フリー台本:瞬き(旧版)【会話劇】【無料】
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登場人物
・男 (表記:男 ) :
・魔女 (表記:魔女 ) :
・ナレーション (表記:ナレ ) :
・佐藤さん (表記:店員1) :
・佐藤さん (表記:店員2) :
・佐藤さん (表記:店員3) :
・佐藤さん (表記:店員4) :
・佐藤さん (表記:店員5) :
本文
ナレ 「とある夏の夜」
店員1「失礼します。生2つお持ちしました……あれ? お1人ですか?」
男 「あ、連れはもうすぐ来るので、適当に置いといてください」
ナレ 「東京都内にある、ごく普通の焼肉屋」
男 「ふあーあ…眠いなぁ…」
魔女 「ごめん!! 待った?!」
男 「大丈夫。お酒がいま来たところ」
魔女 「本当に?! いやー!! 良かったぁ!!」
男 「でも僕はかれこれ30分待った」
ナレ 「僕と彼女のごく普通な一夜の物語」
魔女 「うぐ……申し訳ありません」
男 「と言うかさ、何で遅れたの?」
ナレ 「ただ、あえて特別な点を挙げるとすれば……」
魔女 「いやーそれが、電車とまっちゃってさぁ……」
男 「電車? なんで電車?」
魔女 「あれー? 前に言わなかった? 私、免許を持ってないって」
男 「いやそうじゃなくて」
ナレ 「それは彼女が……」
男 「箒使えばいいじゃん。空飛べるんだから」
ナレ 「魔女な事である」
※タイトルコールなど何かする場合はここで区切る。
魔女 「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁ……いやーーーーー!!夏はキンッキンに冷えたビールに限るね!!そしてお通しの枝豆も最高!! 茶豆とはわかってるねぇ、キミィ」
店員1「あ、はい。ありがとうございます」
魔女 「名前は何て言うの? ほむほむ。佐藤さん?」
店員1「はい。このテーブルのご注文は私が担当いたします」
魔女 「うむ。それじゃあ下がってよろしいよ。佐藤さん」
店員1「それでは失礼します」
男 「……店員に変な絡み方するなよ。困ってただろ、佐藤さん」
魔女 「そう? 嬉しそうな顔してたよ?」
男 「それは愛想笑いだから……と言うかさ」
魔女 「ん?」
男 「まだ乾杯してないんだけど……」
魔女 「あ、そうだったそうだった。かんぱーい」
男 「はい、かんぱーい」
魔女 「さてと、それじゃあ肉を注文しますか。店員さーん!!」
男 「わざわざ名前聞いといて、呼ぶ時は『店員さん』かよ」
店員1「お待たせしました。ご注文、御伺いします」
魔女 「えーと、タン塩9人前!! あとカルビ2人前」
男 「なんでタン塩ばっかり9人前?」
魔女 「え? だって好きでしょ? タン塩」
男 「いや突っ込み入れたいのは、9人前の方」
魔女 「どうせ私ら、タン塩、カルビ、タン塩、レバー、タン塩、野菜、タン塩、ホルモン、タン塩……て、タン塩による無限ルーチン組むじゃん?いちいち注文するのも面倒だし、最初にどっかりと頼もうかと」
男 「でもなんで9人前なんだよ?
