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診察する前から着地点を決めていないか


皆さんこんにちは。
北海道若手治療家コミュニティの
花田隼人(@hokkaido_wakate)です。

 
事前の準備って、
大事ですよね?
 
 
今回はあえて
事前準備をしない」というお話です。
 



 


鑑別における事前思考排除のススメ


例えば問診票を見た時点で
肩甲部の症状と上肢の痺れを訴える場合、
 
 
 
いわゆる頸椎の神経由来の疾患や
胸郭出口関係の要因を
イメージすると思います。
 
 
 
これによって例えば、
・ジャクソンテストをしよう
・モーリーテストをしよう
 
 
 
などなど
事前に診るポイントを明確にして
診察に入れることはある意味大切です。
 
 
 
右も左も分からない
診察フローの習得が必要な若手であれば
これで構わないと思いますが、
 
 
 
その域を超えつつあるのであれば、
そうした先入観につながるものを
一切排除するチャレンジをした方が、
 
 
目の前のクライエントに
個別最適な対応ができる可能性は高まります。
 
 




事前思考を挟む弊害


例えばグループ院企業であれば、
症状によって提供するメニューを
画一化しているところもあると思います。
 
 
 
もしくは初頭の教育の際に
この症状ならこのメニューを選択するなど
一定のフローを与えられているところも
あると思います。
 
 
 
肩に症状があるなら猫背矯正を。
腰部に症状があるなら骨盤矯正を。
痛みが強いなら特殊な通電機器を。
 
といった具合です。
 
 
 
  
しかしこうした
「話の着地点を決めてしまう」というのは
 
 
人間誰しもそこに偏った見方を
してしまう要因になるのもまた事実です。
 
 
 
肩関節痛を目の前にして
治療計画の立案をするとなった際に、
 
 
「提案するなら猫背矯正かな?」と
問診票を見ただけでイメージを組んでから
診察にあたると、
 
 
「猫背矯正をやるべき所見」を
主として探していくことになります。
 
 
・胸椎の伸展制限がある
・肩関節前方屈曲の制限がある
・インピンジメント

など、
 
 
術者側にとって「都合のいい所見」を
無意識に選択して拾うようになります。
  
  



 
無になれ

ですから内的なチャレンジ
あるいはトレーニングとして、
 
診察前から
 
「これについて話そう」
「あのテストをしよう」
「この背景を理由に訴求しよう」
 
などと
 
着地点を予めイメージしたり
決めたりして診察に入ることをやめること。
 
 
「無になる」
「まっさらな頭で、その場で考える」
 
ようにして診察を開始します。
 
 
  
 
これが、
花田が最近心掛けていることです。
 
「可能な限り何も考えずに診察へ移る」
ということです。
 
 
 
これは単に
僕はその方がやりやすいというだけなので
事前の思考準備がある方がやりやすい方は
それで構いません。
 



  

 
無意識的誘導の排除


また、
この「なるべく事前の思考を減らす」
というのは「介入の手段」にとどまらず、
 
 
次回の予定日
通院のペース
症状の誘発因子
生活背景
施術の好み
患者の認識
 
 
などなど
診察の中で拾ったり伝えたり
確認したりするであろうことの
全てにおいて
 
 
事前に勝手なイメージを持たないように
心掛けています。
 
 
そうすれば確実に
診察の中で確認を取ろうとするからです。
 
 
問診前にイメージを作らないことで、
着地点を決めないことで、
 
必ず確認の必要性が生じるわけですから
クライエントにとっての
個別最適性が守られやすくなる

 
...かもしれないというチャレンジです。
 
 
 
事前のイメージを不用意に持つことで、
クライエントへ質問する量は確実に減ります。
 
 

時間をかけて問診票を書かせたのに
一切そこに触れない診察をしては
元も子もありませんが、
 

 
何も話の着地点をイメージしない
まっさらな状態から
診察を始める
からこそ、
 
 
余計な無意識的誘導がなく
クライエントの希望に一致した
サービス提供に近づける
はずです。
 
 



イメージ排除診察で得られるもの


唯一の欠点は
その場で、クライエントと話しながら
決めていかなければならないということ。
 
 
つまりアドリブでの発想力が
最大限試される
ということです。
 
 
しかしそれを補って余りあるだけの

「一緒に悩んで、一緒に考えて、
 一緒に治療計画を立てる」

という
その場の一体感を作ることができます。
 
 
 
そもそもクライエントの体についての
方向性を決めようというのに、
 
 
1回入力した刺激は
もう取り消すことができないというのに、
 
 
術者の専門的解釈だけを通じて
淡々と数分で中身が決まっていく方が
オカシイのです。
 
   
  
 
「こうかもしれないね」
「ああかもしれないね」
 
 
「この方法は良くならなさそうだね」
「これなら変化がありそうだね」
  
と、
 
文字通り一緒に探って
文字通り一緒に決めていく。
 
 
花田はここに時間を割きたいのです。
 
 
これによって
その日のセッションや、
以降の計画について、
 
 
「決定プロセス」と
「結果に関する責任」
を共有することになり、
 
 
治療への主体的な
参加を意識づけさせる
ことが
可能となります。
 
 




世の中の治療テクがなぜ面白くないか 


これを
さも元からそういった台本があるかのように、
 
診察前に準備想定すればするほど、
 
問診と診察をもとに決めたことの
 
「オリジナル性」の純度は
下がってしまうわけです。

 
 
世の中の「骨盤矯正」がなぜ面白くないのか?
 
世の中の「猫背矯正」がなぜ面白くないのか?
 
世の中の「DRT」がなぜ面白くないのか?
 
世の中の「EMS」がなぜ面白くないのか?
 
 
 
 
それは、

診察前の時点で、
「骨盤矯正をしよう」と決めているから
ではないでしうか。
 
 
診察前の時点で、
「猫背矯正をしよう」と決めているから
ではないでしょうか。
 
 
診察前の時点で、
「DRTをしよう」と決めているから
ではないでしょうか。
 
 
診察前の時点で、
「EMSをしよう」と決めているから
ではないでしょうか。


会社からそういうメニュー提供を
定められているからではないでしょうか?


あなたの中にそういうテクニックしか
出来上がっていないからではないでしょうか?

 

実際に体に触れて、目線を合わせて、
話して、聞いて、理解し合って...
 
 
 
そういうフェーズを経ぬままに
選択されたもの。
 
 
 
それは「バイアス」に隷属するものです。
 
 
そういう治療はたいがい
術者の説明内容が面白くないです。
 

だって会社のルールで、
もしくは新人研修のなかで、

「そう言うようにルール化」されて
それを継続的に受け売りしている
だけですもの。


こちらの画像のエピソードはおそらく
    
 
「複数の症状を訴えられたら
骨盤の歪みを考える」
 
という思考フローが与えられている
整骨院に行ったものだと思います。
 
 
でもクライエントの口からは
 
 

 
足の裏が痛いって言ったら
「骨盤が歪んでるから」って言われた。
これって、気にしなくても良いもの?
 

 
 
と尋ねられましたので、
 
おそらく全く詳しい説明がなかったか、
印象に残るほどの伝え方が
できなかったわけで、
 
 
これでは
「歪みの指摘は体型の指摘に等しい」
「患者の未来に触れている」
という花田的観点から言えば、
 
 
無責任にも程があるわけです。

 
 
最後にもう一度お聞きしようかと思います。


診察前から
着地点を予め決めていませんか?



花田は新患対応で何を見ているか?

▲記事に書かせていただきました。
ぜひ目を通してみてください★




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