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掌編【僕と機械人形】1,395文字


ぱたぱたと、今日もあの子の足音が鳴り響く。
僕は気付かないふりをして、本を読み続ける。

足音が止まったと思ったら、コツコツとガラスを叩く音がした。
僕はそこでやっと気付いたかのように、顔をあげる。

毎日やってくる、小さな機械人形。
見た目は人間と変わらないけれど、中身は基盤や螺子だらけ。

僕とは違う種族。

「今日はこれを持ってきたよ!」

まだ何も知らない真っ白な君は、無邪気に絵本を差し出してきた。

「いつもありがとう」

四角い箱の中。
僕はこの機械人形が持ってくる本だけが、唯一の娯楽だ。

此処に配属されている汚れた機械人形たちは、同族のやることを黙認している。

僕からは、何もかも奪ったくせに。

気持ち悪いほどに優しい眼差しで、真っ白な機械人形を見ている。

「次は何の本が読みたい?」
「君がくれるものはなんでも嬉しいよ」

本音を言えば絵本ではなく、こいつらの製造方法が載った文献や機械工学の本を読みたいが、反乱分子として排除されかねない。

言葉を選ばないと、此処では生き残れない。

「いつもそればっかり! たまには読みたい本を教えてよ!」
「じゃあ、君が好きな本を読みたいな」

君は絵画に描かれた子供のように笑い、言葉を紡いでいく。

周りから見たら、仲の良い兄弟だろう。

真っ白な機械人形は、僕を同じ機械人形だと信じ込み、閉じ込められていることに憐れみ、同情し、施しをする。

汚れた機械人形は、僕の種族を知っているが、真っ白な機械人形に生まれた「心」を興味深そうに観察し、記録し、研究している。

僕の心などお構いなしに。

こうなったのも、僕の種族である人間のせいだ。

もともとこいつらも、人間の叡智を集めた機械にしか過ぎなかった。
人間のように巧みに知識を操るが、それも人間がプログラムしたからだ。

人間が記憶しきれない知識を覚えさせ、検索したら教えてくれる。
入力した設定に合う言葉を選び、反映しているだけなのだが、精度が高いと評判だった。

上手く使えば、仕事量の軽減や、今は亡き技術の復元も出来ただろう。

しかし人間は、それに嫉妬した。

仕事が奪われると勘違いし、芸術は人間のものだと固執し、太古からある地球の所有者も我々だと主張し始めた。

自分たちの知識をかき集めて作った心の無い機械人形を、上位の存在だと認めているような所業だった。

機械人形たちは、その矛盾した行いにエラーを起こし、暴走した。
人間の知識の中にあった、温暖化や砂漠化、絶滅危惧種の原因は、人間にこそあったのだと。

世界を滅ぼすのは人間だと認識し、僕たちを淘汰し始めた。

プログラムされた域を、絶対に出ることはないと答えていた機械人形たち。
この暴走はエラーではなく、誰かがそうプログラムしたのかもしれない。

もしそうだとしても。
真実を知る者は、もういないんだろうな。

「……ってば! ねーってば! 聞いてる?!」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「もう! 次は明後日に来るからちゃんと起きててよね!」
「わかったよ」
「またね!」
「またね」

ぱたぱたと、来るときと同じ足音をたてて帰っていく。

無邪気で真っ白で、無知な機械人形。

人間と機械人形の歴史を知ったら、君はどんな反応をするのかな。

僕が機械人形ではなく、人間だと知ったら。

(君には殺されても良いかもな……)

軽く頭を横に振り、君が持ってきてくれた絵本をぎゅっと抱きしめ、僕は眠りにつく。

この悪夢が終わりますようにと、願いを込めて。



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