普通、2人で来てるんだから偶数にしないか? 8とか10とか」
魔女 「え? 気分」
男 「お前なぁ…」
魔女 「あ、それと店員さん、なんか火がつかないんですけど?」
店員1「確かに……少々、お待ちください」
魔女 「はーい。よろしくねー?」
男 「別にいいんだけどさ。火、つけられないの?」
魔女 「ほら……カチカチやってるけど、つかないよ」
男 「いや、そうじゃなくて。君なら火くらいつけられるんじゃないの?」
魔女 「え? あー、魔法の話? うん、出来るよ?」
男 「ならそっちでつければいいじゃん。なんで……」
魔女 「ほい」
ナレ 「僕の言葉を遮り、目の前へと指を突き出す彼女。すると次の瞬間、彼女の人差し指から、爪の先ほどの小さな小さな赤い光が、前後左右へとたゆたうのが見えた」
魔女 「この程度の火力で肉が焼けると思う?」
男 「まぁ、無理だね」
魔女 「そういう事」
男 「しょぼいなぁ」
魔女 「こんな小さな火でも昔は、囃し立てられたんだけどねぇ……御仏の加護だーとか、九尾の狐の呪いだーとかさ」
男 「2つ目はそれ、囃し立てられてないよ?」
魔女 「あと、『おのれ妖術師、天草四郎時貞め!!』とかもあったかな?」
男 「だからそれ囃し立てられてない……ん? いや待った。え? なに? お前、島原の乱に関係してるの?」
魔女 「まさかー。今のは単なる冗談だよー」
男 「そうだよなぁ……そんな教科書に載る様な偉人と知り合いなんて」
魔女 「あ、でもあの人とは茶飲み友達だったよ? 何だっけ……? 織田……信中?」
男 「信長な。と言うかお前、それ天草四郎よりすげーから。日本人なら誰でも知ってる有名人だから」
魔女 「そうなの? まぁそれは置いといて……」
男 「そうとう凄い話なのに置いとかれた」
魔女 「今じゃ火なんて科学の力を借りれば、もっとお手軽にいくらでもつけられるのですよ」
男 「だから、魔法なんか使ってわざわざつけないと?」
魔女 「そゆこと。全く、それもこれも200年前くらいに、マッチとかゆー棒切れが登場したのがいけないんだ。オノレ、ジンルイ」
男 「唐突に人類を恨むのは辞めてください」
店員2「失礼しまーす。恐らくガスの元栓の安全弁が閉じているのだと思いますー」
男 「あ、じゃあ元栓をいったん閉めてまた開けばいけますよね?」
店員2「そうなりまーす」
男 「そのくらいなら自分らでやるので大丈夫ですよ。肉だけその辺に置いといてもらえますか?」
店員2「本当ですか? 恐れ入りますー」
ナレ 「店員が去ると共に、焼肉無煙ロースターとか言う、恐らく誰も正式名称を知らないであろう機械をいじくり出す彼女。何故かは分からないが、彼女はこういう類の物を弄るのが大好きなのである」
魔女 「ちなみに箒で空を飛ぶ時のスピードは、歩くのとほぼ変わらない。そんくらい遅い」
男 「それで普段は電車なのか」
魔女 「そもそも……あ、火が付いた。焼くからそのお肉とってー……ありがとう。そもそもみんな勘違いしてるんだよねー。魔法だから何でも出来て便利だろうってさ」
男 「違うの?」
ナレ 「刺身を思わせるくらい、赤く鮮やかな肉が、網の上でジュワジュワと音を立てながら焼かれていく……そんな様をボンヤリと眺めながら、僕は彼女の話に耳を傾ける」
魔女 「んーと、それじゃあ聞くけど、バイクってどうやって走るのかな?」
男 「え? 上に乗ってエンジン駆けて、ハンドルを握って……」
魔女 「あー違う違う。操縦の話じゃなくて。何が必要?って話」
男 「何がと言われても色々あるけど……まぁ、ガソリンとか?」
魔女 「じゃ、人間が歩いたり走ったりする場合は?」
男 「人間が……?」
ナレ 「何を答えるべきか思い悩み言いよどむ間に、彼女の手によって、網から僕の皿へと一切れの肉が放り込まれる。こんがりとした焼き色のついたハツは、皿の上でほのかに白い湯気を漂わせている」
男 「血液とか?」
