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【小説】極秘任務の裏側 第17話

 RRRRR……。
「はいはい」
「早くしろって言ったろーが!」
「いや、今向かってますよ。……『待て』ぐらい犬でもできるのに」
「てめぇ……煽ってんのか?」
「煽ってないです。よく考えたら『待て』ができる犬はこんなに吠えませんよね」
「この野郎!」
 電話を切ったケイは、笑顔で一ノ瀬を振り返った。
「しょうがない、急ごうか」
「おまえ! なに煽ってんだよ!」
 一ノ瀬は泣きそうな声で叫んだ。
「僕さ、こういう頭悪い人種好きじゃないんだよね。大声出して脅せば思う通りになると思って……。痛い目に遭わせてやりたくなる」
「これじゃ痛い目に遭うの俺たちだろ!」
 大丈夫だって、と笑っているケイの横で、一ノ瀬は心底逃げ出したい気持ちでいた。
「僕には秘策があるから」
「ほんとか?」
 恨めしげにケイを睨む。
「とりあえず、これ以上怒らせないためにダッシュするよ」
「怒らせた張本人が何言ってんだよ!」
 ふたりは走り出した。

 そもそも、遅れたのは先程ハラダの電話が長引いたからだった。状況を伝えなければと、ケイがハラダに電話をしたのだが、ハラダはこの急展開に動揺していた。当然である。
「ちょっと……どういうことですか?」
「だから今言った通り――」
「いや、そうじゃなくてですね。そんな危険な場所にふたりだけで行くっていうのは賛成できません!」
「じゃあ、みんなで行きます? 僕はいいですけど……相手が待っていてくれるかどうか……」
「あの人は……気性が荒く、怒るとなにをしでかすかわからない」
「あ、誰だかわかってるんですね? 向こうの人間」
「ええ、まあ……。とにかく、私はそんなの――」
 ちょっと電話代わって、と凛子の声がした。
「ケイ。行っていいわよ」
「ちょっと、姉さん!」
 ハラダの声に、隣で会話を聞きながら「姉さん」? と一ノ瀬は首を捻った。
「私たちもすぐ向かうわ。私が着くまであなたたち、引っ張れるわね?」
「もちろん」
 抗議したい一ノ瀬の肩をポンと叩きながら、ケイは頷いた。
「でも早めに来てくださいね、凛子さん。向こうの手が出る前に」
「もしもの時は少しくらい痛い目に遭わせてやりなさい」
「はは、了解」
 電話の向こうで凛子に抗議しているハラダの声が聞こえる。それを聞きながら一ノ瀬は、社風ってそれぞれ違うんだなぁ……と、もはや他人事のように考えていた。
 電話を切った後のケイに、結局どういうことなのか一ノ瀬が改めて聞いてみると、凛子とハラダが到着するまで雑談でもしていようと言った。そんなことできるのか? と思っていたところに、前述のシーンの組織からの電話だ。あんなに怒らせて、絶対に雑談では済まない!

