私の恋はかなわない 第3話

「お前みたいな奴がいるから、いつまで経っても夕霧が調子に乗るんだよ!」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ! お前さえいなければ夕霧がこんな風にはならなかった! 全部あんたがいけないんだ!」
「……それは逆恨みというものではないですか?」
「うるさいっ! お前がいなきゃ、夕霧はもっと幸せになれていたんだ! なのに……なんで……なんで……!」
怒り狂った様子で、彼女は夕霧に詰め寄ってきた。
「……そうやって感情のままに行動している時点で、あなたは夕霧ではないですね」
「な……に……?」
「あなたの中の夕霧は、そんな醜態を見せたりはしなかった。たとえどんなに辛い状況であっても、自分の弱さを見せずに堂々と振舞っていた。あなたは偽物だ」
夕霧の言葉を聞くと、雲居雁は唇を強く噛み締めた。
「じゃあ、本物の夕霧なら、この状況をどうにかできたっていうのか?」
「もちろんだ」
「はは……じゃあ、見せて貰おうじゃないか。夕霧の力を……」
彼女は懐に手を入れると、何かを取り出した。
(あれは……短刀?)
「夕霧が私より優れているって言うんだったら、その力を見せてみろよ!」
彼女は夕霧に向かって突進してきた。
「……」
しかし、夕霧は何も言わずにそれを眺めていた。
「死ねぇぇええええええええええええええええええええええええ!」
彼女は叫び声を上げながら、短剣を振り下ろしてきた。
「はぁ……」
しかし、その刃は夕霧には届かなかった。なぜなら、振り下ろす直前に夕霧が彼女の手首を掴んだからだ。
「ぐぅ……離せ……」
「断る」
「くそ……」
「あなたは、夕霧のふりをしたところで所詮は偽者だということがよくわかりました」
「何だと!?」
「本当の夕霧は私に助けを求めたりなんて絶対にしない」
「は? 何を言って……」
「夕霧は誰よりも強く気高い人間なんだ。弱い自分を他人に晒したりはしない」
「だから、あなたは夕霧の真似事をしただけの偽者でしかない」
「黙れ! 私は夕霧だ!」
「違う」
「いいや、違わない!」
「あなたはただの虚像にすぎない。あなたの中に存在する夕霧の幻想に過ぎないんだ」
「黙れ!」
彼女は掴まれていない方の手で夕霧の顔目掛けて殴り掛かろうとした。
「……遅い」
だが、それもあっさりとかわされてしまう。
「このぉおおおっ!」
それでも彼女は何度も拳を振るうが、どれも夕霧に当たることはなかった。
「くそっ! どうして当たらないんだよ! どうして……どうして……」
そして、遂には泣き出してしまった。
「どうして私がこんな目に遭わなくちゃならないんだ……どうして……」
「……それがあなたの正体ですよ」
「……え?」
「あなたの本性は、夕霧の影に隠れているだけの小心者です。あなたの憧れの夕霧も結局はあなたと同じ、臆病な人に過ぎなかったんですよ」
「嘘だ! そんなことない!」
「いいえ、あなただって本当はわかっているんでしょう?」
「ちが……私は……」
「あなたは、自分が夕霧になれると思っていただけですよ」
「……」
「あなたは、夕霧の代わりとして夕霧を演じていただけだ」
「……」
「でも、あなたは夕霧になれなかった」
「……」
「あなたは、ただの偽物にすぎなかったんですよ」
「……」
「……さよなら」
夕霧がそう呟いた瞬間、雲居雁の身体から力が抜けた。
「……ふっ」
倒れ伏す彼女を見つめながら、夕霧は小さく笑った。
「愚かな女だ……。私が夕霧じゃないとわかった時点で、さっさと逃げればよかったものを」
夕霧は倒れたまま動かない彼女から目を逸らすと、その場から立ち去ろうとする。
「……お待ちください」
すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……これは驚いた。生きていたんですね」
振り返るとそこには、あの男が立っていた。
「まさか、生きているとは思いませんでしたよ。てっきり死んだものだと思っていましたが」
「……そう簡単に死ぬわけにはいかないのです」