魔女 「あのさぁ……ガソリンに対して血液って回答はどうなの?」
ナレ 「どうやら彼女がハツを載せてくれたのは、ヒントでも何でもなかったらしい」
男 「血液もガソリンも液体だろ? 良い線言ってると思ったけど」
魔女 「ガソリンはその場で無くなるけど、血は無くならないでしょ?」
男 「無くなるもの? んじゃ、カロリーとか?」
魔女 「そ。バイクだろうと人間だろうと、何かをするにはエネルギーを消費するでしょ?魔法だって、その辺りは同じなわけですよ」
男 「それじゃあ魔法は何を消費してるんだ?」
魔女 「彼氏の寿命」
男 「えええ?!」
魔女 「だったら面白いよね」
男 「殴るぞ?」
魔女 「本当は私の精神力と言うか、メンタル? ほら、ゲームでもあるじゃん? 体力はHPで、魔法使う時はMPみたいな?」
男 「あー、あるなぁ」
魔女 「結構、これがまたしんどいのよ。例えば箒で30分くらい飛ぶと、もうダメ。丸一日、何もやる気しなくなって文字通り指一本動かせなくなる」
男 「大変なんだな。魔法使うのって」
魔女 「ほんとねぇ……前にタカ君と付き合ってた時なんて、たいへんだったんだよ? あいつ『悪の秘密結社の総統になりたい』とか、いい歳こいて言ってるダメ男でさ。毎日、埼玉まで頑張ってご飯作りに行ってあげたりして……」
男 「……ふーん」
魔女 「あ、ごめん」
ナレ 「魔女であると言う事は、つまりは人間とは生きる時間が異なるという事な訳で。長く生きていればそれだけ多くの人間の男……時には女もあったかもしれないけれど……とにかく、彼女の半生を振り返ると、それはもう数多くの色恋沙汰があるとの事だ。僕はあまり人の良い方ではない。だから、そんな彼女の過去の情熱のエピソードを聞くと、何だか無性に腹立たしく感じてしまうので、基本的にその手の話はしない約束となっている。ただ……」
男 「あー、今日はいいよ。気にしないで」
魔女 「ありゃ? いいの?」
男 「偶にはね」
ナレ 「お酒のお陰なのか何なのかよくわからないが、この日は何故か、彼女の過去を彩る面々について知りたいと思った」
魔女 「でもねぇ……正直、あんまり話すことないんだよねぇ」
男 「ない?」
魔女 「そ。あ、焼けたよー。ほい」
男 「あんがと。ないって何で?」
魔女 「いやさー。みんな、あっという間に終わった関係なもんでさ」
男 「終わった?」
魔女 「うん。何かよくわかんないけど、皆いなくなっちゃうんだよねぇ」
男 「お前を捨ててどっか行ったって事?」
魔女 「いや。この世からいなくなっちゃうの」
男 「この世から?」
魔女 「付き合ってそろそろ1年だし、よっしゃ!!ここは1つ私の十八番、箒で空を飛ぶのを見せたるかーってやると、何でか、皆いなくなっちゃうんだよねぇ」
男 「……」
魔女 「あ、そうだ。君も見る? 箒で空飛ぶの」
男 「絶対にやらないでください」
魔女 「それと、箒で飛ばない理由はもう1つあるのよ」
男 「なに?」
魔女 「やると多分、新聞に載る」
男 「あー、空飛んでたら目立つもんな」
魔女 「そゆこと。あ、肉無くなったね。佐藤さーん」
店員2「御伺いしまーす」
魔女 「鶏もも!!」
男 「ピートロ!!」
魔女 「よっし!! 私の方が早い!!」
男 「別に早いからどうとかじゃないだろ…」
店員2「それでは失礼しまーす。鶏もも追加でーす」
男 「ピートロが無視された、だと? まさか、俺がスロウリィだったから……?」
魔女 「まぁ要するに、何をするにしても魔法使うより、科学に頼った方がエコなのよ。バイクでちょっと体力使う方が移動は楽だし、マッチでシュッとやる方が指先から火を出すよりよく燃えるの」
男 「なるほどなぁ」
魔女 「個人的には種も仕掛けもない奇跡よりも、種も仕掛けもある方がずっと凄いと思うんだよね」
男 「種も仕掛けもって?」
魔女 「それは勿論!! マジック!!」
男 「あー」
