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ヴィロンの森 第三章 ヴィロンの一族

次の日の朝早く、少女は兄に起こされました。
「お兄様、まだ眠いわ」
「早く」
少女は目をこすりながら急いで侍女に服を着せてもらい、又、髪を結わえてもらうと、急(せ)かす兄の後ろについていきました。

博士は机に向かって何やら書き物をしていたところでした。
「お二人そろって朝早くからどうされたのです?」
突然の二人の来訪(らいほう)に驚きましたが、にっこりとして博士が尋ねました。
「教えてほしいんだ。銀髪で瞳の色がエメラルド色の人は、どこの国の人なのかな?」
オーギュストの単刀直入(たんとうちょくにゅう)な問いに博士はとても驚いたようでした。けれどすぐにうーん、とうなり、
「銀髪にエメラルド色の瞳ですか……」
と視線を宙(ちゅう)に浮かせながら考え始めました。
「肌もとても白いの」
その少女の一言に何か思いついたようでした。
「少々お待ちください」
と言い、奥の書棚を探し始めます。

数十分して、一冊の古いリーヴルを持って戻ってきました。そして、そこの何頁(ページ)かを開き、2人に見せます。
「あっ、ラルフに似てる!」
少女がその頁の絵を見るなり言いました。
「ラルフ?」
博士が不思議に思って尋ねました。
「兄様が言った、銀髪で瞳がエメラルド色の人よ。その子の名前なの」
そこにはラルフに似た銀の髪、白い肌ーーラルフよりはくすんでいるように見えますがーー、エメラルドの瞳をして、白い衣装を着た大人らしき男女と子どもが描かれていました。その後ろには森らしき絵が描かれています。
「これ、何て書いてあるんだい?」
絵の横に記載してある文字が難しくて二人には読めず、オーギュストが尋ねました。
「ヴィロンと書いてあります。その下には妖精と記載されています。つまりヴィロンという妖精ですね」
「妖精!」
二人は顔を見合わせました。博士は次の頁を開きました。
しかし、そこには絵はなく、ただ難しい文字が並んでいるだけでした。
博士は、その文字を指で追い、
「こう書いてあります。ヴィロンとは森の妖精の一族で、非常に白い肌、エメラルドの瞳、整った顔立ちをしており、動物と親交を持ち、また、音楽に非常に秀でていると」
「合っている!」
オーギュストが言いました。
「博士、ここに書いてある妖精の特徴(とくちょう)が、私達が出会った子と一致しているわ。これってどういう事かしら?」
アリアンヌは、そう言うと、ラルフの事を話し始めました。

博士は驚いた顔をしながらも黙ってその話を聞いていました。
話が一通り終わると、うーん、と声を出しながら、宙を見つめ、しばらく考えていました。   
そして、数分後に、
「そうですか……彼は、おそらくヴィロンの一族ではないかと思います」
と、ニコリとしながら言いました。
「それは凄いことだわ!」
少女が感嘆のため息をつきます。
博士はさらに何かを思いついたようで、本をパラパラとめくり、ある頁を二人に見せました。
「ここにヴィロンは、非常に人間の子どもが好きで、よく子どもの前に姿を現すと書いてあります。そこからも、彼がヴィロンであると推測(すいそく)できます」
「だから、ロジェ達は彼に会えなかったのね」
アリアンヌが言いました。
「あと、ヴィロンの一族は、十年に一度、森から森へと移動するようです。彼との出会いは非常に貴重なものと考えて良いでしょう」
それを聞くと、二人は顏を見合わせました。
「それはとても光栄な事だ!」
「本当だわ!」
その時、ちょうど奥から、博士の弟子のギデオンが飲み物を持ってきました。
「ありがとう、ギデオン」
博士は礼を言い、飲み物を受け取ると、二人の前に置きます。
「今朝、農場から届いたミルクです。よろしければどうぞ」
「ありがとう」
二人は喜んでカップを手にし、コクコクと飲みました。
「ヴィロンについては、確か、この本にしか載っていなかったと思いますが、他の書物に記載がないか、念のため見ておきましょう」
「それは助かるわ」
「そしたらまた後で来たらいいかい?」
「えぇ、これから国王様にご依頼された書物を書かなければいけませんので、できましたら二、三日後に」
「分かった。では、また二、三日後にまた来よう」
「ありがとうございます、また」
二人は博士にお願いして、博士の家を後にしました。

