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駐車レボリューション

私は車を運転して約20年。

週に一度は必ず運転する。街中を走ることもあれば高速道路を走ることもある。

にもかかわらず、私は自他共に認めるほどに運転が下手だ。

しかもただ下手なのではない。ドだ。ドヘタクソだ。

免許取りたての頃と全く変わっていない運転さばきだ。

やればできる。努力は報われる。

この世の中には、素晴らしい格言が存在する。まさにその通り。私も何度も素晴らしい格言に心動かされ救われた。

しかし、しかしだ。私の場合、車の運転だけはそれが全く適用されんのです。

人間には向き不向きがあり、がんばっても報われないこともある。私はそれを身を持って知っているのです。

ヘタ過ぎて家族や友人から、お願いだから運転しないでくれと何度も頼まれた経歴がある。その度に、ヘラヘラしてはぐらかしてきた。

それもそうだと自分でも思う。

いまだにハンドルを持つ手は10時10分を指しており、ウインカーを出したいのにでワイパーを動かし、カーナビの「コノツギノ、シンゴウヲ、ウセツシテクダサイ」の声を笑顔で確認し、そのまま信号を通過する。ドライブスルーで運転席の窓を開けようとして後ろの窓を開ける。


右左折の時は、余裕を持って曲がることを重視し過ぎるあまり、結構な確率で後続車にクラクションを鳴らされる。


もちろん駐車するのも苦手で、私の車は大体、右にズレている。そして車体も右に曲がっている。白線内に入っているものの、駐車場にキレイに並んだ車と右ズレカーを比べると何ともアホっぽく見える。


うん。心底、向いてない。


それに余談だが最近は家族以外の男性と関わっていない。狭い道路で対向車に道を譲った際、手を挙げてこちらに合図しながら通過して行くのがイケメン男性運転手だったりすると、勝手に恋をしたりしている(It's末期)

そんなドヘタクソ&末期な私だが、奇跡的に今まで無事故で無違反。ゴールド免許なのだ。

ゴールド免許=信用。あなたの運転は信頼されてますという証であり、事故がなければ乗って大丈夫だろう。そう思って今まで乗ってきた。


それに、私は主婦。


食料品の買い物という任務があり、食べ盛りの子供がいる家族分の買い物となると両手では足りない買い物量になるのだ。

運転したい!というよりは、生活を便利にする道具として車を利用している。車よ、いつも私の運転に付き合ってくれてありがとう。



そんなわけで今日も私は行きつけのスーパーへの買い出しに車を走らせた。

駐車場に停めた私の車は、運転席に乗っていてもやはり右に曲がっているのもズレているのも何となく分かった。まぁ、いつものことだ。しかし、今回は違っていた。

タイヤが駐車スペースの白線をめちゃくちゃ踏んで隣の車との間があまりない状態だった。

いつも停めてるスーパーの駐車場なのに、コロナ太りした腹だけでなく気まで緩んだか。

全体的に見ようと、1度外に出ようとしてドアを開けたが半開きどころか半々開きで内臓をひとつは潰さないと外に出られない狭さだった。

だめだ。隣の車に迷惑だ。これは、さすがに駐車し直そう。

内臓は潰してはならない。運転席に戻りカギを挿し、ふと目線を前に向けると向かい側の駐車スペースににワゴン車が停まっていた。

黒のワゴン、決してキレイとは言えないボディ。はねた様なペンキが付いている。車体の上には、くすんだシルバー色のハシゴが乗っている。

そして車の中には、薄緑の作業着を着て白いフェイスタオルを頭に巻いた無精ヒゲの生えたハタチそこそこのオニーチャン2人が運転席と助手席に座ってこちらを見ていた。んでもって目が合った。

すぐに私は思った。


苦手なタイプや。


人を見た目で判断してはならない。決してだ。しかし、私にはちょっとしたトラウマがある。

高校生時代、家への帰り途中のコンビニの前に彼らのようなオニーチャン達に執拗に話しかけられた過去がある。

毎日毎日、オニーチャン達はそのコンビニ前にウンコ座りしていた。前を通ると必ず話しかけられた。気持ち悪かったし怖かった。年齢、名前、高校名からスリーサイズまで聞かれ毎回逃げるように立ち去っていた。それから、あの種のオニーチャンは苦手になってしまった。

この歳になり、そんなオニーチャン達にもすっかり話しかけられることなんてなくなったが、似たような姿を見かけるだけで「呼んだっ!?」と十数年前から猛スピードで当時の私がトラウマをこさえて私の心にやって来る。


