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考えゴト

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1つのテーマについて、あれこれ考えた記事。私なりの考え方。
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記事一覧

実家に帰省した

少し前、今度は自分の実家に帰省した。 しかし、双子がとてもよく動き回り、何かと騒がしくて大変! 自宅はもう双子の手が届く場所には物をなるべく置かないようにしているし、食事する時は椅子に座らせ歩き回れないようにしている。すなわち、幼児がいる家仕様になっているのだ。 しかし、実家はそうではない。しかも、そこここに置かれてあるのは自分たちの物ではないのだ。おまけに老猫までいる。たいそう気を遣う。めちゃくちゃ気疲れする。 双子がもう少し大きくなって落ち着くまでは(落ち着くって、一体

ポメラが壊れたその後

愛用していたポメラが壊れたという話を先日しましたが、それからのお話。 やはり外で仕事できないのは困るということで……購入したのだけど、それは新しいポメラでもなく、モバイルPCでもなく、Bluetoothのキーボード。 今後はスマホを画面にキーボードで打とうと思って。 昨日届いたものの、使用はこれから。使い勝手がまだわからないけど、少なくとも荷物は少なくなる。それだけでもうれしい。 あと、お安く済んでとりあえず助かった。 届いたキーボードを試し打ちしてみたら、配置などが違

自分に甘く、逃げ癖がある原因

何がきっかけで、そういう話になったのかわからない。今年のお正月、義実家から自宅に帰る前、義母のありがたいお説教が始まった。 要約すると、こう。 ・私は不満ばかりを言っていて、自分で何もしていない。 ・「家事は?」「仕事は?」「趣味は?」と聞かれる度に、私はいつも「苦手でできないんです」と答える→それはできないんじゃなくて、やっていないだけ。 ・家事も仕事も中途半端にしかやっていないから、仕事している時に家事が気になって、家事している時に仕事が気になって結果、何もできていない

【好き】を再確認できた幸せ

この年末年始、自分にとって2つの好きを再確認できた。ひとつは仕事で取り組みたいテーマ、もうひとつはいわゆる「推し」だ。 姉を出産する少し前から、2つとも自然と遠ざかってしまっていた。「これはやっぱり好きじゃない」とか「もう卒業かな?」と考えることもなく、日常の忙しさや現実感に流されて、大事なものをすっかり見失っていたようだ。 前者は、その中でもさらに限定されたテーマが自分にとって書きたいものなんだと気づいた。仕事に対するモチベーションがぐっと高まった。 後者は「推し」とい

言い方ひとつでまったく違う

姉がまだ赤ちゃんの頃、雑誌のたまごクラブを買うと、スリーパー(赤ちゃん用着る毛布みたいなの)が付録として一枚ついてきた。 しかし、それがマジックテープで止めるようになっていて、赤ちゃんが少しでも動くようになるとすぐに外れてしまい、我が家ではスリーパーとして使えなかった。 それを懲りずに先日、双子兄に着せてみたのだけど、やっぱり外れて脱げてしまう。 ダメだ、こりゃ。新しいのを買おうかなと一瞬思ったけど、「マジックテープを外して、スナップボタンをつければきちんと止まるのでは?

「また作って」と言われて

もう少しだけ、料理の話。 熱しやすく冷めやすい私は、今はもう作り方すら忘れてしまったけど……1年か2年くらい前にフレンチトーストを作ったことがある(また作りたいなあ)。 我ながら上出来だと、何より美味しくて私が食べたいからまた作ろうと自分で思っていた。 そのフレンチトーストを夫にも出したところ、「美味しいからまた作って」と言われた。 その時にも「お店に出せるレベル」と言われたかもしれない。はっきりとは覚えてないけど、夫からの料理に対する褒め言葉は決まってこれだから、たぶん言

自分軸がないから、優柔不断だった

私はとんでもなく優柔不断だ。 いつまでも決められずに延々と悩み続けてしまう。AがいいかBがいいか迷った場合、たいていAもBも両方ほしくて、でも、それが叶わないからいいとこ取りできる方はどちらだろうか? こっちの側面から見ればAだし、でも反対側から見ればBで……あ、やっぱりCという手もあるかも! A、B、C、一体どれがいいの?っていう具合で結論が出ない。欲張りでもある。 たいがい、それで時間を膨大に無駄にしてしまい後悔する。 そんなことばかりを繰り返してきた。結論はとどのつま