「妖精ですって! なんて素敵なのでしょう」
アリアンヌが興奮気味にそう言うと、
「まったくだね!」
と、オーギュストも声を弾ませながら答えます。

宮廷に戻ると、丁度、礼拝(れいはい)の時間になるところでした。
礼拝室に行くと、国王の妹で、二人の叔母に当たるイレーヌと入口で遭遇(そうぐう)しました。
「おはよう」
叔母が声をかけると二人は駆け寄り、
「叔母様、あのね、私たち、妖精に会ったかも!」
「とても笛がうまい妖精なんだ!」
と、頬を紅潮(こうちょう)させながら言いました。
「妖精? まぁ。それは素敵だこと」
「本当だよ、叔母様! 僕も見たんだから」
叔母があまり驚かなかったので、オーギュストは自分も見た事を強調して言いました。
「オーギュストも見たの? 二人して良かったわね」
「本当だったら!」
「えぇえぇ、信じていますとも」
イレーヌはニコニコして、二人の頭を撫でました。
オーギュストは叔母が自分達の話を信じてないように思えたので、再び主張しようとしましたが、
「おはよう、アリ。オーギュスト」
と、国王が向こうから声をかけてきたため、やめました。
「おはようございます、お父様」
アリアンヌは父に駈け寄るなり、抱きつきました。
「あのね、お父様、私……」
父にも妖精の話をしようとしたら、丁度、司教(しきょう)が入ってくる合図がしました。
「アリ、後で聞こう」
「はい、お父様」
アリアンヌは一番末の子で、第十三王子のラファエルの横に座りました。

礼拝が終ると、国王の元へ家来が急いでやってきて、なにやら耳打ちをしたため、国王はすぐ礼拝室を出て行きました。
父親にラルフの話をできず、残念に思いながら、アリアンヌは叔母や兄弟達とともに朝食に向かいます。

「僕も会ってみたい」
朝食の席で十一番王子のアレクサンドルが、オーギュストとアリアンヌの話を聞くなり、そう言いました。
「アレクも今度来るといいわ」
アリアンヌは十番目の子で、アレクサンドルは三つ下の弟なのです。また、アレクは愛称でした。
「ほんと!? 次行く時は必ず声をかけてね」
「えぇ、約束よ」
アレクサンドルがとても嬉しそうにしました。
「おねぇさま、ぼくも行きたい」
ラファエルが申し出ます。
「あぁ、お前はお父様が外出を許可したらね」
ラファエルは五歳になったばかりで、アリアンヌに続いて、なかなか外出が許されなかったのです。
「うん、ぼく、おとうさまにおねがいする」
ラファエルも嬉しそうにして言いました。
「まぁまぁ、楽しそうなお話はさておき。アリ、舞踏会(ぶとうかい)用のローブができたの、後で着てごらんなさい」
叔母がパンを少し口にした後、そう言いました。
「やっとできたのね!」
「アリもついに舞踏会デビューか」
第一王子が言いました。
「待ち遠しいわ、舞踏会に出る事に本当に憧れていたの」
「三ヶ月後か、ダンスをよく練習しておくんだぞ」
「えぇ、お兄様」

