9.14 父の死を受け止められた私の話
2022年9月14日、9:25に私の父は、肺がんで亡くなりました。
享年63歳、肺がんと診断されてから3年でした。
8月一杯で仕事を退職し、自宅で緩和ケアを行う予定でしたが、9月12日に自宅で倒れてしまい、病院で点滴などの処置して元気になったと聞いた直後の訃報でした。
父が亡くなった日に私と妻、娘2人で急いで青森に帰り、葬儀などの準備を行い、あれよあれよのうちに父と別れてしまいました。
私と父は、お互いを名前で呼び合い、煙草を吸っては語り合い、週に1回は髪を切り合っているような友達親子でした。
父の死に直面した時の心情
母や父の兄弟、職場の人、友人などは、眠っている父を見て涙を流していました。
私は、無感情で実感がありませんでした。
ただただ、幼少期から青年期にかけての父との思い出が頭を駆け巡り、ぼーっとした感覚でした。
とにかく体がだるく、思考が鈍くなっていました。
それでも、久々に再開するおじさんやおばさん、いとこには毅然とした態度で対応したり、甘えてくる娘や甥、姪に対しては明るく対応できてしました。
まるでもう一人の自分がいて、私自身を操作してくれているような感覚でした。
私は、抜け殻になってしまったようでした。
父の葬儀が終わり、青森から埼玉に戻った後は、心身の疲労を感じていながらも仕事復帰に向けて準備を始めていました。
父の死も、仕事することも、現実感がありませんでした。
現在の心情
父の死から、2週間が経ちました。
現在の心情は、父が生きたかった”今”を、私が懸命に生きていこうと考えています。
きっと父の死を受け止められているのだと思います。
なぜ、最愛の父の喪失体験後に、身体的症状や精神的症状に悩まされることなく、元の生活に戻れたのか、、、
ふと疑問に思いました。
友人、職場の人、利用者さんなどのすべての人に、父の死を隠さずに話すことができたからなのか、、、
しかし、先日、ある利用者さんからの一言で何だか理由が分かった気がします。
その一言とは、、、
「ハッチくんが来てくれるとやっぱり元気になるよ!」
「ほんとに楽しそうにリハビリするね!」
私は、現在のリハビリという仕事が好きみたいです。
好きなことに没頭することで、感情や思考の整理ができ、無意図的に”抜け殻”状態を脱することができたと考えます。
今でも、父との思い出が突然、脳裏をよぎります。
しかし、嫌な気分にはなりません。
年に2回ほどしか会っていなかった父がそばにいるように感じて、心地が良いです。
最愛なる安弘へ、今までありがとう。
私は、あなたの分まで生き抜きますね!
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