hayatotabita

パン愛好家。和歌山で、有機栽培の国産小麦を自家製粉した全粒粉を、ゆっくりと手捏ねし、天…

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パン愛好家。和歌山で、有機栽培の国産小麦を自家製粉した全粒粉を、ゆっくりと手捏ねし、天然酵母でしっかり醸した食事パンを、てくてくと歩くように🚶‍♂️🚶‍♀️🚶‍♂️焼いてます。harimayaというパン屋にいます。

最近の記事

薪と薪文化さんについて

この度移転で パン作りの面で最も大きく変わったのは 電気が熱源のオーブンから、 薪を熱源に使用する石窯に変わったこと 寧暮ではその薪の調達を、 和歌山県橋本市と奈良県の五条で 事業展開されている 薪の生産者さん「薪文化」さんに お願いしています。 @makibunka 薪文化さんとの最初の出会いは 偶然だったのですが 結果、この出会いが、 私たちのパン焼きに 大きな社会的な意味合いを 持たせてくれることに繋がります。 それは、私たちがパンを焼いて 生計を立てる事とは

    • 夏休みの総括

      娘にとって 和歌浦に引っ越してきてはじめての夏休みも もう残り僅か 関西でいう 「緊張しぃー」の娘 夏休みの生活の中で その様子を眺めながら 二学期に向けての緊張からか 夏休みの終わりが近づくにつれ 少しずつ気が重くなってるのを感じます 引っ越しと共に お家とお店が一緒になって 去年までも 休みのたびに お店に長い時間いてくれたけど 今年からはずっと長い時間 お店としての立ち位置で 過ごすことになったわけです 引っ込み思案の娘 お客さんの前に出る事がなかなかに

      • 歳をとって思う事

        歳をとって、動きが緩慢になったなあと思うようになったし 体力も集中力も長くは続かない事を、痛切に感じるようになった そりゃ、そうよね、今年で52歳だもの だから、1日に出来る事、成果って、ほんとしれてる でも、それを悲観している感覚は、今の自分には不思議と無くて、 その分、その日1日を過ごすことを、物凄く愛おしく感じるようになった 若い頃は、野望というか、そんなものがこの僕にも存在していて あれもして、これもできて、あらゆる事に手を広げチャレンジできたけれど

        • パンも、きっと気にする、空気感。

          パンを焼くことが生業なので パン焼きへの拘りって 勿論必要なんですけど 一方で その匙加減とか 緩急みたいなものは 忘れちゃいけないなって思うんです これね うまく言語化できないんですけど 個々の表現の方向性にもよりますけど 正直、これまで30年ほどパンを焼いてきた結果として言えるのは 僕の場合は 寝食を忘れるほど、魂注入すれば 良いものが出来るって 訳でもないんです 何もかもを自分がイニシアチブを取って 隅から隅までをコントロールするような ピリピリした空気の

        薪と薪文化さんについて

          「最も暮らしに寄り添った存在のパン」

          「寧暮な食パン」です 僕ら、日本人にとって 「最も暮らしに寄り添った存在のパン」 といえば、やっぱり食パンなのかなぁと。 それを強く意識する様になったのは 意外と最近のことです 前店舗ハリマヤを閉店したのと同時に それまで当たり前の様にあったパンを焼く設備がなくなりました それまでは、売り物として焼いたパンから、自分たちが食べる分を取り分けていたわけですが だからやむ無く、 自分たちの食べるパンを、 おうちのレンジのオーブンで わざわざ焼かなければならなくなった

          「最も暮らしに寄り添った存在のパン」

          Another Starting Line

          明日6月8日(土) 私たちの新しいお店が開店します お店の名前は 「寧暮/neibo」と名付けました 私が前店舗を創業したのが 2011年8月のこと あれから今日まで 私の人生において、 最も濃密な13年間を過ごし パンを通して  沢山の素敵な繋がりを頂いて 色んな事を学びました パンとは、 私にとって生活の糧でありますが 友人であり、人生の師であり、 まるで家族のように 決して私を見放すことのない大きな存在です 13年前から パン屋が私たち家族の家業になって

          Another Starting Line

          薪窯に込めた娘の思い

          グッとくる出来事がありました 薪窯の心臓部が組みあがって それを覆うようにキャスタブルを流しかけるのですが 何年も前から、この瞬間にやりたかったことがあって それはちょっとしたおまじない、なんですが これからずっと、僕らの暮らしと一緒にいてくれるこの薪窯に 僕らの願いを込めたメッセージを書き記したかったんです この計画を、僕はずっと内緒にしていたんです で、いざその時が来て 娘にも、その想いを託しました 娘は、えー!っと目を丸くして驚いたんですが ほんの

          薪窯に込めた娘の思い

          困難の意味〜何故薪窯を自作するのか

          窯づくりの前半をダイジェストにしてみました 期間は 2024.3.31〜4.18 煉瓦やブロック、鉄筋をグラインダーを使ってカットしたり 基礎のブロックを積んだり  蓄熱に瓦を入れたり  コンクリートの平板を敷いて 耐火レンガを使って灰受けの箱をこしらえたり 断熱煉瓦を敷き詰めた上に、シャモット(瓦を砕いて粉にしたもの)を敷くところまで 動画にしました 途中、瓦を3000枚、ジモティーで譲っていただけるになって 2トントラックを生まれて始めて運転し、高速に

