『虹を掛ける一歩』②/⑥

仕事から帰宅し、買ってきたビールのプルトップを引き上げる。そしてテレビのリモコンを手にし、何を観るでもなくテレビをつける。その日どんな番組をやっているのか知らないが、ビールを片手にテレビを観るこの動作が、機械的な僕の反復動作としてプログラムされている。

テレビをつけると、懐かしい光景に目を留めさせられた。それは中高生が学校の屋上から地上の全校生徒に向け様々な主張をする番組だった。ある生徒は切実な訴えを教師に向けてしたり、またある生徒はウケを狙ったことをする。中には勇気が出ず泣き出してしまったりする子もいる。僕が中学生の頃にやっていた番組の復刻版だった。


次に屋上に上がった生徒は背の低い小柄な男の子だった。彼は両手を強く握り、用意している言葉を口から出すタイミングを計っているようだった。数分間の沈黙の間、地上からは応援の声が彼に向けられている。応援の声が彼の中に蓄えられ勇気となって、喉の奥につまった言葉をようやく外へ押し出させた。声は震えているものの、これから伝えようとする言葉に込められた想いを地上に届けるには充分だった。

彼は同じクラスの女の子に想いを伝えようとしていた。勘付いた地上の友人が顔をほころばせ始める。話の内容から、この後名前を呼ばれるであろう女の子がそわそわし始める。彼が一呼吸を置くと、屋上に春を告げる風が吹く。彼が両手を握る力はピークに達し、想いを寄せる女の子の名前が呼ばれる。彼にとって一世一代の告白の辞が述べられ、女の子が伏し目がちに小さくうなずく。その口元は少し笑みが浮かんでいた。屋上の男の子の両手は強く握られたまま快晴の空へと突き上げられた。

テレビの前で僕は無意識のうちに拍手をしていた。そして目頭に温かいものを感じていた。「おめでとう」僕自身は叶えられなかったが、テレビの向こうの彼は叶えられた。勝手に共感し、自分の夢を彼に託していたらしい。まるで中学生だった頃の自分の恋が叶ったかのようにうれしかった。
久々に胸が震える感覚を思い出していた。彼に僕のような勇気があったら。屋上から告白するような機会があったら。応援してくれる友人がいたら。仮定の話をしても今更何にもならないが、当時の自分に助言ができるとしたら、「勇気を出して声に出せ」と言ってやりたい。

テレビの向こうの彼のように、僕にも強く想う人がいた。しかし何かと言い訳ばかりして、何もせずに終わった。そんな自分じゃダメだ。過去に戻ることはできないが、もしまた強く想える人が現れたらその時は声に出そう。人目もはばからず叫ぼう。大きな花束を抱えて横断歩道を渡ろう。どこか世界の中心に近いところで愛を叫ぼう。


明日が久しぶりに何もない休日だからか、酒を飲みすぎたせいか、心が震えるテレビを観てしまったせいか、何だか変なテンションになってしまった。

時計の短い針は2と3のちょうど真ん中あたりにいる。様々な想い出を振り返っている間にだいぶ時間が経ってしまっていた。あとはどんなことがあったか。目を閉じて次々と想い出の引き出しを開け散らかしているうちに、心地良い眠りに就いていた。

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