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自分たちのブランド

 今回は、アメリカ・ニューヨーク発、アイウェアブランドのスタートアップ企業で、2015年に「世界で最もイノベーティブな50社(THE WORLD’S 50 MOST INNOVATIVE COMPANIES)」のランキングでAppleやGoogleを抑えて、1位の評価を得た「Warby Parker」について見ていき、このような業態が、今後日本でも出てくるのか考えていきたいと思います。

1.Warby Parkerとは

              (出典:Wall Street Journal youtubeより)

 Warby Parkerの創業メンバーは、ペンシルベニア大学ウォートン校というビジネススクールの学生4人でした。
 きっかけは、旅行先でメガネを紛失して新たに買おうとしたとき、高価で買えなかったことから、メガネ業界の寡占に気づいたことということです。
 現在は、安くて品質の良いメガネブランドも多くありますが、当時はまだ「メガネが高い」と感じる経験は誰もが持っていました。
 そこで、Warby Parkerは製造と販売の間にいる中間業者を排除し、デザイナーを社内に抱えたことにより、オシャレでコストパフォーマンスの良い製品を販売することを実現しました。
 またオンラインストアのみでスタートしたので、店舗や販売員という固定費をかける必要がなく、販売価格を抑えることができました。
 当時のアメリカのメガネ製品は一般的に製造コストの10倍くらいの販売価格にされることが多いなかで、一般価格の1/4程度の価格で提供することが出来たということです。
 良い製品を良い価格で販売できたことで合理的なミレニアル世代からも支持を得ることができ、大手企業に対し、優位に立つことが出来ました。
 
 既存の業界や既得権益を「Disrupt(破壊)する」といった視点で語られがちなスタートアップですが、Warby Parkerはまさに自身が感じた課題を元に、既存のメガネ業界をDisrupt(破壊)していったのです。

 Warby Parkerの優位性が価格だけにあった訳ではなく、ストーリーテリングが非常にうまいのも特徴となっています。
 現代はSNSの浸透などを理由に、「プロダクトの良し悪し」が事業の成長に直結する時代から、「ユーザーが自分ごとに紐づけて共感できるストーリー」が大事な時代になっていると言えます。
 創業メンバーや周囲のアドバイザーに、その点の理解があったからこそ、Warby Parkerはストーリーに対して思いきって投資することができました。
 Warby ParkerのPRやブランディングを担当したのは、ニューヨークやロンドンに拠点を構える『Derris』というPR・ブランディングエージェンシーでした。
 ストーリーテリングが重要視される現代において、DerrisはまさにD2Cブランド成長の「影の立役者」だと言えます。

 ブランド名であるWarby Parkerは、ジャック・ケルアックの著作に出てくる人物の名前の「Warby pepper」と「Zagg parker」という二人のキャラクターの名前を組み合わせたのが由来です。つまり、わかる人にとってはWarby Parkerというブランド名は、ビートジェネレーション*を彷彿とさせるものなのです。
 Nikeが勝利の女神『ニケ』を由来とするなど、ブランドが神話や他の物語から文脈を汲むことはよくあることですが、Warby Parkerはブランド名だけではなく、ビートジェネレーションが持つ世界観をブランドの世界観とリンクさせることで、ストーリーに深みをもたらしています。

*ビート・ジェネレーション:アメリカの文学運動で美術・音楽をふくむ数々の文化や、政治運動にも大きな影響を与えた活動、そしてそれを主導した作家集団のことを指す言葉。

2.ユーザー心理に寄り添う

                 (出典:Warby Parker youtubeより)

 Warby Parkerが優れている部分を別の角度から見ると、「ユーザー心理に寄り添う」ことを徹している点が挙げられます。
 日本でも、メガネをECで売ることは当たり前の時代になってきましたが、
Warby Parkerが創業した2010年は勝手が違っていました。
 ユーザーはメガネをECで買うことに慣れていませんし、たとえ購入ができても、試着なしに買ったメガネがフィットするか不安だったはずです。

