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仮病の見抜きかた

在宅医療を志す医師たちの勉強会の末席に加わったとき、
「わたしは薬剤師ですが、薬より人を見ることが好きです」
と、自己紹介で語ったことがあります。

なぜそう思うのだろう?と考えを巡らせると、わたしが薬剤師のキャリアをドラックストアからスタートさせたことに関係しているのかなと思います。相談業務が好きなんですね。

歩く姿、顔色、話し方、声のトーンなど患者さんの様子から得られる情報は多く、薬局に入ってきた瞬間から情報収集が始まります。それは、市販薬販売に限らず保険調剤でも生かされています。

こういった現場での経験に加えて、臨床推論を勉強する機会もありました。例えば、腹痛を起こす病気はたくさんあります。お腹の右側が痛いのか、左側が痛いのか、上なのか、真ん中なのか、下が痛いのかで、隠れている病気が違います。いくつか考えられる病名から、一つに絞るまでのプロセスを臨床推論といいますが、医学部では『おなかが痛い』という訴えだけで50以上の病名を思い出せるようにトレーニングされているそうですね。

適切な治療が行われるには、症状が出て受診相談するまでの過程が大切です。

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「仮病の見抜きかた」という本を読みました。著者は國松淳和先生、現役の医師です。

タイトルが与えるインパクトが強かったのでこの本を選んだのですが、その内容はタイトルからイメージされるものと少し違いました。
10編のエピソードから成る本で、専門的だけど読みやすい構成です。エピソードごとに専門用語の解説もあり、読む人を少しも限定するつもりはない、と著者が言い切っているだけあって、読み手のことをよく想像していると思いました。病院で過ごす医師たちの日常の風景が、まるで医療ドラマのように描かれているのも魅力です。

具合が悪くなったとき、診断がついて病名を告げられると少し安心することもありますよね。少し先の未来にどういう治療を受けることになるのか、自分がどういう転帰をたどるのかを、ある程度想像できるからです。

ところがこの本で扱う症例は、少し前に放送されていた総合診療医ドクターGを思い出すような、診断が難しくよくわからないものばかりです。よくわからない症例を、心因性や仮病とラベリングしてしまうことは思考停止ですよね。わたしは薬剤師で目の前の患者さんを診断する立場にはありませんが、薬を渡す際に患者さんに対する先入観を持ってしまうと、必要なことが話せなくなりますし、渡す薬に『気持ち』を乗せることができなくなります。薬を飲む患者さんは、一人の人間であることを忘れずにいたいのです。

思考停止に陥らないよう、患者さんとその周辺を鳥瞰(俯瞰ではなく、もう少し高い場所から見下ろすのが鳥瞰という言葉です)するときに、頭に置いておきたいことを引用で紹介します。

「主訴」「プロブレムリスト」で捉えるから見誤るということがある。(中略)こうしたまとめ作業のフレーム化・テンプレ化があまりに広く浸透し、一様化してしまっていることだ。(中略)思考まで奪っているとまで言わないが、知らず知らずに推論の柔軟性を減じている気がする。P121 
患者に共感してもいいが、共感できなくてもいい。共感しすぎると、物事を引きで見る視点を忘れるから、患者の行動全般を見渡すことができない。 相手の気持ちがわかるなんで傲慢だ。人は辛いことほど、言葉に出して言えないものなのだから。事実、ご婦人は自分の辛さを行動で示していた。P133

さいごに、仮病を見抜けることがゴールではないことも教えてくれます。

本当に大変なのは、見抜いてからだということを忘れないでいられるだろうと思った。P253

医学書ノベルという新しいジャンルの<作品>がもっと増えることを期待します。


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