男はそう言いながら、ゆっくりと近づいてきた。
「それにしても、随分とお早い登場ですね。もう少しかかると思っていたんですけど」
「あなたの狙いに気づいてすぐに行動を起こしましたので」
「なるほど。確かに、私の目的を阻止しようとすれば、あなたが出てきますよね」
「はい。ですので、あなたが出てくる前に決着をつけようと思いまして」
「それで急いでやって来たという訳ですか。しかし、残念なことにあなたの負けは確定しています」
「それはどうでしょう。やってみなければわからないと思いますが」
「いえ、わかり切っています」
「……何故でしょうか?」
「私とあなたでは、圧倒的に実力が違うからですよ」
「ほう……」
「あなたには勝てません。どんなことをしようが、必ず殺されてしまう」
「……そんなことはありませんよ」
「強がりを言っても無駄です」
「いいえ、私は諦めていませんよ」
「……まだ戦うつもりなんですか?」
「当然です。ここで引き下がるようなら最初から戦おうなんて考えはしませんよ」
「……やれやれ。仕方がないですね。なら、望み通り殺してあげましょう」
夕霧はため息をつくと、懐に手を入れた。
「……やっと、この時が来たか」
「ん?……何を言っているんだ?」
(おかしいな。殺すつもりだったのに何故か喜んでいるように見える。……まぁ、いっか)
「じゃあ、いきますよ」
「いつでもかかってこい」
「ははは……」
「ふっ……」
「ははは……」
「ふふ……」
「ははは……」
「ははははは!」
「ははははは!」
二人は同時に笑い出す。
「……何が可笑しい?」
「はは、すみません。あまりにおかしくてつい」
「……ふざけるな」
「別にふざけているわけではないんですよ。ただ、この状況でよく笑う余裕があるなって思って」
「ふん! そんなの決まっているだろ!」
「あなたが勝つと信じて疑っていないからだ」
「……へぇ~、そうなんだ」
「ああ、そうだとも!」
「……ふっ、はははははは!」
「……くくくくくく!」
「「ははははははははは!」」
二人の高笑いは辺り一帯に響き渡った。
「……はぁ、はぁ、まったく。本当にしつこい人だな」
「はは! ははは!……はぁ、はぁ。あなたこそ、よく笑っていられますね」
「はは! 当たり前だろう!」
「……はは。どうして?」
「はははは!!」
「……はは」
「……はは」
「……はは」
「……はは」
「……はは」
「……もういいかな?」
夕霧はうんざりした様子で男を見る。
「はは……えっと、何の話だったけ?」
「いや、忘れちゃ駄目でしょ」
「はは……そういえば、何か言っていたな」
「はぁ……あなたって人は……」
夕霧は呆れたように頭を掻く。
「……それじゃあ、そろそろいいか」
「はい。お願いします」
「……ふぅー」
夕霧は大きく深呼吸をする。そして、大きく口を開いた。
「……はっ!」
次の瞬間、夕霧の口から大量の炎が噴き出した。それはまるで火山の噴火のようであり、その勢いは凄まじかった。「……ぐわっ!?」
あまりの攻撃範囲の広さに避けることができず、男は夕霧の放った炎によって一瞬にして灰と化してしまった。
「…………」
夕霧は黙ったままその様子を眺めていた。やがて、炎が消えるとそこには何も残っていなかった。
「……さて」
夕霧は雲居雁の死体に近づくと、手を伸ばして彼女の身体に触れた。すると、死体は光の粒となって消えてしまった。
「これで、彼女は私の物になった」
(それにしても、まさかこの女を助けることになるとはな……)
夕霧は空を見上げる。夜空には綺麗に輝く月があった。
「あの時の約束を果たす時が来たようだね」
夕霧は再び、天に向かって笑みを浮かべた。
―――完 【あとがき】
これにて、『源氏物語』完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました。
『源氏』の感想などありましたら、ぜひ教えてください。今後の参考にしたいと思います。
では、また別の作品でお会いしましょう。

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