 息を切らし、ケイに続いて走っていくと、倉庫が並ぶエリアに出た。大きく数字が書いてある。たしか約束の場所は3だったな……。
 おそるおそる近づき、中を覗くと5……いや、6人の男がうろうろしていた。遠目に見ても、苛立っているのがわかる。なんとなくそんな気はしていたが、思っていた以上にガラが悪い。本当にトイパラの社員なのか? 一ノ瀬は、呼吸が乱れているのは走ったせいなのか、危機を感じているせいなのかわからなかった。
「おっせぇ! おい、ほんとに来んのか?」
「もう一回電話してみろ」
 RRRRR……。ケイの手の中で後藤のスマホが大きな音を立てた。倉庫の男たちが一斉に振り向く。
「あ……到着しました」
 ケイは電話に出ながら、倉庫の中へと進んでいく。仕方なく一ノ瀬も続いた。
「ふたり、か?」
 少し警戒しながら人数を確認してくる。
「手ぶらに見えるが、そんなわけねぇよな?」
「どこかに隠し持ってるように見えます?」
「やっぱこいつ……!」
 雑魚っぽい男が前のめりになるのを、制す親方っぽい男。
「L38を持ってくるように言ったはずだが。手ぶらで何をしに来た?」
「お話を」
「ふざけんな!」
 雑魚っぽい男がケイの胸倉を掴むが、ケイは怯まない。降参するように軽く手を挙げているが、煽りの姿勢に入っている。一ノ瀬にはわかる。あの顔……ケイは挑発するようなことを言うつもりだ。秘策とか言っていたが、これは怒らせる一方だ。大人しくしていたかったが、もう見ていられない。もうすぐ凛子やハラダが来るのだ。ここは自分が取り持とう。
「あ、あのですね!」
 ちょっと間抜けな声が倉庫に響いた。男たちが一ノ瀬を振り向く。ケイも少し驚いた顔をして一ノ瀬を見た。
「僕、ちょっと面白い話を知っていて……そのお話を聞いていただこうかと」
「面白い話だと……? それが条件か。てめぇ、何を知っている?」
 ガラの悪い男たちの視線に耐えきれず、顔ごと逸らしながら一ノ瀬は続けた。ここは俺が!
「僕のおばあちゃんの話なんですけど。健康のためにって犬の散歩を日課にしてるんですけどね、おばあちゃん元気過ぎちゃって、いつも犬がくたくたになって――」
「こいつふざけてんのか!!」
 今まで生きてきた中で一番大きな声で怒鳴られ、一ノ瀬は自分が失敗したことを知った。こういう人たちを怒らせないでお話するのって難しいんだな……。凛子さんたちが来る前にボコボコになってそう……。

 後藤とエンヤは倉庫に向かっていた。いろいろ考えてみたが、連絡手段のない今、他に行く先が思いつかなかった。しかし、L38の行方、組織の居場所を考えると、倉庫で間違いない気がする。現状、向かう先は他にないはずなのだ。
 エンヤについていくと言われた時、後藤は戸惑った。「銀次郎はいいのか?」と聞くと、「男の勘が兄貴についていくべきだと言っています」とか訳のわからないことを答えた。
しかし、よく考えてみたら、エンヤが向かうべき場所はたしかにこっちかもしれないと後藤は思った。ならばちゃんと隠さず話すべきだ。そういうわけで、正体を明かした。
「俺は……おまえの仲間じゃない。おまえが追っている……その、なんていうか……L38を盗んだ男だ」
「え? 後藤ですか?」
「そう……え? 俺、銀次郎に名乗ったっけ」
「じゃあ、兄貴の悪い仲間ってトイパラの組織です?」
「そこまでバレてんのかよ!」
 なんだ……あいつらも終わりじゃねぇか、と後藤は自分が必死に逃げようとしていたのがバカバカしくなった。
「まあ、そういうわけだから……おまえが俺とあいつらのとこに行くのも、おまえの立場的におかしなことではないかもしれん」
「なるほど……やはり男の勘は正しかったですね」
 もしかしてこの子、男だったのか? と初めて後藤は疑問に思った。そういえば、最初にぶつかった時、転げたのが自分だったのもおかしい。普通こんな華奢な女の子にぶつかって男が転がるか? まあ、どうでもいいや。
「ならば、なおさらです。急いでいきましょう! 悪者の巣窟へ!」
 L38のいう大乱闘になんかならないだろうけど、もしもの時はこの子を守らなければと後藤は心に誓った。

「ここです?」
「そう……ここ……3……」
 息を切らしながら、後藤はなんとか倉庫についた。涼し気なエンヤを見て、この体力の差は年齢のせいなのか? と後藤は思ったが、実際にはエンヤと後藤はふたつしか違わない。
「中に誰かいます」
 「ふざけてんのか!」と男の怒鳴り声が響く。ふたりで覗いてみると組織のメンバーと……チャラそうな男がふたり?
「一ノ瀬君とケイ君です!」
 誰? と聞く間もなく、エンヤは突っ込んでいった。
「おい……っ」
 慌てて、後藤も追いかけた。
「誰だ!」
 という男の声に、後藤は身を縮めた。何を言うかよく考えずにここまで来てしまった。勢いで出たはいいものの、あまりにも無計画だった。
「おまえ……後藤じゃねぇか」
「あ、ども」