魔女 「だって考えてみ?あんな不思議な現象の数々がぜーんぶ、説明できるとかやばない?神様もっと手を抜けよ、仕事し過ぎだブラック過ぎんぞって」
男 「ブラックはお前の会社だろ」
魔女 「マジシャンまじパネェ。どれもこれも見た感じ魔法と変わらないのに、仕掛けがあるとか魔法使い舐めすぎでしょ。いつか私、マジシャンと付き合って色々と教えて貰うのが夢なんだー」
男 「仮にも今、僕と付き合っているんだから、そういうこと言うの辞めような?」
魔女 「はーい」
店員3「追加のお肉、お持ちしやしたー」
魔女 「あ、ついでにいいですかー?」
店員3「はいよ」
魔女 「生追加とー。あ、君は?」
男 「んじゃ、俺も」
魔女 「それじゃ、生2つね。それからさっきのお通し、美味しかったからお代わりできます?」
店員3「もちろん。生2つ、それとタコワサ追加ー」
魔女 「特にさーあれ、あのマジック凄くない? 雨を空中で止めるやつ」
男 「あーあれか? 前に、映画の1シーンにもなったりした」
魔女 「そそ。あれあれ。いやー。流石に魔女でもあんな奇跡起こせないからさー。昔からどうやってるのか気になって仕方ないんだよねぇ」
男 「割と簡単だぞ?」
魔女 「はい?」
男 「いやだから、雨を止める手品。原理は割と単純」
魔女 「……え? マジ? お、教えてください格好いい私の彼氏さま!!」
男 「ええ、今……?」
魔女 「何? 何か問題でもあるの?」
男 「問題は無いけど……」
ナレ 「困った僕は、一度瞼を閉じてゆっくりと考えてみる。果たしてどのように説明すれば、この朗読ライブと言う音声だけの情報伝達形式で、観客の皆様の眠気を誘うことなく、あの手品の種をお伝えできるだろうか?……と」
男 「こう言うとわかりやすいかなぁ」
魔女 「ん? 何が?」
ナレ 「再び目を開けるとそこには、さも今しがたのやり取りなど忘れましたと言わんばかりに、肉を網の上で転がす彼女の姿があった」
男 「だから、雨を空中で止める手品の種」
魔女 「あ、そうだったそうだった!! わくわくてかてか」
男 「お前、本当はどうでも良いと思ってないか?」
魔女 「そんな事ないない。ほら、こんなにワクワクしてるじゃん?」
男 「……まぁいいや。まず、お前は外の大通りに立っているとする」
魔女 「立ってないよ? ここ焼肉屋だし」
男 「そう言うつもりになれって話だから」
魔女 「ОK、かしこまりー」
男 「目の前には、電信柱がある」
魔女 「ないよ」
男 「だからイメージの話」
魔女 「あるのは美味しそうなピートロと、凛々しい君の顔だけだよ」
男 「……」
魔女 「どしたの?」
男 「ゴホン。道にいるとしたらあるよな?」
魔女 「多分ね」
男 「お前は必ず1秒毎に1回、瞬きをする」
魔女 「一定間隔で瞬きするとか何? 私、サイボーグ?ワルイケドワタシハマジョデアッテ、サイボーグデハナイ」
男 「だから前提条件に文句をつけるなって。と言うか思いっきり乗ってるじゃないか」
魔女 「ちぇー。冗談の分からない人だなぁ」
男 「道に並ぶ電信柱達は1秒毎に必ず、お前から見て一個手前の電信柱の位置に、一瞬で移動するとしよう。するとどういう風に見えると思う?」
魔女 「どうも何も、私は1秒に1回、瞬きするんでしょ?その時に動かれたって、何も分かんないよ?」
男 「そう。目を閉じている間に電信柱は動いちまうから、お前は移動したとは気づかない。つまり電信柱は全く動いていない様に見えるって訳。これが、雨が止まって見える原理さ」
魔女 「ほむ?」
男 「あの手品って、後ろで灯りを物凄い速度でピカピカやってるだろ?あの光が消えている瞬間に実は雨粒はもう下に落ちているんだけど、また灯がついた時に、まったく同じ場所に新しい雨粒が落ちてきているんだよ」
魔女 「なるほど。私の瞬きが光。電信柱が雨な訳だ!!」
男 「そういう事」
魔女 「いやーそうかー。すっごい観客にわかりにくい例え!!」
