マガジンのカバー画像

短編集

6
過去に書いた短編が中心です。
運営しているクリエイター

2016年7月の記事一覧

打ち上げ花火が上がる夜に

打ち上げ花火が上がる夜に

 夏休み真っ只中の八月、僕は久しぶりに東京から実家に帰ってきた。両親や祖父母は「よく帰ってきたね」と社交辞令とも取れる言葉で僕を出迎えた。

実家というものは、本当に落ち着く。蝉の鳴き声はけたたましいが、慣れてくると夏の風情と懐かしさが感じられて心地よく聞こえる。当たり前のことだが、じめじめとした暑さは東京と同じだ。でも、こっちの方が、空気が澄んでいるのでまだ快適だ。

 今日は町内の夏祭りがある

もっとみる
つばめ

つばめ

歩道にあるのは、つばめ一羽の死体である。

歩道に倒れているつばめの死体を見て、通り過ぎる人々は様々な反応を見せる。ちらっと視線を落しただけで、平然と去っていく者。恐ろしさのあまり、何も見なかったふりをする者。まじまじと見つめる者。面白がって死体を何度も踏みつける者。

なんと無慈悲な光景だろうか。そこに命があった動物の亡き骸があるというのに、なぜ彼らはこのような対応を行うのだろうか。人間の命と同

もっとみる
夢遊病

夢遊病

 嫌な夢から目が覚めた。夢の中で僕は顔の分からない人間を殴りつけていた。何度も何度も「やめて」と懇願する赤の他人を、容赦なく力を込めて殴り続けた。理由は分からない。誰かを殴る理由など恐ろしくて考えたくもない。

 ベッドから体を起こしリビングへ向かう。リビングでは妻が朝食をテーブルに置いているところだった。食パンにスクランブルエッグ、そしてコーンスープ。いつもの朝食がそこに並んでいた。僕は妻と顔を

もっとみる