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【小説】極秘任務の裏側 第18話【最終話】

「なんだこのガキ……!」
「いや、ちょっとまて」
 親方っぽい男が、首を捻る。
「ガキとロボ……覚えのある組み合わせだなぁ?」
「まさかこいつ……L38か!」
 飛び回るL38を目で追う男たち。
「ねー、君たち。ほんとにのんきだなぁ。L38を追ってる場合じゃないんじゃない?」
 ボスが男たちに声をかける。
「君たちの目の前にいるのは、それの制作者。まさか僕をどうにかしてまで、L38を奪っちゃう? そこまでの度胸はないと思うんだけど……違うかな?」
「制作者ってことは……ミクブロの……!」
「うん、その子も……この子も、うちの優秀な社員」
 腕を組んで、親方っぽい男を見据えるボス。
「相手が誰だかも知らず、取引すればどうにかなると思った? 甘々だねぇ」
「そんな……」
 呆然と立ち尽くす男たちの上をL38は大きく一周回って、親方っぽい男の頭の上に乗った。
「期待ハズレ……」
 はっとして親方っぽい男は頭上のL38を掴もうとして、逃げられる。
「ふざけんな、クソロボが! 俺はおまえらが大嫌いなんだよ! 売っ払って金に換えてやろうと思ったのに……くそが!」
「クソロボッテ言ウ奴ガ、クソロボナンダゾ!」
「んなわけあるか!」
「いいね、L38とケンカしてる大人の男って見ていて楽しいもんだね。うん、すごくいい」
 ボスは満足そうにしているが、親方っぽい男は聞いていなかった。
「知能レベルが低いんだよ。子供だってロボきち相手にあんなにキレることないと思う」
 銀次郎も呆れた顔をしている。
 コツコツコツコツと、少し速めの足音が響いた。
「まったく、道路は混むわ、道は間違えるわで……もうお祭り終わっちゃったんじゃないの?」
「お祭りとか言うなよ。これは犯罪であって、そういうふざけた――」
「はいはい」
 凛子とハラダが言い合いをしながら登場した。期待したイメージの登場シーンではなくて、一ノ瀬は少しがっかりした。
しかし、実際現場は祭りの後的な雰囲気を出していて、もはや名もなき組織の男たちに足掻く気力もなさそうだった。
「凛子さん……。あんたまで来るのか」
 親方っぽい男が、凛子を振り向き、肩を落とした。
「あんたまで来るのかじゃないわよ! こんな大ごとにして! ミクブロにまで迷惑かけて! これで今泉にまた借りができちゃったじゃない!」
 凛子はぐいぐい前に出ると、親方っぽい男の頭をぺちっと叩いた。
「いてっ」
「まあまあ、凛子ちゃん。僕は彼らの事情も知りたいなぁ。後藤以外名前すら聞いてないし。まあ、名前はどうでもいいけど」
 ボスの言葉を聞いて、後藤は不名誉なことに自分だけ名前が明かされていたことを知った。
「この男はね、ずいぶん初期からのトイパラのメンバーなのよ。職人枠で入社してきてね。主に木工なんだけど。彼が作る古き良きって感じのおもちゃが味があって、私は気に入ってたんだけど」
 親方っぽい雰囲気だなと思っていたが、まさか本当に親方だったとは。一ノ瀬は共感を求めてケイを見たが、ケイは一ノ瀬が何を訴えているのかわからず首を傾げた。
「でもなんか不満があったんでしょ?」
 腕を組んで睨む凛子に、親方っぽい男は一瞬怯んだが、すぐに開き直った。
「俺は最近のトイパラにはうんざりしてたんだよ! 若者同士の馴れ合いみたいなやつも、流行もくだらねぇ! クオリティだって満足できねぇ!」
 エンヤが小声で「職人さんですね」と呟いた。こんなガラが悪い職人はなかなかいない、とハラダは言いたかったが黙っていた。ケイも「これでは職人さんのイメージが下がるからこれ以上職人ぽい発言は控えてほしい」と思っていた。

