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「真昼の悪魔―うつの解剖学」 アンドリュー・ソロモン

うつ病を3回発症したことのある著者(=ソロモン)による、自身の体験と、うつについての知識が集められた本。

彼はセラピーと投薬による治療により安定したが、1回目の発症以降、症状が現れていない時期にさまざまな代替療法も体験している。

とくに印象に残った部分
・自殺の口実としてエイズ(HIV陽性)になろうとした
・母親が末期癌のため自死を選び、それを看取った


第一章 うつ病

p16
うつ病になってしまうと、あらゆる計画、あらゆる感情の価値は消え、人生の価値も消え、それが当然になってくる。愛の消えはてた世界に残っている唯一の感覚は、無意味さだけだ。

p58
三年前に母が死に、その事実にもどうにか慣れ始めていた。家族とは仲良くやっていた。緊密な二年間の恋愛関係に、わだかまりを残すことなく終止符を打った。すばらしい新居を購入した。『ニューヨーカー』誌に執筆するようになった。

著者がうつ病になったのは、人生が順調に動き出した時期であったという。

1回目の発症では紆余曲折のあと薬による治療をスタートし、勝手に断薬して、2回目のうつでまた薬を飲むことに。それが治ったあとも薬を飲み続けていたが、3回目のうつ状態が起こる。
自殺しても周囲の人が悲しまないよう、エイズ(HIV陽性)という口実を作るために複数の男性と性交渉を行ったり
母の死が、実は末期癌を理由とする自死だったというエピソードも登場する。

著者には友人が多く仕事も充実しており、「恵まれたうつ病」という印象を拭えなかったのだけれども、彼らには彼らの苦痛があるということも理解できた。

p165
大学時代の友人と会うとき、私は大学の話をしすぎないようにしている。なぜなら、あのころの私はとても幸せだったから。

輝く若さにあふれた日々は私を蝕む。私はいつも過去の喜びという壁に跳ね飛ばされる。私にとって過去の喜びは、過去の苦悩よりも、処理するのがずっと難しい問題なのだ。

私の場合、過去のトラウマは幸運にも遠くへ去った。だが過去の喜びは手ごわい。もはやこの世にいない人々、あるいは、二度とかつての姿に戻れない人々と過ごした楽しい日々の思い出。それが今の私に耐え難い痛みをもたらす。

私自身は大学時代が一番しんどかった時期なので、若いときの時間を無駄にした気がして残念なのだけど、若さを満喫できても人間は満足しないのだと思うと少し気力が湧く。🐰💬

そして、数少ない幸せだった時間を思い出したときの、「二度と戻ってこない」という悲しさは、「症状」ではないから治療の対象ではないのだ。


第三章 治療

うつ病の人々はそれぞれの方法で症状から離れようと苦心する。
投薬を支持する人もいれば、しない人もいる(筆者=ソロモンは薬を飲み続けている立場)

p173
「プロザックは洞察を〈しないですませる〉ための薬ではなく、洞察〈できるようにする〉ための薬なのです。」(ロバート・クリッツマン)

p173
「実際に彼らがしていることといえば、薬から離れられない患者にあめ玉でも渡すかのように薬を与えて、さよならすることだけだ」(ルーアマン)

対人関係療法(IPT)は現在の日常生活に的を絞って、特定の問題にのみ焦点を当て短期間で終了する。周りの環境を確認し、問題となっていることを特定しながら目標を決めて達成していくという。なんとなくコーチングに近いのかも(すごくアメリカっぽい)

ETC(電気ショック療法)は効く人がいる一方、記憶障害になる人も多い。仕事に必要な知識が消えてしまい、転職を余儀なくされたエンジニアや弁護士も紹介されていた。

信仰。ただし宗教に限らず、何かを「信じる」ことができるのであれば、祈りではなくエアロビクスでも、ボランティア活動でも良い。
例えばホメオパシーに傾倒しているクローディア(p250)は、毎日のようにドクターと相談しながら、細かく処方を調合している。おそらくホメオパシーそのものよりそれらの手順が彼女の精神に良い影響を与えている。

ストレスから離れることで改善した人

p208
「薬を飲むのはいやだった。ストレスから病気になったとわかっていたしね。だからストレスになっているものを、全部やめてしまうことにしたの

「まず、仕事をやめた。ボーイフレンドと別れて、それ以来新しい恋人を本気で探したこともないわ。ルームメイトと暮らすのもやめて、今は一人暮らし。夜遅くまでやるようなパーティーには行かない。前より狭い部屋に引っ越した。友だちづきあいもほとんどしなくなった。

「ひどい話だと思うでしょう。でも、それで本当に気分がよくなったのよ。


第四章 代替療法

この章で紹介されているものは、以下の通り。

運動と食事、反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)、ライトバイザーを使った光療法、EMDR、マッサージ、アウトワード・バウンド(ブートキャンプのようなもの)、催眠術、セントジョーンズワート、アデノシルメチオニン、ホメオパシー、グループ療法、外科手術(帯状回切開術)、レブ族の儀式「ンデウブ」