そんな急にやってきたトラウマのおかげで運転席の私は体も心も固まった。


オニーチャン達がこっちを見ている。見られている。しかも、笑っている。


これは家族以外の男性との接点がなくなった私が自意識過剰で思ったのではない。コンタクトを入れた視力1.5の目がしっかりとそう判断しているのだ。

こちらを見ている理由は聞かない限り分からないが、おそらくこの最高峰レベルの右ズレカーについて語らっているのだろう。

私がミラ・ジョヴォヴィッチだったら見られても仕方ないと思うが、あいにく私はミラではなくババだ。

当時の私が言う。早く逃げよう。


そうだね。逃げよう逃げよう。現在の私がそれに応える。


たとえ、車が右ズレでも法を犯しているわけではないし私も隣の車の持ち主も死ぬわけではない。ごめんなさい隣の車の持ち主殿。乗る時に内臓だけは潰さないでくれ。


…見られてる。笑ってる。

よし。うん。このまま車を出よう。店内に入ろう。

ドアノブに手をかけた時ある思いがよぎった。


「いやいや、駐車し直そうや」


自分で自分に驚いた。なぜそんなことを考えたのか。


思うに、事の大小はあるがトラウマは時間が経てば少しずつ薄れていくものなのかもしれない。本能的にこのままではいけないと脳が判断してくれたんだろう。人間は忘れる生き物というのは知っていたが、この性質に初めて感謝した。

だが、それを許さないのが当時の私。「いやだよ、逃げよう」

現在の私「いや…やっぱり隣の車の人に迷惑かけられん。狭さゆえにお互い車に傷作ってしまうかもしれん」

人は歳をとると道徳心が身につくものだ。

「いや、逃げ…」過去の私を遮り私は車を駐車し直すことを決めた。

そうだ。他人様に迷惑をかけてはいけない。人生経験を積んだ現在の私は、立派な大人に成長したんだ。ビバ大人。大人最高。ワタシ最高。

チラリと目を前に向けるとやはりオニーチャン達は笑いながらこちらを見ている。

決意を決めた私は自分の中に静かな闘志が芽生えているのが分かった。


…よし、バチコリと駐車し直したるわい…せいぜい見とけオニーチャン達!!


自然と私の頭の中にはsuperflyの「タマシイレボリューション」が流れ始めていた。

エンジンを勢いよくかけ片寄ったハンドルを戻し前に出る。

オニーチャン達の車に近づく。

見られてるのを感じながら、けど今少しでもそっちを見たら、目が合ったら私のタマシイレボリューションが鳴り止んでしまう。

いかん。いま見たら確実に負ける。車体をハンドル操作で真っ直ぐにする。

バックして徐々に後ろに下がっていく。左右のミラーも見る。バックミラーで後ろの間隔も見る。

…だめだ、今度はさっきと反対側の車との間が狭すぎる…クソッ

まだまだだ。がんばれ私!

もう一度、前に出て車体を戻す。眉間に寄るシワ、じっとり感じる脇汗。感じる視線。行け私のタマシイレボリューション!

ハンドルを切って…サイドミラーを見て…左右の白線の位置を確認して…バックして…寄ってしまうなら下がりながら調整して…

いや…もう一回!!

オニーチャン達との戦いが、いつのまにか過去の自分、ドヘタクソドライバーな自分と戦っていた。


そんなことを3回は繰り返したろう。

二の腕にまで脇汗がつたう頃、やっと白線内にバランスよく停めることができたのだ!

…よし、やった。やったぞ私。真っ直ぐ停められたぞ!逃げなかったぞ!!…よしっ…よし!!!


この時、私は見られているオニーチャン達に目を向けても、もう何も感じないだろうと思った。

私は勝ったぞ、トラウマに。過去の私よ、もう大丈夫。長い間ほんとにお疲れ様。

そう思い、オニーチャン達に向かい真っ直ぐ顔を向けた。



………み、見てねぇぇぇーーーーーー!!!!

なんか…なんか2人して下向いてスマホ見てるぅぅぅぅん!!

さっきまで私の運転の様を笑いながら見てたよね?なんで最後まで見ててくれないの?つめたっ!!寂しいじゃないのさ!


トラウマを乗り越えた人間はすごい。

さっきまで逃げたくて顔を向けるのも、ためらい怖がっていた臆病ババが、今や「わらわを見よ!」と某国の女王様にまで変貌を遂げたのだ。


ひとしきりワナワナした後、やっと車を出て店内へ入ることができた。オニーチャン達には感謝をしなければならない。おかげでトラウマもヘタクソな右ズレ駐車も、彼らのおかげで克服できたのだから。

やればできる。努力は報われる。

あながち間違ってないのかもしれない。

買い物カートを押しながらそんなことを思っていた。

それにしても、本当にオニーチャン達は本当に右ズレカーや私の運転について笑って見ていたのだろうか。

まさかとは思うが、私を本物のミラ・ジョヴォヴィッチと思って見ていたのかもしれない。



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