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ピンチの時こそ触れられる本当の「やさしさ」
スキマの世界にいると、人の「やさしさ」の意味をより濃厚に感じることがあります。私がお伝えしているスキマの世界の人は、社会制度からこぼれ落ちている人。そして、仕事や子育てなど、「やってあたり前」といわれがちなことをコツコツしている2つのタイプの人です。
この2つのタイプの人たちは、困っていることや行っていることが目に見えにくいため理解されないことが多く、結果的に、自分ができていることすら気づけない。孤独や孤立に陥ることが多くあります。
だから、人の「やさしさ」をなかなか受け取ることが難しいと思うのです。
なぜなら、世の中のあたり前のことができなかったり、やってあたり前と言われることをコツコツしているのだから。否定されることはあっても…。
コロナによって、みんなが人と会うことや好きな場所へ行くことが難しい状況になりました。そうです。今まであたり前と考えられてきたことができなくなった時間。
みんなが経験したからこそ、オンラインがいろんな場面で普及し、「リアルに会えるってすごいことだね」と感じたのではないでしょうか。
でも、その感覚をコロナ前から経験している人もいるんです。そして、コロナが終息したとしても、その状況は変わらない。
このことに、どれくらいの人が気づいているのだろう?
と、ときどき気になります。
「やさしさ」って、人によって伝え方も違うし、受け取り方も違います。
「大変なときだからこそ、厳しく接することがやさしさだ」
という人もいれば
「本当に必要なときこそ、ちゃんと手を差し伸べることがやさしさだ」
という人もいるでしょう。
個人的には、その人のやさしさってピンチの時にわかる気がしています。
具体的には
本当に相手の幸せを願い伝えているのか。それとも、世間体やその人自身の基準から外れないように伝えているのか。
という感じです。
今、みんなが経験できたからこそ、あたり前だと思っていたことがあたり前じゃなかったと経験しました。でも、だんだんと外出もでき、人とも会えるようになってきたことで、「リアルで会うのがあたり前だよね」という空気になりつつあります。
自由に動けなかった経験をしているのに、もう、忘れ始めている。だから、やっと、人と交流することができるようになったスキマの世界の人は、だんだんと辛い状況になっている人もいらっしゃると思うのです。
本当にやさしい人かどうかは、ピンチの時の言動ではっきりとわかるということですね。
自分がピンチじゃないのときに、いかに周りにいるピンチの人に思いを寄せ、歩み寄ることができるのか?
と、考え行動できる人が本当のやさしさを持つ人であり、私自身もそういう人でありたいと思います。
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