少女は朝食を食べ終わるとすぐに叔母に声をかけ、衣裳(いしょう)部屋に行きました。
「これは!」 
衣裳部屋の中央の机の上には、青色のラメの生地が使われた、少し大人っぽく、又、大変華やかなドレスが置かれていました。
「素敵!」
「どう、気に入った?」
後から来た叔母が、部屋に入るなりそう尋ねてきました。
「えぇ、とても気に入ったわ。早く着てみたい」
少女がきらきらした瞳でそう言うと、叔母は手を叩き、
「さぁ、皆! アリにドレスを着せてちょうだい!」
と、周りにいた侍女たちに指示したため、人々はてきぱきと少女にドレスを着せていきました。
「コルセット、きついわ」
コルセットを締め上げられたのが、あまりに苦しかったので、侍女にそう言いました。
「申し訳ありません!」
侍女の一人が慌ててコルセットを緩めました。
「あぁ、いいのよ。それくらいがちょうどいいの」
叔母が横から入り、再びコルセットを締めました。
「でもきついわ、叔母さま」
「これくらいが美しく見えるのよ。慣れなさい」
ドレスを着せられると、次は椅子に座らされ、髪を結いあげられました。「アップでね。でも、子どもっぽくならないようにしてちょうだい」
叔母の指示で、侍女が丁寧に髪を結っていきます。
もう一人の侍女はその横から少女に化粧をしていきました。
「ルージュは少しローズっぽい色がいいわね。そうそう、その色」
侍女が持っていた紅を混ぜ合わせ、叔母に言われた色にしたものを少女の唇に塗っていきます。
「チークももう少し、ローズを足して……でもそんなに強くならないように」
チークも配色し、出た色を丁寧に両頬にのせていきます。
「本当、お前はお姉様に似て肌が本当に良い事。化粧がよく映えるわ」
「お母様は綺麗なお肌をしていたの?」
「えぇ。まるでペルルのようだったわ」
「ペルル! とても綺麗だったのね!」
そして、全てが終ると、少女はその場に立たされました
「いいじゃない! ほら! アリ! 鏡の前に立ってみなさい」
叔母に急かされ、アリアンヌは鏡の前に立ちました。

そこに映った自分の姿といったら! まるで自分じゃないようで驚くばかりでした。
「なんてお似合いなのでしょう! それに華やかで大変お綺麗ですわ」
侍女がため息をついて言います。
「ありがとう」
「自分でもよく似合うと思うでしょう?」
叔母がニコニコしながら尋ねます。
「うーん、でも、自分が自分じゃないみたいで……」
「お輿入(こしいれ)の際の王妃様を見ているようですわ」
侍女長が口を挟みました。
「そう言えば、お姉さまもブルーのドレスだったわね」
「あの時の王妃様と言ったら、まさしく輝くばかりのお美しさでしたが、お姫様も全く負けておりませんわ!」
アリアンヌは褒められてなんだか恥ずかしくなり、顏を少し赤らめました。
「今日は、お兄様はお忙しいようだから、お兄様には当日お見せしましょう」
いたずらっ娘のような顔をして、叔母がそう言いました。
「わかったわ。でも、もう少し着ていても? 少し動いてもいいかしら?」
「仕方ない子ね。では後少しだけよ」
「ありがとう、叔母様」
そう言うとアリアンヌは、少しばかり踊ってみました。
ドレスの裾が彼女の動きとともにひらひらと舞い、丁度、窓から射した陽の光に照らされ、きらきらと波打ちました。周囲にいた人々はそれを見て、大いに色めき立ちました。
「素敵ですわ!」
侍女らが称賛します。
「本当に気に入ったわ」
数分して、頬を赤くさせながら、少女が言いました。
「それなら良かったわ」
「えぇ。ありがとう。当日着るのが楽しみよ」
「舞踏会は、三か月後の中旬に開催されるとのことですから、ダンスの練習をよくしておくのよ」
「わかったわ」
少女はそう言うと、軽くターンをしてみました。
                  
                                                            第4章に続く


【注 釈】
急かす: 急がせること
待女:  身分や地位の高い人のそばにいて身の回りの世話をする人
来訪: 人が訪ねてくること
単刀直入: 前置きなく、本題にはいること。
リーヴル: 本  livre  フランス語 
特徴: 他と比べて特に目立つところ
推測: ある事柄をもとにして、物事の性質などを推しはかること
声が弾む: うれしくて声が生き生きとしてくる
礼拝: 神を拝むこと
遭遇: 思いがけず出会うこと
紅潮: 顔に赤みがさすこと
司教: カトリック教会の聖職(神聖な職業)のひとつ
舞踏会: 社交のためのダンスパーティー
衣装: 衣服
コルセット: 女性が体形を整えるために着る下着
ルージュ: 口紅
チーク: ほお紅
配色: 2色以上の色の組み合わせ
ペルル:  真珠 フランス語 perle
輿入れ: お嫁にいくこと
波打つ: 波のように高く低くうねる
色めき立つ: 興奮して落ち着かなくなる
称賛: ほめたたえること



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