男 「やっぱりかー……あーそうだ。これで例えよう。いいか? 俺とお前……それからナレーションのお姉さんが電信柱だとするだろう?」
魔女 「私は魔女だよ? 電信柱じゃないよ?」
男 「だから……」
魔女 「ナレーションのお姉さんのこと、電信柱だなんて失礼だと思わないの?」
男 「次その手のボケを言ったらぶん殴る」
魔女 「はーい。もう言いませーん」
男 「瞬きをしている間に……あ、観客の皆さん、合図するまでちょっと目を閉じてください。ありがとうございます。それで、この間に俺達は一本ずつ隣のマイクの前に移動する……はい。目を開けてください。どうだ!! 移動はしているけれど、どのマイクの前にも変わらず誰かが立っているだろう?」
魔女 「なるほど。これは動いていない様に見えるねぇ……そっかそっかー……電信柱は、実は超高速で移動していたんだねぇ……」
男 「いや動いてないよ?」
魔女 「ありがとう。うっかりぶつからない様にこれからは目を見開いて歩くね」
男 「だから電信柱は動いてないって」
魔女 「あ、店員さん」
男 「うん、気持ちいいくらい話を聞かないなぁお前」
店員4「ご注文は?」
魔女 「追加でミノ9人前。それと特性梅ダレ持って来て」
男 「おい、なんで……」
魔女 「だってまだまだ食べるでしょ? どうせ、この後もミノルーチン継続するんだから、多めに注文していいじゃん?」
男 「だから9と言う半端な数についてだな……」
店員4「ついでに網も取り替えますよ」
魔女 「はーい」
男 「はぁ……」
魔女 「でも確かにそうだよねぇ」
男 「ん?」
魔女 「実際問題、瞬きする瞬間って、何も見えてない訳じゃない? でも私達は普段、瞬きと言う暗闇に世界が閉ざされる瞬間を意識しない。世界が閉ざされる刹那の事なんて、さも存在しないかのように思っている」
男 「まぁ確かに。意識しないと気づかないよな。瞬きって」
魔女 「だからさ。何も変わらずに以前から続いている様に思っているあれやこれが、実は私達の勘違いで、本当は何かが動いたり代わったり、或いは消えていたりするかもなわけじゃない?」
男 「まぁ、な」
魔女 「どうする? 今、目をほんの少しばかり閉じたらその瞬間に、何かが代わっていました……なんてことになったら」
男 「例えば? 電信柱が本当に動いてましたーみたいな?」
魔女 「なに言ってるの? 電信柱が動く訳ないでしょ? 頭大丈夫?」
男 「あのなぁ……」
魔女 「怖くない?って話をしてるの。私は」
男 「怖い?」
魔女 「そう。例えばここにあるお通しのタコワサ」
男 「お前がさっき、美味しかったからもっと欲しいって注文した?」
魔女 「うん。でももしかしたら、私が美味しいと最初に感じたお通しは枝豆だったのに、いつの間にか、それはタコワサって事になっていたとしら?」
男 「……」
ナレ 「言われてみると……最初に彼女は、茶豆が美味しいだのなんだのと言っていた気がする」
魔女 「さっき私と君で同時に注文した時、オーダーが通ったのは君が注文したピートロだったけれど、でも本当は、私の鶏ももの筈だったとしたら?」
男 「……」
ナレ 「唐突に僕は、ここ数時間の出来事の数々を思い出す。僕と彼女が何度も頼むほど好きな肉は、果たして本当にミノだっただろうか? また先ほど、彼女から魔法についての話を聞いていた時、ハツを焼いていた記憶があるが……そもそもあの時、頼んだ肉はカルビではなかっただろうか?」
魔女 「面白いよねぇ君達、人間って……何にも保証なんてないのに、当たり前の様に過去と未来が繋がっていると思っているんだもの」
ナレ 「その時の彼女の様子は今までに、一度も見た事のないものだった。目を少しだけ細め、口元に笑みを浮かべた彼女から醸し出される雰囲気は、白いTシャツにズボンと言う出で立ちであるにも関わらず、何処か妖艶な魔女を思わせるものであり……」
魔女 「そのくせ、ちょっとその不確かさを刺激してあげると、簡単に壊れてダメになっちゃうんだから」