「理想ヲ熱ク語ッテモ、ヤルコトハ泥棒、転売、恐喝……役満!」

 役満の言葉に反応した凛子、「あんたいいわね」とL38を褒めた。
「うるせぇ! ロボなんか! 人間バカにしやがって気に食わねぇ!」
「さっきから失礼だな、あなたは! L38は人間をバカにしますが、普通のロボはこんなじゃない!」
 ハラダが吠えるのをボスが宥める。
「まあまあまあ。『こんな』とか言わないの」
「今泉。彼らの処分なんだけど――」
「うん。君に任せるよ、凛子ちゃん。ミクブロは、とりあえずみんな無事だし。君がどういう決断をしても、たぶんみんな、文句はない」
 ね? と言いながらボスは一同の顔を見回した。
「悪いわね。この借りは必ず返すわ」

「さてと。打ち上げでもしようか?」
 ボスが意外な提案をした。
「え、あの人たちもですか?」
 一ノ瀬は名もなき組織の男たちを指さして言った。
「そんなわけないでしょう! まったく……ボスも人がいいんだから。警察に突き出したってよかったのに」
 ハラダはため息をつきながら、男たちを睨んだ。
「まあまあ。場所はどこがいいかな」
「あの……彼はどうですかね? 打ち上げ参戦できます?」
 エンヤが後藤を指さした。気まずそうな後藤。
「グレーだね」
「グレーだよなぁ」
「ですよね……」
 ハラダが首を傾げて後藤を眺める。
「えっと……彼は? 私が来る前になにがあったのですか?」
「じゃあ、打ち上げで自己紹介でもしてもらおうか」
「さすがボスです! 行きましょう、兄貴」
「え、気まずいんだが……俺帰りたい……」
「チュロスでもおごれよな。あとタピオカも!」
「その節はすみませんでした……」
「え? まさかこの男……。ボス! 大丈夫なのですか!」
「まあまあまあ」
 騒がしくミクブロの仲間たちが倉庫の出口に向かう。凛子も、名もなき組織の男たちの処分は明日以降決めると言って、打ち上げに参加するつもりらしい。一ノ瀬とケイもみんなに続いて倉庫を出た。

「僕、打ち上げにちょうどいいお店知ってますよ」
 まだ場所を決めかねていたボスとハラダに、ケイが声をかけた。
「この人数だったらギリギリ……もう一個くらいテーブルを出してもらえば入れるはず。僕の友達のお店なんですけど」
「いいね、ぜひそこにしよう」

 打ち上げ会場「青い看板の店」に、17時集合。店に最初に着いたのは、一ノ瀬とケイだった。
「まさかここ、ケイの友達の店だったとは……。俺もここに来たことあるんだよ」
一ノ瀬は、ケイが開けてくれたドアをくぐりながら言った。そして店に入ると、見覚えのあるあの時のマスターに挨拶をした。
「あ、マスター、今日は突然の貸し切りありがとうございます。僕のこと覚えてますかね? ……覚えてないかな」
「もちろん覚えていますよ。お久しぶりです」
 優しく微笑んだマスターに、「覚えててくれた!」と喜んでいる一ノ瀬だが、この店に来た時の失態を忘れているようだ。
 カランカラン、という音とともに、ハラダと凛子も到着した。
「あ、ハラダさん! そうだ、ケイ。ハラダさんもここの常連なんだよ。あ! もしかして、だからハラダさんのこと知ってたのか?」
 マスターに「どうも」と挨拶をしているハラダを見ながら、一ノ瀬はケイに聞いた。
「君がハラダさんと出会った店だよね? 僕、いたからその時」
「え?」
「君が酔っぱらってマスターとかハラダさんに絡んでた時、そこのテーブル席から見てたんだよ」
「え! いたの、あの時!」
 言われて初めて、その時の失態を思い出した……というか、思い出せないってことを思い出した。
「そこのテーブルでね、僕、おつき合いしていた女性と飲んでたんだよ。まあ、フラれちゃったんだけど」
 テーブルにいた男女……だめだ、思い出せない。
「君、ハラダさんが帰った後、女性にフラれてひとりで飲んでた僕に絡んできてさ。めんどくさかったなぁ……」
「ごめん……」
「なるほど……それでケイ君は私を知っていたのですね」
 いつの間にか、隣で話を聞いていたハラダ。一ノ瀬は急に気まずくなった。
「ふーん、いい店じゃない。こんないい店知ってるなら私に教えなさいよ、あなたたち」
 カウンターに寄りかかってこちらを見ている凛子に、ケイは不満そうに答えた。
「だって凛子さん、汚い店ばっか行ってるじゃん。こういうとこ嫌いなのかと」

