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【読書】幸せの条件①〜震災を忘れない〜

 長野県旅行の計画を立てているときから、”旅のおとも本”は『幸せの条件』(誉田哲也,中公文庫,2015)にしようと決めていました。この作品の舞台は長野県であり、都会から遠く離れた地で活き活きと生活する人々が描かれていて大好きなのです。

 現在は新装版も出ているそうです。私は文庫本の水田で働く人とトラックを運転する梢恵ちゃんが描かれた挿絵がお気に入りなのですが、新装版もスーツと移植ごてのミスマッチ感が良いですね。作品らしさ全開です!

 この物語は、東京で働く梢恵が社長の一声で長野県まで赴き、右も左も分からない中で農業を体験するというものです。「バイオエタノール用の米を作付けしてくれる農家と契約をする」という使命を全うするために始めた農家の手伝いが、梢恵の内面を大きく変える様がとても素敵です。

 農業のすごさや梢恵の成長については別の機会に語るとして、今回は作中に登場する、東日本大震災について書きます。
 私がこの作品と出会ったのは2015年、震災から4年が経った頃でした。震災のことを忘れたわけではありませんでしたが、”東京で自分が体験したこと”よりも”テレビで見た映像”の方が記憶に鮮明に残っていて、あまり自分ごとではなくなっていたように思います。
 そんなときにこの作品を読み、まるで自分が体験したことがそのまま文章になったかのような描写に心がきゅっとしました。そして、”自分が体験したこと”が脳裏によみがえりました。

”空の弁当箱にゴムを掛け直し、納豆を捨てたゴミ袋に入れようとした、そのときだった。突如ガタガタと窓枠が鳴り始め、壁が軋み、床が大きく震えた。
「ちょっと、なになに。」
 独り言をいっていられるうちはまだよかった。次第に横揺れは激しくなり、クローゼットの扉が勝手に開き、衣装ケースが雪崩を起こし、正月に買ったばかりの液晶テレビが前に倒れそうになった。
 これはちょっと、普通の地震とは違う。外に逃げなければ--。”

「幸せの条件」誉田哲也(中公文庫)

 東京に帰っていた梢恵は、大きな地震に驚きます。テレビに映し出される映像に心を痛めながらも、「今自分にできることをしよう」と粛々と職場の片付けを行い、自分の居場所は長野県の農家「あぐもぐ」であると周りの心配を振り切るようにして長野県に戻るのです。

 大学卒業を控え、自宅で読書をしていた私は、梢恵と全く同じ体験をしました。はじめは地震に驚き、だんだんこれはただ事ではないぞ、と外へ避難し、部屋に戻ると割れた鏡の破片がたくさん散らばっていて、慌てて付けたテレビでは大きな津波の映像が流れていたのです。もちろん卒業式も卒業旅行もなくなりましたが、そんなことを言っている場合ではありませんでした。少しでも力になれたら、少しでも協力ができたら、そればかり考えていました。
 ”遠い地での大変な出来事”になりつつあったあの日の出来事が、この作品を読んで再び「自分ごと」になりました。そして、月並みの感想になりますが「みんなで支え合っていくこと」と「備えること」の大切さを改めて実感しました。

 恥ずかしながら、これまで私は「緊急避難袋」を準備していませんでした。あの日はまだ実家にいて、一人暮らしを始めた頃にはいつの間にか”遠い地での大変な出来事”になっていたために、自分の身に起こる可能性を考えていなかったのです。
 長野県旅の際、この作品を読み返し、慌てて「緊急避難袋」を準備しました。そして、あの日の出来事から、様々なグッズが販売されるようになったことを知りました。しっかり備えるとともに、2011年の被災地、そして今年被災した地の力になれるようにしたいです。まずは2つの地からお米を取り寄せることで皆様の一助になれたら、と考えています。

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