          困難の意味〜何故薪窯を自作するのか

          基礎と基本について

          物事の修練や習得において 基礎が大事とか、基本がなってないとか言いますよね 基礎も基本も、結構よく使う表現であるけれど、 こちらの思っている意図が、なかなか相手に上手く伝わらなくて、モヤモヤするんですけど これって、自分自身がキチンと双方の意味を理解して使い分けてないのかもって ふと思って、ここ数日調べたり考えたりを繰り返してます 今のところしっくりときている両者の違いは 基礎は知識・技能 基本は認識・価値観 基礎は身につけるもの(鍛錬、習熟) 基本は確

          基礎と基本について

          話す事は、考える事

          「寧暮」としての初めてのイベントは、奇しくも発酵に纏わるものになりました 先週の日曜日 かねてから私たちのパンをお使いいただいている 「三木町発酵ビルヂング」(旧SANDOYA)さんにて開催された 発酵を知る会「HUB会」に 発酵の一端を担うパン屋という立ち位置で参加させていただきました。 「HUB」とは、How Usualy Brewingの略で 私のイメージでは、 暮らしの中での、発酵との、肩ひじ張らない付き合い方 みたいな感じでしょうか。 三木町発酵

          話す事は、考える事

          越してきて思う、あれもパン、これもパン

          あれもパン、これもパン パンにもいろいろある お料理やお菓子に比べると、パンの用途は多岐にわたります それこそ名前に食事パンとか、菓子パンとか 用途を冠にし呼び分けるのが一般的なほど ありとあらゆるフィールドに顔を出すくらいです まあそれが、世のパン屋さんの労働過多の大きな要因であるわけですが(苦笑) それはさておき ここのジャンル分けの構成比率が それぞれのお店のキャラクター付けの大きな要素になっています いま、前とはかなり違うやり方でパンを作るお店を立

          越してきて思う、あれもパン、これもパン

          須く、パンは幸せである

          今年に入って、おうちの電子レンジのオーブンでパンを焼くようになりました 最初は、自分たち家族で食べるパンが必要で焼きだしたんですけど はじめてみたら、なんと難しいことー。 苦戦に次ぐ苦戦 出来栄えは、かなりかなり、厳しいものにー。 でも これまでお店の大きなオーブンで焼いてきたパンとは、違う美味しさがあることに気付きました(嬉) それならばと ご近所の方におすそ分けに 皆さんたいそう喜んでくださるー(嬉) それに気をよくして、また焼く(笑) そのうち、課題が

          須く、パンは幸せである

          吾輩はパン屋であるー、のか?笑

          吾輩はパン屋であるー。 ちょっと前までは当たり前であったそんな誇示が いま、日常から抜け落ちてるー 今、時折、そんなことを感じてます 動画を編集しながら、どこかで他人事というか、ヘーっと思いながら人の所作を眺めてる そんな感覚すらあったりして 今の僕は、パン屋じゃないなぁ、って思うことすらある 大きなお店のオーブンでパンを最後に焼いてから、早や二か月が過ぎ 確かに、世間に対して自己紹介をする必要があるならば 肩書は、今現在も、変わらずパン屋なんですが 今は

          吾輩はパン屋であるー、のか?笑

          物事との向き合い方

          物事と向き合うには、距離が肝だなぁと、たびたび思います ある時には、寝食を忘れるほど、それはもう近しいものであったり、 またある時には、まるで他人事なくらいに、俯瞰的な距離を置いてみたり そんな行ったり来たりの距離の取り方こそが、物事の理解を深める大切な要因だと思うんです 人間は、飽きる生き物です 例えば大人の短期的な集中力の持続時間をとってみても、僅かに約50分程度に過ぎず その中でも15分ごとの波がある それほど飽きっぽい生き物である人間が 現代の多忙な暮

          物事との向き合い方

          おうちでパンを焼き始めた理由

          パン屋さんほど、実はパンの本質を理解していないかも? 僕は22歳の時、パン業界に入りました それまでパンが身近にあったわけでもないし いわゆる大手の袋入りのパンをおやつとして食べる事が大半の、完全なる御飯派 今から30年以上前のことなので、コンビニも和歌山では数も少なかったし、ほぼローソン一択 今のようにコンビニパンが流行をけん引するなんて想像もできなかった時代です パンに関心はないし、自分で家でパンを焼いたことなんて、当然ありませんでした

          おうちでパンを焼き始めた理由

          パン屋の朝を変えていく

          朝、6時スタートっていいアイディアかもしれない? パン屋の在り方にこだわり過ぎて、人生の他の素晴らしい瞬間を見逃していないか考えるようになりました この数年、町がまだ眠っている時間にひとり黙々とパンを焼くことを心底気に入っていました だけど、その生活リズムが、他の人達の暮らしと違いすぎるのではないかと思い始めたんです 健康や老後のこと、地域やコミュニティとの関わり、娘との時間などを通して、自分のこれまでを振り返り、これからの未来を考えると 早朝の仕事への拘りと自分の

          パン屋の朝を変えていく