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【小説】極秘任務の裏側 第15話
一ノ瀬とケイは完全にパニックになっていた。エンヤが後藤と行動を共にしている。遠目にわからないが、とても追う者と追われる者の雰囲気ではない。まあ、しかしエンヤのことだ。後藤を前にしても普段通り接していそうな気もするが……。
「これは……どう解釈すればいいのかな」
頭を抱えるケイ。
「僕はエンヤさんをよく知らないからわからないんだけど……彼女は何をしているんだろう?」
一ノ瀬はまだ左目から涙を流しながら考えたが理解が追いつかない。
「と、とりあえず電話してみたらどうかな……直接聞いてみるとか」
「じゃあ君かけてよ」
慌ててスマホを取り出し、エンヤにかけた。一ノ瀬のスマホから漏れる呼び出し音も空しく、大通りの向こうのふたりは、何かを指さし角を曲がって消えていった。
「えええ……出ないよ……。行っちゃったし!」
「ちょ、ちょ、ちょっと、落ち着いて考えられる可能性を挙げてみよう……」
ふたりは謎に激しくなった動悸を落ち着かせようと深い息を吐いた。
「えっと……」
必死に考えてみてもわからない。
「あ、たまたま出会って、相手が後藤だと知らないまま行動してるとか?」
「そんなことありえる?」
「ないよな……」
実際そうなのだが、普通はありえない。
「だってさ、そもそもなんで知らない人と行動を共にするのさ。一応極秘任務でしょ?」
「たしかに」
涙を流したおかげで、一ノ瀬の目も気づいたら落ち着いていた。両目を見開いてふたりが消えた角を睨んでみたが、この状況を説明してくれる物は見当たらない。
「でも、銀次郎君がいなかったよな? 彼はどこにいったんだろう……」
「行動を別にしているとか? え、でもエンヤさんは銀次郎の護衛だよね」
「あ! わかった! 銀次郎君とはぐれちゃって、捜すのを手伝ってもらってるとか!」
「バカなの? 後藤は銀次郎からL38を取り上げた本人だよ? なんで銀次郎を捜すのを手伝うの」
「たしかに……」
ふいに嫌な予感がした。一ノ瀬とケイは同時に気づき、顔を見合わせた。
「エンヤが後藤に騙されてる……?」
「それくらいしか思いつかないよね。でも、そんなリスキーなことするかなぁ……。それに電話に出ないのはなんなの?」
「後藤に出るなって言われてるとか?」
「脅されてるような雰囲気じゃなかったけど……」
呆然と立ち尽くすふたりは、自分たちがどう動くべきかわからなかった。
「とりあえず追う? ハラダさんに連絡する?」
「状況がわからないからとりあえずハラダさんに連絡しよう」
RRRRRR……
「電話鳴ってるわよ」
「ちょっと出てくる」
ハラダは立ち上がるとスマホを出しながら早足で外に向かった。天井の高いホテルのラウンジ。店員に一礼してロビーに出ると、電話に出た。
「どうしました?」
「ハラダさん! もうわけがわからんです!」
「落ち着いて説明してください」
正直、こんな電話でもハラダは少し助かった。久しぶりの姉との対面。謝罪という名の妙な威圧に耐えかねていた。
「えっと……エンヤを見かけたんですけど……なんか後藤と一緒にいたんですよ! 普通に!」
「……普通に?」
「そう、なんか自然な雰囲気で……いや、自然だったのかな?」
誰かに尋ねている風な口調……おそらく隣にケイがいるのだろう。
「どういうことでしょう?」
「いや、だからわからなくて」
電話の向こうのふたりのパニックが電波を通して伝わってくる。エンヤはもともと不思議な子で時々意味がわからない行動をしていたが、信頼できる部下だ。きっとなにか理由がある。しかし彼女もまた抜けているところがあるからなぁ……。
「エンヤ君に連絡はしたのですか?」
「したんですけど出ないんですよ!」
「見かけたならなぜ追わないんですか」
「やっぱ追った方がよかったですかね? 追うかハラダさんかで迷ったんですけど」
「考えてもわからないことは本人に聞くしかありません」
「たしかに! 追ってきます!」
ハラダは電話が切れてから考えた。ケイが一緒なら頼もしいと思っていたが、ふたりでパニックも二倍になっていた様子だった。しかしなぜエンヤは後藤と……?
