服装の遍歴①_高校1年生

本当は人生を変えたアーティストとの出会いを書こうと思っていたけど、路上ライブに通っていた記事を書いている時に思い出した事がある。

自分の服装についてだ。

私は幼稚園の時に三つ編みパーマが大好きで、幼稚園の時だけはまだ背が高い部類だったので、背が高めのロングの三つ編みパーマという、今でいう平野ノラさんみたいなスタイルだった。

ただ、髪型の事は覚えてても、服装に関する記憶は、高1くらいまで無い。中3の時にマンバメイクする為に少し買ったギャル服の記憶はあるが、特にギャル服を買い続ける事もなく、それ以外もどんな服買ってたか記憶がない。

なぜなら学校と家の行き来以外は、寝ても覚めても新体操だったので、私服はいつもトレーナーや半袖Tシャツにスパッツ、冬はレッグウォーマー、というスタイルで、練習着はレオタードだった。自由な時間がないから、服を買わなくてよかった。

と言いつつ、ファッションには興味があったので、小学6年生の頃からセブンティーンを買って背伸びして勉強してみたり、中学生になったらCUTiEやZipperを買って読み込んでいた。見た事もないファッションをしている人達のカルチャーが面白くて、着回しや重ね着を勉強した。

そして新体操を辞めて、中学校も卒業した時。私は卒業式を終えて何日か後には、名古屋にDr.Martinを買いに行っていた。そして高校入学前にはお祝いとして東京までの往復切符を買ってもらい、買い物旅行に行った。

雑誌で見た店に片っ端から行った。当時原宿駅竹下口にあった美容院GIRL LOVES BOY(通称:ガーラブ)でヘアピンやアクセを買って、竹下通りの謎の店でシド・ヴィシャスのTシャツを買った。MiLKでもアクセを買って、GAP前の人を眺めて(座る勇気は無い)、クレープは嫌いだったから行列を確認して食べず、これがムラスポかぁとか思いつつ、ラフォーレにも行って、とにかくとにかく原宿を歩いた。

そして、前述で買ったものを見てわかる人にはわかるかもしれないが、私はまさかのパンクファッションに目覚めたのだ。そして、ダサい事にセックスピストルズの曲は聴いた事もなく、その後一応聴いてみたけど意味不明だったのに、だ。まさに、カルチャーゼロ空っぽなんちゃってパンクだ。

部屋にシドのポスターも飾ってみたが、意味不明だ。なんの思い入れもない。シドのポスター飾りながら、なんなら岡本真夜聴いてたし。シド着て、真夜のALONE聴いてるんだよ、どういう事だよ。パンクっつったらパンクだけど、何周か回りすぎだろ。

なので高1当初のファッションは、ライダース・シドT・黒スカートかチェックのスカート・ボーダータイツにビリビリの網タイツを重ねばき・Dr.Martinが定番だった。

本気の田舎なので、駅に向かうまでの間すれ違うおじいちゃん・おばあちゃんに何度も二度見され、家でも祖母に「近所の人がびっくりしてまうで、もう少しおとなしい可愛い格好したら?」と言われたが、聞く耳を持たなかった。

なので、前回の記事の路上ライブに通っていた時は、カルチャーゼロ空っぽなんちゃってパンクスタイルで、ゆずや19のカバーの演奏聴いたり、三味線の演奏聴いたりしていた。何度も言うが、どういう事なんだよ当時の自分。いやー、若いって強すぎる。メンタル半端ないやん。

その後路上ライブで仲良くなったお姉さんに古着屋さんとかも教えてもらって、パンクの格好しかしねぇんじゃ!時代から、少しずつ抜け出せる事になる。ありがとう、お姉さん。

小っ恥ず服装遍歴については、歴史によって異なってきますので、また思い出を振り返る最中に思い出したら書きます。


ハタノ



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