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自分には何の縁があって、何の縁がないか

 今回はちょっとオカルトじみた話である。
 科学的には解明されていないが、生きていると「縁」というものがあると思わされる場面を何度も経験するものだ。
 
 私見だが、人はそれぞれ、最低でも何か一つは縁を持って生まれている。
 子供の頃から病気がちで、病気と縁のある人生を送る人もいれば、お金の問題(借金や貧困)と縁のある人生を送る人もいる。
 ちなみに私はいじめ(陰口、誹謗中傷)と縁のある人生のようだ。詳細は省くが、わりと敵の多いタイプだ(笑)。
 
 縁は仕事にも関係する。
 私は小売業界には縁があるようで、いくつかのお店で働いてきたが、パチンコやカラオケ等のアミューズメント業界にはまったく縁がなかった。面接は全落ちした。正社員登用の面接ならば分かるが、一端のアルバイトの面接だ。それで全落ちするのは縁がないと解釈するのが妥当だと思うが、どうだろうか。

 また、縁は土地にも関係する。
 ある土地に住んでいる時には近隣トラブルばかりだったのに、南に引っ越した途端に収まったとか、そういう話はわりとよく聞く。
 余談だが、私は横浜に縁を感じる。子供の頃からだ。当時まだ日本一高いビルだった横浜ランドマークタワーが好きで、よく親に連れて行ってもらっていた。私は大きいもの(高層ビルなど)、ロマンのあるもの(宇宙など)が大好きな子供で、好奇心旺盛だったのだ。いいや、まさしく余談だった。

 また、言うまでもなく縁は出会いにも関係する。
 これが最も大きく人生を左右するかもしれない。
 例えばバンド(音楽ユニット)は、「二人で一人」で成功を収める。古典的なロックで言えば「ギター」と「ボーカル」の組み合わせである。
  
 「B’z」を知らない人は少ないと思う。
 B’zは結成時、ギターの松本孝弘さんが、ボーカルの稲葉浩志さんのデモテープを聞いて「他の人とはちょっと違うな」という感想を抱いて、その日の内に会いに行ったという逸話がある。そして10年後には売上日本一のロックバンドになった。二人で一人での大成功である。

 一方、極端に苦しい人生を送っている人は、自分には縁がないことを頑張っていることが多い。例えて言えば、身体の華奢な若い女の子が道路工事の肉体労働をしているようなものだ。それでは苦しいのは当たり前だ。

 無益な苦労を避けるという意味でも「自分には何の縁があって、何の縁がないか」を分析することは、生きる上で非常に役に立つ。
 自分の人生をよくよく振り返ってみて欲しい。