『君の職は。』_事務所番外編

今回も前回に続いて、私が実際体験した話をしたいと思います。
(もっともらしく書いてますが、これも事務所編の続きの番外編です。)


皆さんはある日突然、仕事が入れ替わったような、もしくは違う仕事をしている誰かと入れ替わったような経験をした事がありますか?

私は、あります。
あれはまるで、あの大ヒット映画のような出来事でした。

ある年の秋口ぐらいの出来事。その年も例年会社行っている大きなイベントを、来月に控えていました。
私は同僚と共に、そのイベント実施に向けての準備に邁進する日々を送っていました。

そんなある日、私の机に大きな段ボール箱と、たくさんの見知らぬ名前が書かれた表も一緒に置かれていました。

私はその時営業をやっていたのですが、クライアントを取って来られず苦戦する日々でした。ダンボールと表は、そんな私への別業務か、もしくは何かのメッセージだろうか、と思っていました。

また別の日に、私は社長から突然「隊長!!」と呼ばれました。
私は隊長でも何でもないし、社長よりもちろん年下のペーペーのダメ営業でした。隣に座る営業部長も「よろしく頼んだ!」と言ってきます。


何かがおかしい。

そう思いながらも私の手元は、いつの間にか常にハサミを持って、なぜか表にあった大量の名前を行書体フォントでプリントアウトした字を、切り抜き続けていました。

それをしていたのは私だけではなく、会社の後輩であるぷーちゃんは「これは、こうやった方が楽です」などと色々親切に教えてくれるし、フランスで苦楽を共にしたゆりねぇも一緒にハサミを握って、行書体を切り続けてくれていました。

おかしい事は、それだけではありません。置かれていた大きな段ボールの中には信じられない数の提灯が、ビッッシリと入っていました。

机の上に散乱していく行書体の文字の数々。大量の提灯。

散らばる行書体はお経のようだったし、見たこともない量の提灯からは何か不穏な空気を感じ取り、とても不気味でした。まるで、耳なし芳一の身体の模様の様な私のデスクの上。

私は今まで自分がそう思ってきただけで、本当はタレント事務所勤務の営業ではないんじゃないか、、もしかして次元を超えて寺の僧侶にでもなったのだろうか。

ぷーちゃんはもしかして住職で、ゆりねぇも私と一緒で僧侶。。。?まさか、私の意識は僧侶と入れ替わった?

『君の名は。私の名は。君の職は。私の職は。』と、そんな事を思い始めるようになっていました。


私の思惑とは裏腹に、日を追うごとにとても自然に俊敏に作業を進められるようになっていきました。カッターと、ハサミと、行書体。それにまみれて作業していると、自然と煩悩は吹き飛んでいくような感覚でした。

日に日に仲間も増えて行き、いつも一緒に作業などはしないデザイン部のタキさん・ゆっこ・キングも手伝ってくれるようになりました。私は今のこの状況にもう違和感を感じる事もなくなり、デザイン部の手の器用な3人の作業に関心していました。有難い施し、と。ベランダテラスで作業していたので、移りゆく夕暮れに黄昏ました。

今思えばこの時の私にはもう、別の”君”が入っていたのかもしれません。”君”ではなく、”私”の時ももちろんありますし、”私”の時の方が圧倒的に多いものの、イベントが近づくにつれて”君”である時も多くなってきました。


”君”が入った私は、大量に切った行書体の文字達を提灯に丁寧に貼り付け、文字の縁をマッキーでなぞっていきました。そして、その縁の中を丁寧に黒く塗っていきます。


そう、私の中に入った”君”は僧侶ではなく、手描き提灯職人だったのです。

とはいえ、容れ物は”私”であり、あの蛇腹の面に筆で書くなんて事はできませんでした。ぷーちゃんが教えてくれた方法で縁を取っていき、中を黒く塗る。

株式会社の”株”の字の難しさたるやありませんでした。”株”を恐らく80回は書いたと思います。そういった時のデザイン部のみんなの器用さは、それはそれは匠で、助けられました。ぷーちゃんやゆりねぇをはじめとする手伝ってくれた仲間達にも勇気付けられました。

私は来る日も来る日も提灯に名前を入れ続け、、気づけば恐ろしい事に200個弱の名入り提灯を作っていたのです。


そして、イベント会場のど真ん中に飾られた大きな櫓に、その提灯達が飾られて、灯がともされた時。

私の中の”君”が役目を終えて、召されていくように思いました。不思議と怖いという気持ちはなく、何だか暖かい気持ちでした。

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ハートウォーミングみたいな感じで書いてはみましたが、イベントの提灯協賛で職人に書いてもらうのに間に合わなかった分を、自分達で試行錯誤して200個弱書き続けたっていう話ですね。

私は営業として、提灯制作隊長だったのでした。提灯制作隊長ってなんやねん。


ハタノ










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