 『Home Try-On』というサービスはそのユーザー心理に寄り添い、ある意味で逆手にとることで成功をおさめたサービスです。
 ユーザーは『Home Try-On』を利用すれば、簡単な質問に答えた後、お勧めのメガネを5つ選択することができ、自宅で5日間試着することができます。
 自宅での試着体験は孤独なものになりがちですが、InstagramやSnapchatでシェアできるような仕掛けを積極的にすることで、ユーザーを1人にしないように働きかけています。
 ユーザー視点で語ると、「購入」だと高かったハードルは、「試着」あるいは「SNSでのシェア」という体験に変わることで、非常に低くなっていることに気づきます。
 オンラインストアから始まったWarby Parkerにとって、無料のトライアルプログラムは唯一のコンタクトポイントでした。
 『Home Try-On』を利用すればメガネを5本まで選んで試着することができ、しかも送料は無料で、気に入ったフレームだけ選んで送り返すだけです。更に送られてくる箱は、お客様の期待を高めるデザインが施されており、利用者は、ハッシュタグをつけて試着姿をセルフィーしてSNSでアップします。
「どれが一番、似合うと思う? #warbyhometryon」
 オンラインストアでも商品を届ける時の演出をしっかりすることで、顧客のテンションを高めて、SNSの拡散を後押ししました。
 顧客にはストア以外でも楽しい気分になってもらうことを忘れてはいけない例かと思います。

3.社会貢献

                 (出典:Warby Parker youtubeより)

 Warby Parkerは、「見る権利は全ての人にある」という信念の元に、「Buy a pair, Give a pair」というプログラムを実施しています。
 商品を1つ買うと慈善団体を通じて発展途上国に寄付が行われ、メガネを手にしたくてもできない人のために寄付金が活用されるという仕組みです。
 
 ミレニアル世代の特徴の1つは「ソーシャルグッド」ですが、自分がWarby Parkerでメガネを買うことが社会貢献につながるのは十分に買う理由につながります。
 買うか買うまいか迷った時、心理的に「Buy a pair, Give a pair」が最後の一押しになっているケースは決して少なくないでしょう。
 
 メガネを必要としているのに手に入れることができていない人は全世界で10億人いると言われています。
 スタートアップ企業であるが、短期的な売上を狙う施策だけではなく、中長期的な視点を持ち、社会、そして顧客とのつながりを構築したことにより、WarbyPeakerはロイヤリティの高い顧客を持つことができました。
 セレブリティの中にもWarbyPeakerのファンは多く、獲得した顧客は、エバンジェリスト*となりWarbyPeakerを宣伝してくれます。

*エバンジェリスト:最新のテクノロジーを大衆に分かりやすく解説したり、啓蒙する人のこと。

4.ブランディング戦略

                 (出典:Warby Parker youtubeより)

 洗練された製品、驚きを与えるキャンペーン、社会貢献という要素をWarby Parkerというブランドイメージに紡ぎ上げたのが彼らのブランディング戦略でした。
 彼らは『本』というインテリジェンスなメタファーにブランド・ストーリーを絡ませることで、『教養の高い知性あるブランド』を構築することに成功しました。

<主なブランド戦略概要>
 ・Warby Parkerの名前は、アメリカの小説家ジャック・ケルアックの未刊     作品の登場人物から
 ・書籍やハシゴが並んでいるクラシックな図書館をイメージした店舗

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 ・店舗の一部で、センスの良い書籍も販売
 ・ニューヨーク公共図書館を舞台にゲリラ・マーケティングを仕掛けた
 ・スクールバスをリノベーションしたポップアップストアを展開

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 ・オリジナルの絵本を販売     など


5. リテールカスタマーエクスペリエンス

                 (出典:Nick Murphy youtubeより)

