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D2Cの戦い方の正解は1つじゃない。DSC vs Harry's

米国ではD2CのIPOやM&A事例も増えてきたが、直近で大きな動きがあったのはHarry'sの買収だ。ひげそりブランドSchickを保有するEdgewell Personal Care社が13億7,000万ドルで買収した。この業界、2016年にはDollar shave club(DSC)がUnileverに10億ドルで買収されている。

ひげそりという地味でトラディショナルな業界に、2010年以降に設立されたスタートアップが2社、10億ドル以上で買収されるという現象が起きた。

以前にもnoteで書いたが、Gillette等の大手がマージンを守るために不当に高い価格で販売していた(もしくは、安い粗悪品しかなかった)ひげそり業界に、ちょうどよい品質でリーズナブルな価格で参入したため、スタートアップ2社の動きは業界にとってDisruptiveとなり、最終的に大手による買収が進んだ。
(参考)D2Cブランドは破壊者か創造者か

ひげそりカテゴリでは、大手のGilletteのシェアが2010年の70%から、2016年には54%まで落ちた一方、DSCとHarry’sは2015年の7%シェアから2016年には12%にまで拡大と、業界に大きなインパクトを与えている。
(参考)D2Cという幻想

同じ業界でスタートアップ2社が10億ドル以上買収されるのは珍しいし、それぞれ違うアプローチを取っていそうだったので、バリューチェーンにどのような違いがあるのか調べてみた。(他にも日本語で様々な素晴らしい紹介記事があるので、重複はありつつも、バリューチェーンの組み方にフォーカスして考えてみる。)

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<基本情報>
Dollar shave club(DSC)
・創業者 Michael Dubin(動画マーケの経験あり、即興劇のクラスを受講←これ意外と重要
・設立年 2011年
・累計調達額 1.6億ドル(crunchbase)
・イグジッド 10億ドルで買収
・価格 Starter Set: 5ドル+4ブレードサブスク(4〜10ドル)⇒@1〜2.5ドル

Harry's
・創業者 Jeff Raider(Warby Parker共同創設者←これ重要
     Andy Katz-Mayfield(Bain and Company出身)
・設立年 2012年
・累計調達額 3.8億ドル(crunchbase)
・イグジッド 13億ドルで買収
・価格 Starter Set: 8ドル+8ブレードサブスク(16ドル)⇒@2ドル

一般的に、D2Cのバリューチェーンは下記のような感じなので、それぞれについて比較してみる。

商品開発 > 調達・生産 > マーケ > 販売 > サービス

商品開発

両者とも、ひげそりから始まり、周辺領域(フェイスケアやヘアケア、DSCは歯磨きまで)までプロダクトを展開しているが、
かなりざっくり言うと、
・安価でシンプルなDSCに対し、
・デザインや機能にこだわり抜いたHarry's
という感じ。

Harry'sのOUR STORYページ(たいていのD2Cスタートアップにもある)には、

Our team of more than 600 engineers, designers, craftsmen, and chemists make our products from the finest materials and ingredients to ensure they perform as well as they possibly can.

とある。一方、DSCのOUR STORYページは、、、見当たらなかった。

個人的には両方とも使用したことがあるけれど、Harry'sのほうがなんとなく良いもののような気がする。(個人的にAWAYやallbirdsもヘビーユーザーだけど、ブランディングによってなんとなく良い気がする。というのがポイントな気がする。)
余談だけど、DSCのハンドルは使用して3ヶ月くらいで壊れた。。Harry'sは一応3ヶ月以上もってはいる。(n=1なので完全に余談。)

調達・生産

調達・生産については、商品開発以上に大きな違いがあった。
韓国の企業にOEM(と言うか商品の調達)をしているDSCに対し、生産を内製化しているHarry's。

Harry'sは創業10ヶ月で100Mドルを調達し、ドイツの老舗ブレード工場(創業93年)を買収している。
https://www.businessinsider.com/how-harrys-bought-a-german-factory-2015-6
Harry'sのアイディアはWarbyParketと同様、ファウンダーがドラッグストアに行ったときにバカ高いひげ剃りを見たときに思いついた(Warbyの場合は飛行機にバカ高い眼鏡を忘れた)ようだが、高品質のひげそりは思ったよりも作るのが難しかったようだ。だいぶはしょるが、カミソリを自分で作ってみたり、、多くのカミソリを試した結果、ドイツのfeintechnikという会社に目をつけ、122.5Mドルを調達し、なんと、100Mドルでfeintechnikを買収した。
創業10ヶ月のスタートアップが、創業93年の老舗カミソリ工場を100Mドルで買収した。。。それによって、バリューチェーンを川上まで伸ばし、高品質な商品の製造が約束された。

一方、DSCはというと、直近ではわからないが、以前は韓国のDorcoという会社にOEMを依頼していた。下記の様にDorocoと全く同じ品質、という記事もある。
https://baldinglife.com/dorco-vs-dollar-shave-club/
そもそも、なにかのインタビューで聞いたので出展は不明だけど、DSCは創業者のMichael Dubinの知り合いが倉庫に大量にひげそりの刃を在庫していて、それを売りたいと思って、動画マーケの経験等を生かして販売し始めたのがきっかけなので起源がそもそもHarry'sとは異なる。

また、あの有名な動画の中でも、価格安いけど、品質はブランドものと同水準、と言っているので、特段プロダクトにこだわりを持っているというよりは、同水準のプロダクトで価格が劇的に安い、ということを強みにしていると考えられる。

Harry'sのwebサイトではしっかりとOUR Factoryのページがあり、D2Cのお手本のような記載がされている。
https://www.harrys.com/en/us/our-factory

