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「自由と責任」の本当の意味


#DIAMONDハーバードビジネスレビュー

Netflixの「自由と責任」

2009年に発表されたNetflixの有名なスライドがある。タイトルは”Netflix Culture: Freedom & Responsibility"

その最初の5枚目から9枚目のスライドに辛らつなコメントがある。

・多くの企業が聞こえの良い企業価値(Value:バリュー)をオフィスのロビーに飾っている。
・典型的な企業価値とはIntegrity(高潔/誠実)、Communication(コミュニケーション)、Respect(尊重)、Excellence(卓越)といったものだ。
・しかし不祥事でトップが刑事責任を追及され結果破綻したエンロン社(Enron、米国の総合エネルギー取引・IT企業)もこういった企業価値をロビーに飾っていた。
・本当の企業価値とは、聞こえの良いものでは無く、誰に報酬を支払い、誰を昇進させ、誰に辞めてもらうのかが明示されているものだ。
・Netflixでは9つの企業価値を定めている。(以下原文参照)

さらに23枚目には次のような文言がある。

Unlike many companies, we practice adequate performers gets a generous severance package.
多くの企業と違って、ネットフリックスでは十分良いというわけではないが、かろうじて要求を満たしているレベルの社員には割増退職金を含む市場レベル以上の退職条件を提供する。

今回ご紹介しているHBRの記事では、同社が組織文化形成において重視している視点として「自主性・当事者意識」、「人材選別」、「情報共有」の三点を紹介しているが、この「人材選別」には上記のような背景がある。

スライドのタイトルにある通り、官僚的な組織文化を排除するために、「自由」、すなわち権限移譲は徹底するがその代わり普通のパフォーマンスを発揮しているのであれば辞めてもらう、すなわち「責任」は重い、ということだ。

人材選別と人材開発

これと同様な組織文化を感じるのがGoogleだ。同社の人事の様子は「Work Rules!」に詳しいのでそちらを読むとよく理解できる。そこには人材開発に大きな予算と手間をかけている多くの企業と違って、優秀な人材の採用に予算と手間をかける様子が描かれている。

私自身グローバル規模の会社で人材開発を担当するダイレクターを務めていたことがあるが、人材開発の効果ほどその成果が数値化できないものは無い。もちろん座学研修のフィードバックを分析したり、職場に戻ってからの定性的な効果のサーベイは行うが、本当に売り上げや付加価値の何パーセントに寄与したのか定かでは無い。口ではROIを最大化する、と言っても本当にそれを示すことができるプログラムは決して多く無い。以前米有名企業のHRが「ROIの測定手法の研究に時間をかけるぐらいなら、プログラムの充実に時間をかけることをお薦めする」と言っていたのが印象深い。

もし人材採用で組織に高い付加価値を提供できるスターパフォーマー人材を採用できるのであれば、成果がはっきりしない人材開発に投資するよりも余程組織への影響が大きいはずだ。

人材開発に力点がある企業が多い訳

それではなぜそれでも実際には人材開発に力点がある企業が多いのだろうか。彼らが流行遅れだからだろうか。

どんな優良企業の「科学的な」採用とて、100発100中な訳では無いだろうし、スタープレイヤーが長く同じ企業に勤めるかどうかは疑問だ。万一スターパフォーマーが勢ぞろいしたとしよう。企業はスターパフォーマーだけでは成り立つのだろうか。転職意欲の少ないソリッドパフォーマーも必要なのではないだろうか。野球やサッカーのチームでどれだけ大きな予算を掛けて有名プレイヤーを集めても勝てないことがある。それと同じようなものだろう。

「自由と責任」は実践できれば大変素晴らしいと思うし、「大人の社員」ばかりいれば組織にはルールや官僚が不要で、間接費をかけずに、組織として素晴らしい成果を上げることができるのは間違い無いだろう。しかし本当にそれができる企業は今のところ残念ながら人握りでしかないようだ

「自由と責任」はシビア

営利企業である限り、好業績を挙げていると、成功であると見られがちであるが、好業績企業で働く社員が皆幸せを感じているかどうかはわからないし、好業績が永続的に続くかどうかもわからないしかも「自由と責任」の実際はシビアだ。

ネットフリックスの最高人事責任者「NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く 」を書いたパティ・マッコード。彼女はNetflixの創業からその組織文化を築き、最初に紹介した同社のCulture Deckの共同執筆者だ。しかし彼女自身も2012年に会社がDVDのメールオーダーからストリーミングサービスに事業再構築をする際に「寛大な退職条件」を受け入れている

「深く短く」と「浅く長く」

一年ぐらい前にLinkedIn日本の講演を聞いた際に面白い話があった。昨今Employee Experienceとして、社員のエンゲージメントを採用から退職まで全プロセスで上げるようにする手法をコンサルタント会社が提案することが多いが、シリコンバレーではIT技術者が市場でなかなか採用できなくなっており、しかも彼らは転職に躊躇しないので、Employee Experienceの時間軸が極端に短い、のだと言う。短期間しかいない社員のEmployee Experienceを高めるには「深く短く」する必要がある、というのだ。

NetflixもGoogleも明らかに「深く短く」が主体の社員で成り立っている。逆に言うと、日本のようにメンバーシップ型雇用で、Emplooyee Experienceの時間軸が長い場合は、「浅く長く」とっている。

コロナ禍を契機にメンバーシップ型雇用をジョブ型雇用に変えよう、という勇ましい声が多い。他のコラムで述べたように私自身も前職ではジョブ型へ変化させた張本人だし、そういった変化は大歓迎だ。しかし実際にその変化がすべての日本の業界で地滑り的に起きるかというとそうは思えない。

陰陽と二元論

米国発の考え方は多くの場合二元論的でわかりやすい。白黒がはっきりしている。だからと言ってそれがビジネスの実際の場でオールマイティに適用されるかどうかと言うとそうではないだろう。ビジネスの場には白も黒もあればグレーもある。その割合はNetflixがスライドデッキの最初のページに引用している陰陽のようにダイナミックに変化する。

企業人事に関わる人は、常にアンテナの感度を高めて、新しい考えを学び、自らの現場に適用して考えるとどういう変化を起こせるのだろうか、と自問自答しなければならないしかし、企業人事の実践者は、身銭を切らないコンサルタントや学者、逆に企業を所有するオーナー経営者とは違い、単に他社でうまくいっているらしい手法をそのまま使うのでは無く、自分自身の企業のおかれた立場、組織文化にあてはめると、どのような変化を起こせるのかプロとして迅速に熟考し経営に提案することが求められる。それこそが真のビジネスパートナーではないか。

(本記事の内容についてより詳しくご相談されたい方はこのリンクからコンタクトください。組織文化の分析、組織文化の変革のための具体的な手法についてお手伝いいたします。)



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