ナレ 「真夏の夜、火元の傍、碌に冷房の効かない座敷席にいるにもかかわらず、僕は、身震いする様な悪寒を背筋に感じずにはいられなかった」
魔女 「あーれー? どしたのぉ? 何か額から汗が噴き出して来てるよー?」
ナレ 「酒に酔ったのだろうか? 明るく無邪気な声で笑う彼女の声が、グニャリグニャリと歪んだものに聞こえる」
店員5「お客様? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」
ナレ 「考えがまとまらない。視界の中にいる人影が識別できない。この人は誰だ? 店員? 他の客? それとも……? 分からない。分からない。何もかもが良く分からない」
魔女 「あ、大丈夫ですよー。この人、お酒飲むといつもこうなのでー」
ナレ 「よくわからないので僕は……」
魔女 「あいたーーー!!」
ナレ 「この悪戯好きな魔女をぶん殴る事にした」
魔女 「ちょっと何するのー!!」
男 「うるさい。お前いま絶対、何か変な魔法を僕にかけただろ?」
魔女 「え? 嘘? なんでわかったの?」
男 「あのなぁ……流石に店員の佐藤さん役のキャストが5人もいたらおかしいって気づくわ」
店員1「店員の佐藤です」
店員2「私も佐藤でーす」
店員3「拙僧も佐藤でやんす」
店員4「佐藤だYO」
店員5「佐藤です」
店員1~5「5人そろって焼肉ウェイター戦士、チーム佐藤!! 解散!!」
魔女 「そかー。敗因は佐藤さんかー。失敗失敗」
男 「辞めろよな。こう言う悪い冗談は」
魔女 「しょうがないじゃん。思いついちゃったんだからさ」
男 「思いついたってお前……」
魔女 「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなりって言うし? 一生なんて短いものなんだから、何か思いついたなら、その瞬間にやっとかないと損だよ、損」
男 「何だっけ? それ……」
魔女 「敦盛。ほら、ノブノブが好きだった奴」
男 「ノブノブ……あー、織田信長」
魔女 「うん。私さ。このフレーズ好きなんだよね」
男 「それはまた何で?」
魔女 「そうだと思うからね」
ナレ 「何の感情もなく、ふと彼女が口にしたその言葉……それは今日一番、僕の背筋を凍りつかせるものであった」
魔女 「うん。わたし1000年以上、生きてるからね」
ナレ 「言い換えればそれは、1000年生きる自分にとって、僕や過去の男達なんて、些細な一瞬の出来事に過ぎない……まるでそう言われたかのように、僕には思えたのだから」
魔女 「ふんふんふーん」
ナレ 「そしてそれはまた反対に置き換えても成立する……即ち、僕にとっての彼女もまた、刹那の存在にすぎず、例えば次に瞬きをした時、彼女の姿が消えてなくなっていたとしても、何もおかしくない……まるで、そう言っているかのような……」
男 「なぁ。今日、送ってくよ」
魔女 「あらビックリ。どうしたの?」
ナレ 「たまらなく怖くなった僕は、少しでも彼女から離れないでいられる様、柄にもない事を口にする」
男 「別に。偶にはそれもいいかなって思っただけだよ」
魔女 「んんー、怪しいなぁ」
ナレ 「まぁ最も……」
男 「まぁとにかく送らせてくれ。どうせお前、俺が一緒じゃないと帰れないだろうし」
魔女 「え? なんで? ……て、あれ? ふにゃあ? なんなー? 何か身体がだるいー」
男 「魔法使うとメンタルの消耗が激しいんだろう? さっき魔法使ったんだから、ろくに動けるわけないだろ」
魔女 「うううう、仰るとおりぃぃぃぃ」
ナレ 「心配せずとも彼女がいなくなるなんてことは、まず有り得ない事なのだが」
男 「と言う訳で、送ってくからな?」
魔女 「よろしくおねがいしますぅぅぅぅ」
ナレ 「おしまい」
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