悲しむ間がない喪主 ~介護と癒し~
母が亡くなり、その途端からなんだか大忙し。
次の日の18:30から通夜式。
その次の日には、10:00から告別式。
その次の日の午前中は、区役所にいって死後事務手続き。
午後は、一人で施設の退去対応・・・。
初めての経験でもあるし、事前にちょこっと勉強や準備をしていたものの、あわただしい日々でした。
もっと高齢になってから対応することになろうものなら・・本当に大変と言わざるを得ません(-_-;)
いざ、式を迎えるための事前準備
母の様子を伺いながら、どうかな?と感じ始めたころに、お寺と葬儀社には状況連絡をしておきました。
これが、事が起こってから、一から手配が必要となると、さらに喪主の負担は増えるように感じます。
ご住職が、お彼岸にもかかわらず、友引をさけて、最短でご対応いただけたのは幸いでした。
葬儀社には、交通の便はあまりよくなかったのですが、最短で空いている会館を教えていただき、火葬場の手配もいただきました。
これらが全てそろわないと、お式までいかない・・。
関東では特に、火葬場があいていないので、亡くなってから数日、式まで待つ場合が多いという話を葬祭ディレクターの方から伺いました。
後から確認して分かったのですが、会社での忌引き休暇は一般的に3日程度。
ビジネスパーソンにとって、やはり時間は大切。
亡くなったタイミングも含め、母には感謝でした。
元気なうちに確認しておきたいこと
・遺影にしたい写真
・お棺におさめたいもの
母は、時折「お葬式の写真、撮影しとかな!」と言うことがありましたが、実際にそれは叶いませんでした。
今思うと、私の中にも「そんな先のこと・・」とか「そんなこと起こるなんて・・」というものがあったのだと思いますし、積極的にそうしようとはしませんでした。
結果的に、母の遺影の写真は、私が勝手に、母のアルバムを見て選んだものです。
コロナ禍以前、母はフラダンスを習っていたこともあり、お棺には、気にいっているフラのドレスを入れてほしいと聞いていました。
薄い緑色がベースで、ところどころオレンジの模様が入った、フラの服としては、落ち着いた感じのドレスです。
いよいよだな・・と感じ始めた時に、クリーニングを依頼し、レイ(首飾り)と一緒にお棺におさめました。
施設では、私と妹の写真も飾っていましたので、それも一緒に?と思いましたが、生きている人の写真は、お棺におさめないほうがいいそうです。
式の間は、母の好きだった曲「涙くんさよなら(坂本九さん)」を流していただきました。
ささやかな家族葬。
母は、20年以上祖父母の介護にかかわっていたことを思うと、私は在宅も含め、たったの3年。
お互いに、駆け抜けた3年だったね。
最期を過ごした施設の退去
私にとっては、ここが一番思い出の場所。
亡くなる日までの約3週間、ほぼ毎日通って、母と過ごした施設の部屋です。
しっとりするつもりで行ったものの、全くその時間なし!(笑)
以前の施設から引っ越しする時に、かなり持ち物は少なくしたつもりでしたが、「これは実家に」「あれは施設で廃棄」と分別していたら、赤帽さんから電話。
「ちょっと早く着いたので、もう始められるのですが・・」
それは、とっても助かるものの、結果的に、汗をかきながら走りまわりながら荷造り!(笑)
情緒的な時間はありませんでした。
ただ、施設を後にする直前、ご挨拶をしたい方がいました。
となりの隣の部屋にご入居の90代の男性。
いつも母の部屋で仕事をしたり、マッサージをしている時に、ドアを開けっぱなしにしていたので、「今日もお疲れ様です」とお声がけいただいていました。
ちょうど食堂にいらっしゃり、「実は母が亡くなって・・」と話を始めると、「あ~亡くなったの・・」と目に涙を浮かべ下さり、この施設で亡くなった奥様と重なったと。
本当に気さくで、優しい方です。
こちらの施設でお世話になったのは約2か月でしたが、いろいろな方にサポートをいただき、感慨深さを感じるのも束の間、お待たせしている赤帽さんの元へ急行!(笑)
初めての喪主。
誰しもそうだと思いますが、貴重な経験をさせていただきました。
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