一方で、DSCは、、工場などについての言及は特に無い。

マーケ

マーケについても大きく異なる。D2Cに関わっている人であればDSCのyourube動画「Our Blades Are F***ing Great」は何回も観たことがあるだろうし、そらでセリフを言える人もいるかもしれない。

この動画がDSC(とMichael Dubin)を世に知らしめ、グロースに大きく寄与したことは間違いない。実際に動画公開後はサイトが落ちて大変だったらしい。この動画でDSCの認知が高まり、その安さや利便性というプロダクト力もあり、一気にユーザーを獲得した。メッセージは、その安さと、大手のGilletteなどへの軽いDisり。あんなに刃の数必要??おじいちゃんの時代は1枚刃だったよな!とか。

一方で、Harry'sは、マーケにも力を入れているが、よりブランドビルディングに注力している。インフルエンサーやブロガーによるソーシャル上での紹介や、GQのような権威のあるメディアでの紹介などでブランディングを行った。(WarbyParkerもGQがきっかけだし、ブランドビルディングにフォーカスしていたので、WarbyParker的なマーケを行っている。)
また、DSCが先行してひげそり業界に切り込んでいたのもHarry'sの成長を後押ししたのではないか。DSCよりも高品質でちょっとだけ高い(けどGilletteよりは安い)という絶妙なポジショニングが、より高品質なものを望むアーリーアダプターに受け、さらにリファーラルプログラムによってグロースを促進したと考えられる。

加えて、Harry'sはブランディングのために実店舗(Harry’s Corner Shop)のひげ剃りやさんも展開(今はなさそう)して、その世界観を伝える努力をしていたようだ。

販売

DSCはオンラインでのサブスクリプションにフォーカスしている一方で、Harry'sは自社サイトで直販するのに加えて、パートナーシップによってオフラインチャネルも活用している。TargetやWalmart、J. Crewと提携し店頭での販売を行っていたり、その他100社程度と何かしらのパートナーシップを結んでいるらしい。

TargetはHarry'sの他にもquipやCasperなどのD2Cプロダクトも取り扱っているが、ブランディングにこだわるHarry'sが小売店舗に卸しているのは意外かも知れない。ただ、ソーシャルやサイトを通じて強烈にブランディングをしているため、実現できたとも考えられる。ちなみに、最初から小売店舗への卸を考えていたわけではなく、向こうから声がかかったのがきっかけらしい。←これ意外と重要な気がする

サービス

サービスについての違いは、DSCがオウンドメディアMelを持っているのに対して、Harry'sは特にメディアを活用していない。Melはひげそりというか、男性のライフスタイルマガジンで、替刃と一緒に新聞のような紙で送られてくる。web上にもコンテンツがあって常に更新されている。1カ月あたりの読者は250万人ほどいるらしい。内容は、男性の身だしなみ、ようなものから、父の日のプレゼント、女性にモテるための、、みたいな感じで広範囲に渡る。AWAYのHereやCasperのWoollyとかに近い。
ちなみに、Melのコンテンツ、直近だと「RANKING HANGOVER BREAKFASTS BY HOW HEALTHY THEY ARE」とか、、
https://melmagazine.com/


両社のバリューチェーンをざっくりとまとめると、こんな感じ。

何が言いたいかと言うと、上の個別のバリューチェーンの要素だけを見ると、WarbyParker的なHarry'sがイケてそうに感じてしまうけど、DSCもしっかりとバリューチェーンが整合しているということ。

つまり、DSCは既存のブランドと同じ品質のものを、できるだけ安価に提供するため、海外の一社からOEMで調達し、あまりお金のかからないYoutubeのバイラルマーケでユーザー獲得し、中間マージンをなくすために自社直販にこだわっている。バリューチェーンの各要素で矛盾がない。もちろん、ブランディングを軽視しているわけではなく、安さと利便性をベースに、Melなども活用してChurnを下げている。(Churnが低いことも有名)

一方で、Harry'sは徹底的に品質にこだわることで、その良さを伝えるためのブランディングを重視し、直販をベースにしつつも、リーチ拡大のためにブランド力を活用してパートナーシップを行っている。(ブランド力が弱ければ小売の力が強くなり、自分たちの思う通りにパートナーシップを組むことができない。)Harry'sもバリューチェーン間での矛盾がない。あと、Harry'sはDSCがいなかったらここまで急速にグロースしていなかったのではないかという点で、タイミングもベストだったのかも知れない。DSCが切り開いた大きな市場に少しポジショニングを変えて参入している。

こちらもかなりざっくりしたイメージだけど、価格や原価をまとめるとこんなイメージ。
(参考)D2Cにおけるエモさをエモくなく考えてみる

Gilletteが本来かけていたマーケ費用や小売マージン/リベートなどを”それぞれの”D2Cモデルで削減し、
・利便性サブスクを極め価格を安くしたり(DSC)
・原価に当ててより良いものを作る&ブランディングに使う(Harry's)
という取り組みをしている。

以上で軽い分析終わり。

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最近、D2C関連の相談を受けることも増え、◯◯はどこまで内製すべきか?チャネルをどこまで拡大すべきか?マーケ手段としてこれはありか?ということを考えることも増えたが、それぞれ個別の要素で考えるのではなく、バリューチェーン全体をどのような設計にして、どのような価値を提供したいのか、をベースに個別の要素を考える必要があると思う。ひげそり業界のように同じ業界でも色々なバリューチェーンの組み方があるのだから。そして、バリューチェーンの間で矛盾がないのがポイント。バリューチェーンを構築する前に、そもそも誰にどんな価値を?が先にくるのは言うまでもないけど。

優秀なインターンがサポートしてくれるので、Ritual vs care/ofとかもそのうち調べてみようかな。


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