グループ療法(気分障害支援協会)に参加したときの記述。

p274
長年MDSGに参加しているスティーヴンが、みんなに向かって尋ねた。「このグループ以外に友人をもっている人はいますか」。はいと答えたのは、私ともう一人だけだった。スティーヴンはいった。「新しい友人を作ろうと思っても、うまくやっていけるかどうか私にはわからない。ずいぶん長いあいだ、誰とも付き合わなかったから。」(中略)

悲しげで、知的で人柄もいいスティーヴンは、その夜の集会で誰かがいったように、本当に愛すべき人物だった。その彼も、もうこの世にいない。

EMDRについては、別の記事にまとめましたhttps://note.com/hebiyama3/n/naaec3040a6f4


第五章 集団

子供、高齢者、女性、黒人、同性愛者、国による文化の違いなど、それぞれのカテゴリ特有の問題と思われる事柄がピックアップされている。

p315
あるセラピストが、自分の考えと気もちを二週間日記に書いてくるよう、十歳の少女に求めたときのことを教えてくれた。「たとえば、君の考えとして『ママがパパに怒っている』っていうふうに書けばいい。そして気もちのほうは、『怖くなった』って書けばいいんだよ」
ところが、うつ病のせいでこの少女の認識力は著しくそこなわれていたため、彼女は考えと気もちを区別できなかった。少女は日記をもってきたが、「考えたこと、『私は悲しい』。感じたこと、『私は悲しい』」

p338
「ロシア人特有の文脈をふまえて、患者の話を聞けるようにならなければなりません。ソヴィエト生まれのロシア人が診察室に来て、何にも不満をいわなかったら、私は彼を入院させるでしょう。もし彼があらゆることについて不満を述べたてたら、彼が元気だとわかります。

それが私たち文化の標準です。『調子はいかが?』と訊かれて、『あまりよくないね』と応じるのが、ロシア人の標準的な答えです。

第七章 自殺

p8
死んだ方がましだと思うこと、死にたいと思うこと、そして自分を抹消したいと思うこと。この三つにはわずかだが重要な違いがある。

p29
タコの自殺の話を聞いたとき、私は深く心を動かされた。

サーカスで訓練されたそのタコは、芸をすると褒美として食べ物をもらうことに慣れていた。だがサーカス解散後、タコは水槽のなかに放置され、もはや誰もその芸に見向きもしなくなった。次第にタコの体の色は薄れていき(タコの心の状態は体の色合いに表れる)、そしてついに最後の芸を終え、褒美をもらうのに失敗したタコは、鋭いクチバシで自らを強く刺して死んだのである。

この章では、著者の母親がガンを宣告されてからセコナールを使って自殺するまでの経緯も記されている。


取材された事例(概要)↓

▶️ 妻に肝臓ガンが見つかり、心中を試みたが生き残ってしまった85歳の男性。うつ病として治療中である。

▶️ 10代後半の若者。孤児院で育てられ6歳で養子となったが、虐待を受け保護され、12歳から病院で生活している。
脳性麻痺のため下半身は動かず、話すことも困難。5年間病院から出たことはなく、これまでに何度も自殺未遂を試みているが、いつも救助されてしまう。

▶️ 生徒会長であり学校内でもスターだった男の子が、飲酒行為で捕まったのちに自殺。

自殺に至らなかった人のエピソード↓

p111
あなたの命を救うものは、劇的なものだけでなく、瑣末なものであることも多い。一つは、まちがいなくプライバシーへの執着だろう。
「死んだあとに、あいつは成功できなかったんだとか、成功の重みに耐えかねたんだとか、世間にごちゃごちゃいわれるのかと思うと、笑い者にされるのかと思うと、それだけは絶対に我慢できなかった」

うつ病は自分に対する評価を低めるが、さまざまな人間性のなかでも、プライドは消え失せずに残る。ほかのいかなるものにも負けず劣らず、戦う気力を奮いおこしてくれるものだ。あなたが徹底的に打ちのめされて愛さえも無意味になったとき、虚栄心と義務感が命を救ってくれるにちがいない。

上巻(第二章)

ストレスホルモン、コルチゾールの話。あまり良くわからないけど、とにかく副腎が疲れるという。ストレスによりCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)が放出され、それと鬱が関係あるらしい。

p94
ほかの原因で死んだ人々に比べ、自殺者の副腎は大きくなっているが、それは大量のCRHが実際に副腎系を刺激して肥大させているためだ。

上巻(第二章)

その他の分類

大量虐殺からのケア

ポル・ポト政権による残虐行為を経験してきたパリー・ヌオンは、同じ境遇の女性たちをケアするグループを立ち上げた。
彼女たちには順番に、3つの技術を教えている。

・忘れること(刺繍、はた織り、楽器を弾く、テレビを見る、等)
・働くこと(掃除、子供の世話、専門職など)
・愛すること(お互いに爪をケアをしたり、メンバー同士で交流する)