 後藤とエンヤの謎のコンビがここまで来た! と、一ノ瀬とケイは妙な興奮を覚えていた。これはどういう感情なのだろう。自分たちのピンチも忘れる程の、なにかしらの期待と好奇心による興奮。どうなっちゃうの?
 一同の注目が後藤に集まる。
「おまえ、どういうつもりだ? 例のブツはどこやった?」
 親方っぽい男が低い声で後藤に問う。
「はっ……やっぱ俺は騙されてたんじゃねぇか」
「あ?」
「なんでここに俺が知らない奴がいんだよ。おまえら、えっと……6人? こいつらは違うよな……。おまえら6人いるのおかしいじゃねぇか! 俺は5人で山分けだって聞いてたが……俺を抜いて5人ってことだったんだな!」
「いや、計算できねぇのかおまえは。おまえを抜いて6人だ」
「え? つまり――」
「兄貴は騙されてたってことですよ!」
「やっぱそうじゃねぇか!」
 妙な沈黙が流れた。微妙に論点がズレたし、後藤が微妙にボケていて締まらない。組織の男たちもキレるタイミングを逃してしまった。
「その女はなんなんだ。兄貴とか言っているが……ずいぶん親しそうだな?」
 いや、ほんと。兄貴ってなんだよ、と一ノ瀬とケイは思っていた。
「私は兄貴と……そこの一ノ瀬君とケイ君のいい仲間です!」
 こいつら「一ノ瀬」と「ケイ」っていうのか……と男たちはふたりを見た。
「いい仲間か……。俺たちは後藤の悪い仲間ってわけか?」
「その通りですよ」
 はははは、と親方っぽい男が笑ったが、目は笑っていなかった。
「後藤。なんの真似だ?」
 目の前のキレる男たちを見ながら、完全に悪者だよなぁと一ノ瀬はもはや客観的視点で観察していた。よく映画とかでこういう悪役を見る。まさにそれ! って感じ。もしかして役者さん? そんなわけないか。トイパラの社員……には見えないんだよなぁ……。エンヤと後藤が来てから、一ノ瀬にも変な余裕が生まれていた。
「見ての通り……俺はあんたたちと手を組むつもりはもうない。最初から仲間ですらなかったっぽいがな」
「この野郎!」
 雑魚っぽい男が襲い掛かろうとして、エンヤに締め上げられた。え、つよ! と一同一瞬固まる。
「後藤、答えろ! L38はどこにやった?」
「どっか逃げてったよ」
 後藤に向かって走っていくチンピラ男の足を、ケイが払った。チンピラ男が転がる。
「ふざけんな!」とか「てめぇ!」とか「この野郎!」とか、それっぽいことを叫びながら、雑魚っぽい男たちが暴れだした。あーあ、とケイ。一ノ瀬も覚悟をした。

「大乱闘……チョットショボイヨ……期待ハズレ」

 変な声が響き、一同が上を見上げるとL38がホバリングをしていた。
「ロボきち!」
 初対面なのに、ついL38をロボきちと呼んでしまい、一ノ瀬は恥ずかしくなった。
「ロボきち?」
 怪しむ目で見上げる親方っぽい男。
「なんだこいつ。こいつじゃなくてL38を探してんだよ、こっちは!」
「アホだな、こいつ」
 生意気な子どもの声に振り返ると、銀次郎とボスが歩いてくる。まるでヒーローの登場だ。ミクブロとトイパラの「いい仲間」がどんどん集合して、ついでに後藤も仲間にカウントするなら、いつの間にか6対6? これから凛子とハラダも登場の予定だ。名もなき組織の男たち、絶体絶命である。



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