 カランカラン、という音とともにボスと銀次郎……に続いて、エンヤと後藤が現れた。銀次郎の手にはL38が乗っている。
「ソノ時……後藤ハロボきちニ、フタリデ逃避行ノ提案ヲシテキテ……」
「バカだなぁ、後藤」
「うるせぇ、ガキんちょ!」
「バカだねぇ、後藤君は」
「すみません……ボス」
「ちょっと後藤! あなたまだトイパラ社員よ? なにボスとか言ってんのよ」
「ほんとすみませんでした……社長」
 後藤がすっかり打ち解けているのを眺めながら、一ノ瀬はケイに話しかけた。
「結局なんだったんだろう。あのエンヤと後藤のコンビ」
「あとでじっくり聞いてみよう。今回の事件の一番の謎だったよね」

「みんな揃ったのかな?」
 それぞれにグラスが渡ったところで、ボスは一同を見回す。
「ボス、一言お願いします」
「うん。みんな、ありがとう。そしてお疲れ様。こうしてみんなが元気にここに揃っていることが、僕はとても嬉しいよ。結構、楽しかったよね? まあ、こういうことは二度と起きないことを願うけど。またもしもの時はみんな、よろしく」
 一同が拍手する中、ハラダだけ、「二度とこんなの御免ですよ!」と文句を言った。
「じゃ、凛子ちゃんも」
「あー……えっと。みなさん、この度はうちのバカな男たちが本当にごめんなさい。大変ご迷惑をおかけしました。みなさんのボス、今泉とはね、犬猿の仲だったんだけど。今回のことでだいぶお世話になっちゃったからね。ミクブロになにかあったらトイパラが全力で援護することを誓います」
 拍手をしながら、再びボスが立つ。
「では、みんな。ミクブロとトイパラ、フォーエバーってことでね。乾杯!」
「乾杯!」

 それぞれグラスを持って、テーブル席やカウンター席を行ったり来たりしながら、打ち上げパーティーを楽しんだ。急な貸し切りにもかかわらず、美味しそうな料理も次々と運ばれてきた。
「一ノ瀬はあんまり飲んじゃだめだよ?」
「わかってるって」
「一ノ瀬君の酔い方は他人でいる分には面白いですが、身内になると面倒ですね」
「他人だったけど、僕は面倒でしたよ」
「すみません……ふたりとも。今日は気をつけます……」
「あははは、いいじゃない。酔わないように飲む酒なんか美味しくないわ」
「また姉さんはそういうこと言って。他人事だからって無責任な――」
「凛子さん、結局仲直りできたんですね?」
「うん、ありがとう」
「姉を許したつもりはありませんが……ケイ君には、ご迷惑をおかけしました。どうぞ今後も姉のために――」
「堅苦しいのよ、あんたは」
「凛子ちゃんの言う通りだよ。ハラダはもう少し柔軟になってもいい」
「そうだぞ、ハラダ!」
「銀次郎君まで……! ボスは銀次郎君に甘過ぎます! もう少し世の中の厳しさを――」
「ハラダ、厳しい世の中なんて教えなくていいんだよ。教えなくてもいずれぶつかるからさ」
「そうだぞ、ハラダ!」
「こら、銀。少し調子に乗り過ぎだよ」
「なぁ、一ノ瀬。結局あの部屋はなんだったんだ? 秘密基地の。ほんとにただの男の勘だったわけじゃないよな?」
「あ、私も気になってました! あの部屋、なんだったんです?」
「いや、俺も知りたいっていうか……なんだったの? ケイ」
「え?」
「あの、俺たちが偽の任務を聞いた部屋」
「あー、『俺たち』っていうか、君が任務を聞いた部屋ね」
「え? やっぱ、おまえいなかったのか、あの時! おかしいと思ったんだよ、絶対俺ひとりだったはずなのにって――」
「あの部屋は昔トイパラの事務所があったとこらしいよ」
「なんだよ、一ノ瀬。あの部屋、ロボきちと関係があったわけじゃないのかぁ」
「一生懸命手がかり探しちゃいましたね」
「あーごめん……ていうか、エンヤ。俺たち必死に考えたのに全然わかんなかった謎なんだけど……なんで後藤とふたりでいたの?」
「そうそう、なんだったの? 通りの向こうにふたりを見かけて、一ノ瀬とふたりですごいパニックになったんだよね」
「え? 見かけたなら声かけてくださいよー! 兄貴が銀次郎君を捜すのを手伝ってくれてたんですよ」
「え? どのタイミングで仲間になったの?」
「最初から仲間でしたよ?」
「そんなわけないと思うけど……」
「あーいや……なんつーか……エンヤには悪いが……まさか銀次郎を捜してるとは思わなくて……」
「え? 捜してくれてたじゃないですか……っていうか兄貴の探し物は見つかったんです?」
「いや……俺の探し物は……」