 2016年、Wall Street Journalによると、この店舗は1平方フィートあたり3,000ドルの収益を上げていると推定されており、AppleやTiffany以外の企業にとっては驚くべき数字となっていたようです。
 店舗での主な特徴は、
1.エントランス体験
 Warby Parkerの店舗では、来店者が入店した瞬間に、「アンカー」と呼ばれるグリーターがお出迎えし、来店者が安心して店舗に入ってもらうことと、目的の場所に迅速かつ快適にお連れしています。
 そして、このアンカーは、来店者が必要としている新しいフレームとレンズがあれば、その場で販売することができます。
 店舗体験での始まりと終わりで良い印象を持ってもらい、顧客の記憶に残り、カスタマージャーニーを成立さえています。
 
2.カスタマーエクスペリエンスのデザイン
 Warby Parkerの店舗では、左の壁に陳列されているすべてのフレームが右の壁にも陳列されている「ミラーリングレイアウト」を採用しています。
 このコンセプトを採用しているため、店舗の目線の高さにある一等地のラックスペースの50%近くが犠牲になっていますが、これにより、顧客が特定のフレームを見たり試着したりするために、お互いにせめぎ合う必要がなくなります。
 これは明らかに顧客を重視したカスタマーエクスペリエンスデザインで、混雑しがちな店舗での優れた動線となっています。
 内部空間のレイアウトを含めた顧客体験を顧客のためにデザインしたことで、収益にもつながっています。

3.人柄の良い従業員を雇い、正しい方法で教育
 Warby Parkerの販売員は、魅力的で、真の意味で個性的な従業員であり、アイコンタクトが上手で、顧客のペースに合わせることに長けており、顧客の好みに応じて、瞬時に方向転換することができます。
 またこのような販売員は、販売だけでなく、顧客の電子メールアドレスを収集するなど、持続的に収益性の高いビジネスを構築するために必要なマーケティングや販売関連の活動も非常に効果的に行うことができています。
 彼らは適切に選択され、訓練され、他の従業員たちと一緒に働くことで、ポジティブ・ピア・プレッシャーという幸せな現象をお互いに及ぼしています。

4.カスタマーエクスペリエンスを効率化するテクノロジー
 Warby Parkerでは、顧客に見えるテクノロジーの最も重要な利用法は、購入プロセスの合理化となっています。
 すべての販売員はタブレットを持ち歩いているだけでなく、それをPOSデバイスとして使うことにも長けています。
 また、この店舗で唯一目に見えるテクノロジーの使用は、ブランドではなくお客様のためのものとなっています。それは、大きくて見やすいデジタルボードで、お客様に視力検査の予約時間をお知らせしています。

5.顧客体験の魅力をお金で壊さないようにする。
 革新的な価格モデルを持つ店舗であるWarby Parkerは、顧客体験の魅力をお金で壊すことはありません。
 価格は小さくても読みやすい文字で表示されており、返品・交換プログラムは、購入時のお金にまつわる緊張感を和らげてくれます(30日で返品・交換、1年で傷がついても交換してもらえます)。
 棚のスペースは、本や売れにくい魅力的な商品に「浪費」されており、この店舗がお金儲けだけを考えていないことがわかります。

6.最後に

            (出典:The Commercial Collector youtubeより)

 この企業は純粋なD2Cではなくてリアル店舗への進出が早く、創業間もない13年にニューヨークのソーホーに1号店を開店し、その後急速に店舗を増やし、カナダにも進出しています。
 尚リアル店舗では、その場で購入・持ち帰ることはできず、視力検査と試着のみとなっています。
 
 Warby Parkerは親世代がまだ知らない企業で「自分たちのブランド」だと認識していることと、若年層はこの企業がクールだというイメージを抱いています。
 メガネを売るのではなくて、読書などのメガネ周辺のライフスタイルをブランドメッセージとして伝えているような、秀逸なブランディング技術がクールなイメージを作り、この企業をして成功に導いたと思います。

 リアル小売企業がECへと参入するのではなく、その逆のデジタルネイティブな企業がリアルへと本格参入する時代がやってきたのかと思いました。
 日本でもD2Cブランドからリアル店舗へと参入している企業も多くなってきましたが、今後はもっと多くなるのではないかと思います。

 今回も最後まで見ていただき、ありがとうございました。        よろしければスキ、フォロー、サポートのほどよろしくお願いいたします。

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