1/1

この町はうるさい。
線路に沿って歩いていれば世界のすべての音をかき消すほどに電車が騒音を撒き散らすし、自分の部屋にいれば窓のすぐ向こうは車一台がやっと通れるほどの狭い道で、車やバイクの音が部屋の静寂を切り裂く。この町の上空には四六時中厚木からの戦闘機が飛び交い、これもまたあらゆる日常の音を一時停止させる。
この町はうるさい。

僕には好きな人がいる。この町からは遠く離れた母校の高校の同級生で、僕と

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