ハラダもエンヤに電話をかけてみたが、やはり出なかった。どんな状況でも、ハラダからの連絡を無視するような子ではない。なにか事情があるはずだ。危険なことに巻き込まれていないといいけれど……。
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
「はあ……お宅の何でも屋さんとうちの一ノ瀬君から連絡があってね」
凛子には話す必要があると思い、今聞いた事情を話したが、詳細はハラダにもわからない。
「後藤君ねぇ……悪い子ではないのよ。いや、ごめんなさい、悪いことはしたわね。でも悪人ではないのよね……。だから女の子を脅したりなんて、自分が追い詰められてもしないと思うんだけど……あ、でも子どもからおもちゃ取り上げちゃってるしねぇ」
「おもちゃじゃない!」
「あ、ごめん」
地雷を踏んでしまったと、凛子は後悔した。
「姉さんはほんとわかってないんだ。そういうとこなんだ。だからやなんだよ、もう。一生分かり合うことなんてできないんだよ。価値がわからない人間がこうやって人の宝を奪っていくんだ。ロボはおもちゃじゃない! 機械でもない! ロボは――」
早口で捲し立てて、はっと我に返った。つい怒りが再燃して熱くなってしまった。落ち着いたラウンジがざわついた気がする。
「ロボは?」
「もういいよ。言っても無駄だ」
溜息をついた。もはや何の話をしているのかわからなくなっていた。
「あなたの宝物を勝手に賭けてしまったのは悪かったわ。絶対勝てると思ったのよ」
「普通、町ののど自慢大会に物を賭けるか!?」
「友達に煽られてつい……」
声も小さくなり、しょげている姉を見て、一応反省していることはわかる。
「あの後私も反省して取り戻そうとしたのよ。でもあなた今泉に買収されたでしょ? 今泉祥に!」
「買収されたなんて言うなよ。ボスは僕に譲ってくださったんだ。姉さんが奪った限定ロボを! あれめちゃくちゃレアなんだからな? わかってないんだろうけど!」
「だからってミクブロに行くことないじゃない。全部あの男の計算なのよ」
「姉さんが勝手に僕のロボを賭けたのもボスの計算だって?」
「いや……それは……」
「話にならない。時間の無駄だ。少しは反省してるのかと思ってわざわざ来たのに」
「反省はしてるわよ」
ハラダは席を立ちそうになってから、思い直した。冷静にならなくては。今はふたりだけの問題でもない。なにより、目前に迫った別の問題がある。
「僕たちのことはとりあえず置いておいて……」
凛子は少し安心したような顔をして息を吐いた。
「あいつなんだろ? 首謀者は」
「あなたが誰のことを言っているのかわからないけど、たぶんそいつよ」
「名前を言う価値もない」
「まあね。仕方ないわ。きっといろいろ不満があったんでしょ」
「仕方ないじゃ済まされない。姉さんはことを大きくしたくないんだろうけど、これはもう犯罪なんだから――」
「だからなんとしてでもL38を奪還して、お仕置きするわ」
奪還するのはあなたじゃないでしょうと言いかけて、やめた。疲れた。
「ボスに連絡してくる。忘れてた」
「いってらっしゃい」
ボスは社内にある自分の作業部屋で機械をいじっていた。こういう時間が一番落ち着く。余計なことを考えないで済む。彼なりの現実逃避だった。言ってみればL38も現実逃避の産物である。それにしてはあの作品は結構気に入っていた。銀が喜ぶならと思ったが、ならず者に売却されてしまうのはさすがに辛い。笑顔でみんなを見送ったが、内心堪えていた。
電話が鳴り、手を止める。ハラダからだ。いい知らせ……ってことはないかなぁ……。
「はいはい」
「お疲れ様です。ボス……あの……」
ハラダから事情を聞いたが、当然ボスもまた意味が分からなかった。
「とりあえずは一ノ瀬君たちがエンヤ君を見つけられるよう祈るしかないよね。さすがに状況が不明過ぎる。組織と後藤とL38がどうなっているのかわからないのに、そこにまさかエンヤ君が加わるなんてね。世の中は不思議がいっぱいだねぇ」
「笑ってる場合じゃないですよ」
「はは……たしかにね」
ボスは床に落ちていた金属の破片を拾った。
「でも、エンヤ君は強いから。大丈夫だと思うよ。一ノ瀬君たちは銀に連絡してないんだよね? ケイ君いるのにかなりテンパってたんだなぁ。君もね、ハラダ」
「すみません……! 私としたことが!」
「銀には僕から連絡しておくから。なにかわかったら連絡するよ」
電話を切って、溜息をついた。エンヤ君の様子を聞く限り、銀は無事だろうとは思うけど……。ロボなんか作らなきゃよかったかなぁ……。
RRRRRR……。
「なに?」
いつもの生意気な声を聞いて、うっかり涙が出そうになった。
「いやいや、元気そうだね? 君が今なにをしているのかなって気になってさ」
「あー、今エンヤとふたてにわかれて捜してんだよ、ロボきち」
「ふたてにわかれて?」
「そー。やっぱロボきち絶対組織んとこ向かったと思うんだよね。騒ぎを大きくしたそうじゃん? だからそこら辺でひとりで充電切れて転がってると思うんだよ」
「うんうん、たしかにね。君の言うことは正しい気がする。で、エンヤ君とは連携とれてるの?」
「いや、なんかあったら連ら――あああ!」
「えっ? なに!?」
「エンヤ、スマホなくしてんだった! すっかり忘れてた」
「あ、そういうわけか」
ボスは一部の謎が解けてほっとした。
「それで君はエンヤ君がどこでなにをしているのか知らないわけだね?」
「やー……そこら辺でロボきち捜してると思うけど。違うの?」
「どうなんだろう……。とりあえず君は、無茶しないで一旦帰っておいで?」
「帰ると思う?」
「……思えないね。でもね銀、君は賢い子だからわかるよね? 危険なことはしてはだめだよ。一ノ瀬君やケイ君もそばにいるみたいだから、できれば彼らと合流してほしいな」
「あいつらは後藤を捜してるんだろ? そっちの邪魔はしたくないんだよ。オレはオレのルートでロボきちみつけっから。エンヤもいるしな」
その後藤とエンヤが一緒にいるみたいなのだが……それを言ったらさらに状況が複雑になりそうな気もする。
「じゃあ、わかった。こうしよう。僕も行く。いいね?」
「えええ!」
あからさまに嫌な声を出された。
「そこからあまり動かないでもらえると助かるな」
「……わかったよ」
電話を切ってからGPSを確認する。向かいの椅子の背に掛けてあったジャケットを片手で掴むと、作業部屋の電気を切った。タクシーで20分もすれば着くだろう。ハラダには移動中に連絡を入れればいい。室内で機械なんていじってないで、たまには外で労働しなきゃな。――さて、いくか。
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