人のことを考えるのって大事

義母に、世の中には「自分のことだけ考える人」と「他人のことを考える人」の2パターンがいるという話を聞いた。 私は間違いなく前者で、同じ血筋とか類友で周りも自分のことばかりという人が多いように思う。 そんな中、義理の両親は「他人のことを考える人」だろう。 双子育児でアップアップしている私に、特に義母は自分のことは二の次で双子や上の娘、私の世話をしてくれた。 具体的には、自分の生活リズムを完全に私たちに合わせてくれ、食事も私たちを優先して食べさせてくれた。「産後は一人になりたい

その指摘を気にするかも自分次第

人に否定されるのが極端に怖かった ……の記事で書いたことを義母に話す機会があった。 義母は私のメンター的な側面があって、いろいろと人生に必要なことを教わっている。 前回の記事で、 指摘を受けた「遅さ」は、人の迷惑にならない範囲におさまるよう努力しなければならない。改善していかなければ。 ……と書いたけど、それを義母に話したら―― 「自分が直そうと思うのならね。そうでないなら、『遅い』も気にしなくていいんじゃないの?」と言われ、まさに目からうろこだった。 えーっ、気にし

人に認められるのを極端に欲している

昨日書いたのに関連した記事。 人に否定されるのが極端に怖くて、なるべく人と関わらずに生きてきたくせに。 人に褒められたい、認められたい。承認欲求が極端に強い。 それは否定の連続で育ってきて、幼い頃から褒められるという経験がほとんどなかったからだと思う。 私のすべてが渇望しているのだ。「もっと私を褒めて褒めて!」と。 しかし、在宅で仕事しているし、夫もまるで褒めるということをしない人。友人だって類友で同じく「私なんか……」というタイプや、そうでなくても、そんなに褒めたりし

人に否定されるのが極端に怖かった

昔から、些細なことでも人から「間違っている」「おかしい」と否定されることが極端に怖かった。 最近もとあることで、私のいない場所で偶然私のことを「遅い」と知人が話しているのを聞いて、ドキッとしてしまった。 私はひとつ間違いを犯したら、もう私という人間すべてがダメだといわれている、そして、実際にダメ人間なんだと自分で思い込んでしまう節がある。 だから、そんなことを言われないように(否定されないように)、なるべく人と関わらずに生きていっているのが実状なのだけど。 ※そのため、ツ

野球で年齢を感じる

高校生の頃、高校野球を見て同じ年齢の選手が活躍しているのを見てびっくりした。 なぜなら、それまで高校野球の選手はみんな年上で手の届かないお兄さんたちという感覚だったから。 それがいつの間にか同世代になってしまい、あっという間に私は選手たちの歳に追いついた。 もう、こんなにも歳を取ったんだなと初めて感じた時だったかもしれない。 そして最近、今度はプロ野球でなんというか、まあおののいている。 私は中学高校と上原浩治投手が大好きで、父の影響もあり一時期は巨人党だった(最近はさっ

子どもの頃の記憶があまりない

夫が娘を見て言う。 「俺もこのくらいはよく走り回っていた」 このくらいって……娘、今2歳なんですけど? そんなの、覚えてるもの?? 私は全然覚えてない。 おそらく最古の記憶こそ2歳くらいかなと思うんだけど、六甲山の夜景を見ながらおそらく父に抱っこされていた。母と父方の祖父母も一緒だった……と思うんだけど、それも本当に記憶なのか夢なのか、多少アレンジされているのかわからない。 何しろ、幼稚園に入るまでの記憶なんて数えても5個くらいしかないような気がする。 幼稚園に入ってから

家の中の避暑地

実家の階段はかね折れ階段と呼ばれているもので、途中に小さな踊り場がある。壁には大きな窓が備え付けられていて、風がよく入った。 私は密かに家の中の避暑地だと思っていて、夏には階段の踊り場で過ごすことがあった。特に今ほど猛暑でない子ども時代、部屋はエアコンをつけていなかったのでそこが一番涼しかった。 まだ小さい頃は、弟たちと階段を何段かずつに分けてお店屋さんごっこをしたこともあるし、中学生の頃は踊り場で英単語を10回ずつ書くという夏休みの宿題もした。 大人になってからも、なんと