山下達郎の色彩感。松田聖子の季節感。そして、五木ひろしの単語歌謡最高峰。
山下達郎のアルバム『RIDE ON TIME』がアナログ盤で再発売され、好調に売れ行きを伸ばしている。
1980年、シングル「RIDE ON TIME」が大ヒットした直後にレコーディングされ、発売されたアルバムだ。また、ドラムの青山純、ベースの伊藤広規など、フレキシブルな演奏力をもった固定メンバーを迎えて初めて制作されたアルバムでもある。そのため、予算的にも技術的にも、それまでのアルバムに比べて余裕をもってサウンドを練り上げることができた。タイトル曲のアルバムヴァージョンのほか、「いつか」「夏への扉」など、その後のキャリアにおいても重要となる作品が多く収録されている。
A面2曲目に収録された「DAYDREAM」は、一般的な知名度はあまり高くないものの、ファンには人気の高い一曲だ。ライブでは「SPARKLE」に続いて2曲目に演奏されることが多い。ライブヴァージョンでのイントロでは、「SPARKLE」に引けをとらないくらいキレのあるカッティングを聴くことができる。
この曲は、サウンドはもちろんのこと、吉田美奈子の歌詞も秀逸である。様々な色の名前を並べながら、夏の午後のまどろむような空気感を見事に表現している。普段あまり聞くことのないような難しい色ばかりなのに、何故か、色鮮やかな夏の空の色彩感が聴く者の頭の中に情景として浮かんでくる。
この曲について、山下達郎はアルバムのライナーノーツで以下のように書いている。
色を表す単語を並べただけなのに、情景が広がる。技巧的になりすぎず、しかし計算され尽くしたメロディーと言葉とのバランス感。そう、これはまさに最高傑作なのである。
この系譜上にあるのが、Superflyの「愛を込めて花束を」だ。大サビで色の名前を列挙している。「DAYDREAM」ほどの色彩感は感じないものの、これはこれでいい曲ではある。
単語を並べることで表現力が発揮された曲は、ほかにもある。真っ先に思いつくのは、松田聖子の「風立ちぬ」だ。松本隆作詞、大瀧詠一作曲による1981年のヒット曲だ。
頭のサビの後、いきなり「涙顔見せたくなくて すみれ・ひまわり・フリージア」である。花を表す単語を列挙している。この曲は秋の高原を舞台にしているのだが、これらは秋の花ではない。
前後の文脈とは関係なく花の名前が並ぶ。しかしそれらは、秋の情景と違和感なく溶け込む。花の名前がもつ音の響きがそうさせているのだろうか。「風のインク」「色づく草原」「首に巻く赤いバンダナ」など、色彩感あふれる言葉との親和性も感じられる。
そして、「単語歌謡」(と勝手に名付けてしまった。タンゴ歌謡ではない。)の最高峰は、おそらく「よこはま・たそがれ」だ。五木ひろしが1971年に発売した大ヒット曲だ。
作詞は山口洋子。五木ひろしには、ほかに「夜空」や「千曲川」などを提供している名作詞家である。
五木ひろし よこはま・たそがれ 歌詞 - 歌ネット (uta-net.com)
https://www.uta-net.com/song/567/
終始、単語の羅列でありながら、ストーリー構成は完璧である。
1番から3番まで、ホテルの部屋、場末の酒場、波止場と舞台を変えながら、一人残された男の諦観と無常観とを見事に表現している。
単語だけで聴く者を説得させるというのは相当の技量を要する。そして、それに成功した楽曲は色彩感や季節感などにあふれ、不要な説明をすることなく情景が浮かぶほどの名曲となるということだ。
最後に、歌謡曲ではないが、ビリー・ジョエルが1989年に発表したヒット曲「We Didn't Start the Fire」にも触れておきたい。サビ以外はすべて、歴史上の出来事を列挙しているだけであるが、それでもビリー・ジョエルの歴史観やメッセージ性といったものを聴き手は感じ取ることができる。