これらの手順を経て、社会生活をするための準備が整う。

とくに3つ目のグルーミングについては、ペディキュアやマニキュアなど、互いに身体を任せることで、他人を信じることを覚えていくという。

「彼女たちは、自分がきれいなんだという感覚を本当に必要としているのです」

上巻(第一章)

実存主義

第八章(p147)で紹介されている作家を簡単に

カミュ(シーシュポスの神話)
生き続ける理由もそれをやめる理由も与えない不条理

サルトル(嘔吐)
実存主義的な絶望。うつ病の典型的な症状が描かれている

ベケット(マロウンは死ぬ、名づけえぬもの)
努力しても何をやっても、一時的な救済さえ得ることができない

自傷行為

エンジェル・スターキーは3歳のころからうつ病だった。ひどい境遇で育ち何度も自傷をくり返したため、柔らかい皮膚はどこにも残っていない。
缶のフタ、歯磨きチューブで切り刻む、熱いコーヒーを注ぐ、タバコを押し付ける。車にも2度轢かれている。

p309
「痛みが強いと気分がよくなる。痛みを感じ始めれば、心の痛みより身体の痛みのほうが強まってくるから。

下巻(第十二章)

この部分を読んだとき、別の本の以下の箇所を思い出した。

(2000年頃からの患者さんについて)手首を切っても、なぜ切ったのか、どんな気持ちで切ったのか、切ることで何が得られるのか、あるいは失われるのか、などを聞かれても答えられない。
自分が何を思っているのかよくわからない。何を感じているのかもわからない。ただただ苦しい、つらい、死にたい、という。

「セラピスト」最相葉月

エンジェルは、自分の言葉で状況を説明できている。
それでも自傷と入院をくり返してしまって、投薬やETCなど、さまざまな治療をずっと受けて続けているのだ。

ユダヤ人強制収容所

ダッハウ収容所で1年以上を過ごし、そこで家族全員を失った女性。

p181
「現実を直視したら発狂して死ぬしかないのは、火を見るより明らかでした。そこで私は、自分の髪のことだけ考えようと決めたのです。収容所にいるあいだ、私は髪のことばかりを考えて暮らしました。いつ洗えるだろうとか、指で梳かしてみようとか、看守の前でどのようにふるまったら丸坊主にされずにすむだろうとか。

心を集中させられることを見つけたから、なんとか自制を保てたのです。それしか考えなかったから、現実を遮断できたのです。そのおかげで生き延びられたのでした。」

上巻(第三章)

しかし、最も辛い時期を凌いでも自殺の危険性がゼロになるわけではない。下巻には以下のような記述もある(上記の女性とは別のはなし)

p73
強制収容所の生存者の自殺率は高い。せっかく生き残ったのになぜ自ら命を断つのかと驚く人々もいるが、私にはそれほど意外なこととは思えない。

下巻(第七章)

イヌイット(=エスキモー)の人々

p352
イヌイットは大家族である。何ヶ月もの間ずっと、十二人ほどの家族が、普通は一つの部屋に集まり、辛抱強く家のなかにこもっている。

p362
イヌイットにとってうつ病はあまりに些細な事柄であり、誰にとってもあまりに歴然とした生活の一部であるため、何もできなくなるほどのひどい状態にならないかぎり、それを無視するだけである。

彼らは他人の心の状態にアクセスする文化がないので、不調を見てもただ放っておくしかない。
>「私たちのやり方では、誰かに、たとえ友達であっても、『それはお気の毒に』というのは無作法なことなのです。」

これらの地域では、うつ状態以外にも、以下のような精神疾患が現れることがある
・(実際は違うのに)ボートが浸水して溺れ死ぬと信じてしまう
・皮膚の下に水があるという訴え

銃乱射事件

p358
マレーシア人が「アモック」と呼ぶ状態=神経衰弱に始まり、錯乱した意識障害下で無差別殺人を犯す。うつ状態をへて自殺に終わる。東南アジアに特有とされていた

この「アモック」という状態は、アメリカでよく起こる無差別の銃乱射事件のことを思い起こさせる。これらの事件では犯人の多くが、最後は自害しているため。🐰💬

ウィキペディアに載っていた事件をざっくり集めてみたもの↓

注釈

巻末でとくにお勧めされていた本📝

躁うつ病を生きる(1998)ケイ・ジャミソン
早すぎる夜の訪れ(2001)ケイ・ジャミソン
黒い太陽(1994)ジュリア・クリステヴァ
数奇な芸術家たち(1964)ルドルフ・ウィットコウアー

上巻の装画「キュクロプス」オディロン・ルドン
下巻の装画「アポロンの二輪馬車」オディロン・ルドン



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