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あけましたね。

実家に帰り、久しぶりに家族でご飯を食べた。小学生の頃は、毎日のように揃って食べていた食卓はもう、年に数回になってしまった。今では揃うことの方が珍しい。あのときのあたりまえは、あたりまえじゃなくなった。もしかしたら毎回家族でご飯を揃って食べることができるのは、あの時期だけなのかもしれない。だから、父さんや母さんはあの時間を大切にしていたのだろうか。いつか、あたりまえにこなくなる時間がそこにはある。それは、いつ、どんなときも、どんな場所でもそうである。つい、私たちは余裕がなくなったり、自分で精一杯になってしまうと忘れてしまう。その空間が、その時間が、その全てが、ずっと続いていくように錯覚してしまう。忙しなくすぎる日々には、あたりまえのように見えているようで、全然そんなことはないものばかりだ。だからこそ、ちゃんとその一瞬を、その瞬間を思い出した時でもいいから大切にしたい。私たちの周りには、気づいていないだけで、探せば数え切れないほどの幸せで満ち溢れている。それに気づける人でありたい。


命あるものいつかは終わりがきてしまう。

愛犬が亡くなった。長いこと居てくれたんだなって、亡くなってからわかった。大切にできていただろうか。ちゃんと、愛することができていただろうか。愛が届いていたらいいな。
幸せだったんかな。幸せだったらいいな。
ありがとう。あなたが家族としてお家にきてから今日までたくさんの幸せをありがとう。
私はあなたに、何度も救われ、何度も励まされ
数え切れないほどの幸せをもらいました。本当にありがとう。ゆっくりおやすみなさい。

本当に思うことがある。私たちの日常では、たくさんの生きものであふれていて、その生きもの達から少しずつ生きる糧を頂いて生きている。というか、生かされている。それだけで、なんか、幸せだなって。幸せなんだなあって思います。その幸せをきちんと噛み締めて、ゆっくりでもいいから、1歩ずつ歩いていきたい。

どうかこの1年も、穏やかで優しい世界で
ありますように。その世界をつくっていくのは
紛れもなく私たちなのですが、どうか安らかな気持ちで、大切な人たちが過ごせますよう
心からお祈り申し上げます。


#エッセイ #コラム #大学生 #人生

#2020 #あけましておめでとう


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