 打ち上げ楽しいなぁ……と一ノ瀬は、トイレに行こうとよろよろと立ち上がった。あれ、そんな飲んでないのにちょっときてる。気をつけなきゃ。立った途端、酔いが回った。
「大丈夫?」
 心配そうなケイの声に「へーき、へーき」とへらへらしながら答えた。

「へぇー、大乱闘のお祭り騒ぎが夢だったのね。変わってるわね、あなたの夢」
「夢デハナイ、野望ダヨ」
 凛子はL38と語っていた。
「今泉、あんたどっかの裸祭りでも連れてってあげなさいよ」
「そうだね、今度銀と一緒に連れて行くよ」
 ボスは眠そうな銀次郎の様子をちらっと覗いて、みんなに声をかけた。
「じゃあ、そろそろお開きにしようか……あれ? 一ノ瀬君は?」
「え? あ! ほら、あっちでマスターと飲んでますよ!」

 カウンターの端でソルティードッグを片手に一ノ瀬はマスターに絡んでいた。
「ほんと……ここのおかげ、なんすよぉ……俺、おもちゃ……ロボ……ったんすよぉ……」
「よかったですね」
 マスターは優しく微笑んだ。
「ミクブロ……青い看板なんすよぉ……」
「ミクブロは青い看板じゃないでしょ?」
 ケイが一ノ瀬の隣に立つ。マスターから水の入ったグラスを受け取り、一ノ瀬の前に置いた。
「あ、一ノ瀬は僕が送っていきますよ。大丈夫です」
 ボスが心配そうな顔で一ノ瀬の様子を見る。
「そう? もし必要だったら車呼ぶけど」
「なんかご機嫌でまだ飲みたそうだし。僕、送ったことあるから大丈夫です」
「そっか。ありがとう、ケイ君。今回は君にたくさん助けてもらったよ。うちに入社したくなったらいつでも連絡してきてね」
「だめよ、この子。トイパラにも何回も誘ってるけど、何でも屋をやっていたいんですって」
「すみません。僕、まだやりたいことがあって」
「いいね、若いって」

 カランカランという音とともに、ぞろぞろと仲間たちが出ていき、店は急に静かになった。
「ケイ! おまえはぁ……俺の親友だおぉぉ……」
「前もここでそう言いながら飲んで、覚えてなかったじゃん」
 ケイは一ノ瀬の隣に座って、マスターにXYZを注文した。

 ―― 騒がしい極秘任務の余韻を、もう少しだけ楽しもうか。

                                                     Fin




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